
『ワンダーウォール 劇場版』:脚本家・渡辺あやが語る「壁の向こうに見える希望」
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消費社会に残る大切な場所
渡辺が『ワンダーウォール』を書きながら抱いてきた問題意識は、一人ひとりが「大切に思うもの」をどうやって見つめ直すことができるか、そこに繰り返し立ち戻っていくようだ。私たちは画一化された消費社会に生きるうち、それを見失いがちになっている。
「私は島根県に住んでいるのですが、この土地で暮らす人々の多くが『子どもたちは、古くて何もない貧しい田舎を出て、都会で華やかに暮らすべき』と思っている。本当は、若者が地元に残って家や町を大事にしてくれるのを望んでいるはずで、そう望んじゃいけないわけはないのに、『地方としての分をわきまえなければ』と思わされている。誇りを奪われている感じがして、それがすごく悔しいんですよ。もうそんな時代ではないと強く言いたいですね」
学生たちは、学生課の窓口に立つ新任担当者(成海璃子)にたじろぐ ©2018 NHK
「街を歩いていても、いろいろな広告が訴えかけてきます。英語を話そう、ムダ毛を処理しよう、美白をしよう……。でも本当にお金をかけなければいけないのは何か、きちんと考えようとする発想が大切だと思うんです。自分にとって、世界にとって、守らなければいけないものは何かと。だから例えば、地元の野菜を買うとか、小さな映画館で映画を見るとか、お気に入りの喫茶店に行くとか。好きな場所を残していくために、自分ができることを考えようと」
倒すべき敵が一人ではないことを悟り、寮生たちは戦意を喪失するが…… ©2018 NHK
壁の向こうへ踏み出す前夜
この取材をしたのは、ちょうど新型コロナウイルスの集団感染が初めてライブハウスなどで確認されたタイミング。その後の数週間で感染は爆発的に増加し、ミニシアターを含む「小さなお気に入りの場所」の数々が苦境に追いやられてゆく。その時はまだ生まれたばかりだった危機感について、渡辺はこんな言葉で表した。
「ウイルスで公演や上映ができなくなるというのは、表現の自由とは別の次元の危機です。社会が混乱し、これまでいい加減にされてきた問題点に人々が気づいて戸惑い、怒り出している。見た目には混乱だけれども、危機に対応できない体制が可視化されたという意味では、大きな前進だとも言えるし、むしろここからじゃないかなって思っています。まさに次の段階に移る『前の晩』と言えるのではないでしょうか。表現については、これを経てからでないと変わらないかなと。何かを変えなければいけない、変化しなければいけないという意識が、これからものすごく強くなっていくと思います」
インタビューの1カ月後、『ワンダーウォール 劇場版』は公開日を迎えたが、その3日前に東京や大阪など7都府県に緊急事態宣言が発出され、京都と尾道を除き、全国で上映が延期となった(4月18日以降、京都出町座とシネマ尾道も休館)。事態が収束し、この作品が多くの人に届けられる日が来ることを願うばかりだ。
映画のエンディングでは、ドラマを見て問題意識を共有し、「近衛寮」を応援する人々が呼びかけに応じて集まり、大セッションを繰り広げる。いろいろな楽器を手にし、さまざまな思いを抱く、多種多様な人々が一つになって奏でる音楽。このエンディングからあふれる力には、危機に立ち向かう勇気や、その先にかすかに見える希望を、きっと感じ取ることができるはずだ。
『ワンダーウォール 劇場版』のエンディングとして収録されたセッションシーン ©2018 NHK
インタビュー撮影:花井 智子
聞き手・文:渡邊 玲子
『ワンダーウォール 劇場版』スピンオフ企画
近衛寮調査室「Wonderful World」配信中!
主演の須藤蓮がジャンルを超えたさまざまな人物にインタビューしながら、「アフター・コロナ」の世の中を見据えて、希望の種を探していくプロジェクト。4月26日から配信された第1回は、『ワンダーウォール 劇場版』の音楽を手掛けた作曲家・ミュージシャン、岩崎太整をゲストに迎えての「危機と音楽」。
作品情報
- 出演:須藤 蓮 岡山 天音 三村 和敬 中崎 敏 若葉 竜也 山村 紅葉 二口 大学/成海 璃子
- 監督:前田 悠希
- 脚本:渡辺 あや
- 音楽:岩崎 太整
- 配給:SPOTTED PRODUCTIONS
- 製作年:2018年
- 製作国:日本
- 上映時間:68分
- 公式サイト:https://wonderwall-movie.com/
- 新宿シネマカリテ、シネクイントほか、全国順次ロードショー予定 ※公式HP等をご確認ください