映画『ぶあいそうな手紙』:コロナ禍のブラジルからアナ・ルイーザ・アゼヴェード監督が訴える「共感する力」の大切さ
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『ぶあいそうな手紙』の主人公は、ブラジル南部のポルトアレグレに暮らす78歳のエルネスト(ホルヘ・ボラーニ)。隣国ウルグアイからブラジルにやって来て46年になる彼は、うんちく好きの独居老人だ。頑固で融通がきかず、離れて暮らす息子とも疎遠。老境を迎え、視力をほとんど失ってしまったため、大好きな読書もままならなくなってしまった。そんな彼のもとに、ある日一通の手紙が届く。手紙の差出人は、ウルグアイ時代の友人の妻ルシア(グロリア・デマシ)だった。手紙が読めないエルネストは、偶然知り合ったブラジル人女性のビア(ガブリエラ・ポエステル)に手紙の代読と代筆を依頼する……。
——78歳の独居男性と訳ありの23歳の女性という、55歳も年の離れた男女を主人公にした理由をお聞かせください。男女の組み合わせを逆にする可能性もあったと思いますが…。
「その発想は、私にはまったくありませんでした。というのもエルネストの行動は、高齢の男性に典型的なパターンであると言えるからです。自分の殻にこもって感情を表に出せず、愛情表現がすごく下手で、離れて暮らす息子ともうまくいってない。高齢の女性なら、きっと息子に対してももっとスムーズに愛情を向けることができるはず。一方のビアは、彼の殻を壊す役割を担っています。エルネストに自分が感じていることを言うようストレートに促します。とりわけ父と息子のこじれた関係を壊すためには、第三者の介入が必要なんです」
——異なる世代をつなぐツールとして、デジタルではなく本や手紙、レコードといった昔ながらのアナログなモチーフを使われていますね。
「ビアは現代っ子なので、いつもパソコンの画面で電子書籍を読んでいますが、それに対して、エルネストはレコードで音楽を聴き、タイプライターで手紙を打ち、紙の本を読むわけです。ビアはそれを見て憧れている。彼女はエルネストの家に入るとまず書棚の本を手に取りますが、真ん中のページを開いていきなりそこから読み始めます。これはまさにビアが今どきの人であることの表れです。しかも『主人公が死んでしまうのが悲しいからイヤ』と言って、途中で読むのをやめてしまう」
——旧世代の読書好きならあり得ないことですね(笑)。
「そうでしょ(笑)。ビアはそういう人なんです。その一方で、彼女はエルネストに代わり、見ず知らずの年上の女性ルシアに宛てた愛の手紙を代筆することに喜びを感じている。夜間に路上で行われている吟遊詩人の会に出入りするほど言葉や詩が好きなんです。そんな彼女にエルネストは別の時代の言葉や詩や文学の素晴らしさを教えてあげるんです」
——ビアの提案で、エルネストと息子との距離も少し縮まります。
「ビアの勧めで、エルネストが孫に宛てたビデオレターを録画する時、孫にどんな風に接したらいいのか分からず、まるで隣人と世間話をするような話し方をしている。しびれを切らしたビアが『そんな話題やめて、自分が感じてることを言えばいいじゃないの』とエルネストに言うんです。それでようやく彼も『自分が本当に言いたかったことはなんだろう?』と考えて、かつて自分が息子に読んであげた本の話を孫にするんです」
——今回、若手の撮影監督(グラウコ・フィルポ)と組んでいますね。自分とは違う感覚を取り入れることによって、映画により厚みが出ると考えたからですか?
「決して若いスタッフとだけ仕事をしているわけではないのですが、私にも少しエルネスト的なところがあるとは感じています。アートディレクターを例に挙げると、私より年上でこれまでもずっと一緒に仕事をしてきてくれた人と、私の夫の教え子にあたる若いスタッフとの二人体制でやっています。若い人たちから伝わってくる勢いやエネルギーによって、まるで自分自身も再生されるような気がする。そういう交流はすごく大切だし、私は好きなんです。彼らと一緒に仕事をすることでさまざまな反応が生まれ、年上の私たちが刺激される。子育てを通じて受け取るものと似ているところがあると感じています」
——異世代間の交流において、価値観が違うからこそ面白さが生まれると考えますか? それとも、たとえ世代が異なっても同じ価値観を共有できると思いますか?
「人の心を動かす感情というものは変わらないと思っています。重要なのは、『何が同じで何が違うのか』を考えること。私には20代の息子がいますが、彼らはパソコンやスマホを介してコミュニケーションを取るのはすごく得意ですが、面と向かって関係性を育むのは苦手なようです。昔の子どもは鏡で自分の姿を初めて見て驚き、鏡を触ってみたりしていた。小さい頃からスマホで自撮りをするのが当然な世代の人たちはどうなんだろう。ナルシシズムのようなものはどこに向かうんだろうと考えることがあります。必ずや人間性に変化を及ぼす影響があるはずだと感じはしますが、その世代と、そうでない世代の私たちにも共通点はいくらでもあって、それほど話が通じないわけでもないと思います」
——異文化間の交流についてはいかがですか?
「文化が違っても通じ合えると思っています。『ぶあいそうな手紙』は、すでに韓国の釜山映画祭でも上映され、キューバでも公開されましたが、観客の反応がとてもよく似ているんです。人間が持っている自然な感情や、世代の異なる人々の交流、老いというような問題については、きっと誰もが普遍的な関心を持っているのではないかと思っています」
——監督は本作の舞台でもあるブラジル南部の都市ポルトアレグレ在住だそうですね。新型コロナウイルスの現在の状況を教えていただけますか。
「ブラジル南部では、感染者数や死者数が比較的コントロールされていたのですが、ブラジル全体としてはもはや無政府状態に近いような状況です。大統領は政治的な危機を作り出すばかりで、国民への共感力をまったく持ち合わせていない。今回のパンデミックにどう対応していくのか、国家レベルでの計画や政策が一切ないため、州単位で知事が先頭に立ってやっていくしかありません。私が住んでいるリオグランデ・ド・スル州では、知事がそれなりにリーダーシップをとっていますが、それでも感染者が徐々に増えつつあり、今後の見通しは何も立っていないのが現状です。私自身は3月半ばから自宅に自主隔離していますが、劇場やホールが閉まっていて、音声や照明などの技術スタッフは仕事がなく大変な思いをしています。低所得層で困窮している人々の苦痛を少しでも和らげようと、連帯の動きが広がりつつあります」
(インタビューは2020年6月29日にオンラインで実施)
聞き手・文=渡邊 玲子
作品情報
- 出演:ホルヘ・ボラーニ、ガブリエラ・ポエステル、ジュリオ・アンドラーヂ、ホルヘ・デリア、グロリア・デマシ、アウレア・バプティスタ、マルコス・コントレーラス
- 監督:アナ・ルイーザ・アゼヴェード
- 脚本:アナ・ルイーザ・アゼヴェード、ジョルジ・フルタード
- 製作:ノラ・グーラート
- 撮影:グラウコ・フィルポ
- 配給:ムヴィオラ
- 製作年:2019年
- 製作国:ブラジル
- 上映時間:123分
- 公式サイト:http://www.moviola.jp/buaiso/
- シネスイッチ銀座にて公開中、7月31日(金)よりシネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座ほか全国順次ロードショー