シリーズ・2回のお代替わりを見つめて(11) 国賓:トランプ米大統領を迎え、令和の皇室外交始まる
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大統領を驚かせた両陛下の英語力
5月25日に来日したトランプ大統領は、翌26日の日曜日を安倍晋三首相とのゴルフ、大相撲観戦、夕食会などで楽しんだ。そして27日午前、皇居で両陛下と大統領夫妻との会見が行われ、令和の皇室外交が本格的に始まった。
超大国の大統領を驚かせたのは、両陛下の英語力である。トランプ大統領は天皇陛下に「英語が大変上手ですが、どこで勉強したのですか」と尋ねていた。特に外国生活の長い皇后さまは、表現が失礼だが、水を得た魚のようだった。プレゼントの交換で、趣味のビオラを大統領夫妻から贈られた陛下に、皇后さまは「今夜(宮中晩さん会で)お弾きになったら」と、ユーモアたっぷりに話された。
宮中晩さん会で陛下は、日米の歴史を踏まえ、「今日の日米関係が、多くの人々の犠牲と献身的な努力の上に築かれていることを常に胸に刻みつつ、両国の国民が(中略)世界の平和と繁栄に貢献していくことを切に願っています」とお言葉を述べられた。
トランプ大統領は「米国と日本との間で大切に育まれてきた絆を、われわれの子孫のために守っていきます」などとあいさつした。大統領は食事中も陛下に天皇制などについて質問していた。食後に歓談する「後席(こうせき)」に、皇后さまは16年ぶりに出席。両陛下が大統領夫妻を見送ったのは午後10時頃で、午前の出迎えから半日が経っていた。
新しい天皇、皇后両陛下のお人柄は、トランプ大統領に強い印象を与えた。翌日のお別れのあいさつで、大統領は「私たちは本当の友人同士になりました。両陛下はリーダーとしてだけでなく、素晴らしいカップルです」と述べた。
トランプ大統領訪日は大きく報道されたが、今回の皇室のおもてなしは、これまでの国賓に対するものと同じで、米国だからという特別な待遇はなかったという。そこが、政治の世界とは別の皇室外交の特徴である。
両陛下はいろいろな評判がある大統領を、自然体で終始にこやかに歓迎された。トランプ氏も両陛下と接する時は、珍しく神妙だったようだ。国際親善では皇后さまの実力が遺憾なく発揮できることを内外に示すこともでき、宮内庁幹部は「令和が順調に滑り出した」と評価していた。
昭和天皇の「弔問外交」に駆け付けたブッシュ氏
平成の皇室外交は30年前、昭和天皇の大喪で164か国の参列使節を迎える「弔問外交」で始まった。米国の動きは早く、崩御2日後の1989年1月9日にはブッシュ次期大統領(同20日に就任)が参列する方針を示した。かつては戦った両国だが、その後は友好を深めた昭和天皇の葬儀に自らが参列し、新政権も引き続き良好な日米関係を重視する姿勢をアピールするためでもあった。
ブッシュ大統領夫妻は「大喪の礼」の前日(同年2月23日)、国務長官や首席補佐官らと共に来日した。就任1カ月の大統領が、東京に集まった各国首脳(竹下首相を含め19人)と会談を重ねるため、ホワイトハウスの主要スタッフを同行させたのだ。米大統領が弔問外交の主役の一人であったことは間違いない。
外務省は、大喪の礼の会場(新宿御苑の葬場)での席順で腐心した。国際慣例では就任順が重視されるので、就任間もないブッシュ氏は元首・大統領ブロックの最後となる。そこで、昭和天皇が訪問した国、お会いになった人を優先させるという独自の基準も設け、ブッシュ大統領の席は最前列になった。
天皇陛下(現上皇さま)は大喪の翌日、皇居で大統領夫妻と会見された。宮殿前で待ち受ける日米報道陣約50人の中に筆者もいたが、大統領が「グッドモーニング、エブリボディ」と記者たちに丁寧にあいさつし、実直な人柄を感じたのを覚えている。大勢の米シークレットサービスが皇居の中にも配置され、大統領周辺に目を光らせていた。
変則日程で再来日したブッシュ大統領
そのブッシュ氏が国賓として再来日した1992年、“事件”が起きた。大統領は1月7日、国賓としては珍しく、まず大阪国際空港に降り立った。ヘリコプターで京都に入り、京都御所の庭では平安貴族の遊戯「蹴鞠(けまり)」に飛び入り参加。巧みな足さばきでスポーツマンぶりを見せ、周囲を喜ばせた。
東京・迎賓館と皇居での歓迎行事は翌8日に行われた。変則日程となったのは、7日が昭和天皇の命日で「3年式年祭」が行われたからである。両陛下や宮沢首相らは同日、昭和天皇の武蔵野陵(東京・八王子市)に参拝していた。このため、ブッシュ大統領の一行は関西入りしてから、上京することになった。
両陛下と大統領夫妻は大喪以来3年ぶりに再会した。そして午後には、赤坂御所のテニスコートで、陛下・皇太子さま(現天皇陛下)組と、大統領・アマコスト大使組の対戦が行われた。陛下が皇太子だった1987年に訪米の際にも、当時副大統領だったブッシュ氏とテニスを楽しまれたことがある。お二人は“テニス仲間”だったのだ。今回も陛下側の勝利で終わった。
世界に速報された東京での異変
大統領はこの後、宮沢喜一首相主催の夕食会に出席。始まって30分ほどして、大統領は食事をもどして気を失った。倒れるところを隣の宮沢首相に支えられ、会場は騒然となった。ブッシュ氏は約5分横になってから立ち上がり、首相官邸から宿泊先の迎賓館に戻った。
風邪(インフルエンザによる胃腸炎)と発表された。だが、「米国大統領倒れる」の東京発のニュースは世界に速報された。
翌日の宮中晩さん会は、出席者155人と過去最高の人数となったが、終了時間を早めることになった。大統領の主治医を会場に入れる対策もとった。食事のメニューも大統領は胃腸の負担が少ない特別料理にして、バーバラ夫人と両陛下も同じ料理を共にされた。
4日間の滞在の最後に、両陛下とのお別れのあいさつで、大統領は「倒れたことがアメリカの報道機関に大きく取り上げられてしまった。たった24時間のカゼなのに残念です」と語った。
しかし、この年の秋に大統領選の再選を目指していたブッシュ氏には、大きなマイナスになってしまった。以前から、健康問題が再選の課題の一つとされてきたからだ。結局、クリントン氏との大統領選に敗れ、「一期だけの大統領」となった。もし、ブッシュ氏が来日を1日遅らせて東京から入り、後半に関西方面に向かう逆ルートの日程を組んでいたら、倒れることもなかったかもしれない、と筆者は思うこともある。
トランプ大統領は今回、30度を超す暑さの中でゴルフをしていたので、筆者はあの異変が再現しなければよいがと心配していたが、杞憂に終わった。トランプ氏は相当にタフなお方なのだろう。
(2019年6月4日 記)
バナー写真:宮中晩さん会で乾杯を終え、米国のドナルド・トランプ大統領に拍手を送る天皇、皇后両陛下=2019年5月27日、皇居・宮殿「豊明殿」(時事)