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『ワンダーウォール 劇場版』:脚本家・渡辺あやが語る「壁の向こうに見える希望」

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渡邊 玲子 【Profile】

京都発の地域ドラマが映画になった。老朽化した学生寮の建て替え計画に反対する寮生たちの不器用ながら純粋な姿を描いた『ワンダーウォール 劇場版』だ。4月10日に全国公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響によりほとんどの映画館で上映延期となり、近日中に公開が予定される。脚本を担当した渡辺あやに話を聞いたのは、世界保健機関(WHO)が「パンデミック(世界的流行)」を宣言した3月11日だった。

渡辺 あや WATANABE Aya

脚本家。1970年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後ドイツで5年間生活し、帰国後、島根県で雑貨店を経営しながら、99年に映画監督・岩井俊二のオフィシャルサイトで応募したシナリオがプロデューサーの目に留まる。2003年に映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。主な脚本作品に『火の魚』(09、NHK広島)、『その街のこども』(10、NHK大阪)、『カーネーション』(11、NHK朝の連続テレビ小説)、映画『メゾン・ド・ヒミコ』(05、犬童一心監督)、『天然コケッコー』(07、山下敦弘監督)などがある。

『ワンダーウォール 劇場版』は、2018年にNHK BSで放送されたドラマを映画にバージョンアップした作品。京都発の地域ドラマという控えめな企画が、SNSなどを中心に反響を呼び、地上波で再放送されてさらに幅広い支持を得た。

監督の前田悠希はドラマの企画を立ち上げた当時、NHK京都放送局の若手ディレクターで、まだ25歳だった。初めてドラマの演出に挑む前田とタッグを組み、実在する学生寮を丹念に取材しながら物語を作り上げたのが、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』(2011年)の脚本などで知られる渡辺あやだ。

経済的な価値を超えて守るべきもの

「私がこのドラマを最初に作った時は、あまり知られていない状況や問題を、なるべくたくさんの人と共有して一緒に考えてほしいという気持ちがありました。脚本を書き始めた2018年は、政権の強引な政治手法がいろいろなところで目立つようになっていましたが、世の中の多くの人たちはまだそれに気づいていなかったような気がします。人々がぼーっとしている間にすごく大事なことがバタバタと決められてしまうことももちろんですが、そのことに世間が無自覚であることに、ものすごく怖さを感じていたんです」

『ワンダーウォール 劇場版』 ©2018 NHK
『ワンダーウォール 劇場版』 ©2018 NHK

渡辺が感じた「怖さ」は、経済至上主義の世の中で切り捨てられる存在に、もう一度目を向けてみるべきなのでは、という問いかけへとつながっていく。それを歴史ある学生寮の取り壊し計画を巡る「体制」と「若者」の攻防を通じて描いてみせたのが『ワンダーウォール』という物語だ。

「私たちはずっと、『経済的な価値がなくなったものには意味がないから捨ててしまいなさい』というメッセージを受け取りながら生きてきたような気がしています。でも自分たちが直感的に『これは大事だ』と感じるものについては、覚悟を決めて守らないといけないし、それを守ることがきっと、未来の私たち自身を守ってくれることになるだろうと思うんです」

「私たちは誰もが年をとっていくわけですから、古いものに価値がないとみなすことは、自らに呪いをかけているようなもの。だからこそ、たとえ経済的な価値を生まない古い建物だとしても、その場所に流れてきた歴史や、かつてそこに存在した人たちを敬い、その想いを大事にしていくことが、ひいては未来の私たち自身を大事にすることにもつながるのではないでしょうか」

世代を超えて封印を解く

物語の舞台は、京都のとある大学の片隅に佇む「近衛寮」。100年以上の歴史をもつ学生寮で、長い年月をかけて寮生たちが勝ち取った自治の下、自他ともに認める「奇人変人たち」が独自の秩序を守りながら暮らす。そんな名物寮も老朽化に直面、建て替えの計画が持ち上がり、激しい議論が巻き起こる。

学生側は寮の部分的な補修を大学側に交渉する ©2018 NHK
学生側は寮の部分的な補修を大学側に交渉する ©2018 NHK

新しい高層建築に建て替えたい大学側と、補修しながら現在の建物を残したい寮生側の意見は真っ向から対立。話し合いが平行線をたどるうち、大学側の態度は硬化し、ついに強制退去の通知が学生側に届く。学生たちが抗議に訪れると、学生課には彼らを拒むように壁が設置されていた。そんなある日、壁の向こうに現れた一人の若い女性。その存在によって、結束していた学生たちの間に混乱が生じ始める……。

大学側が態度を硬化させたことで、寮生たちの間にも次第に温度差が生じてくる ©2018 NHK
大学側が態度を硬化させたことで、寮生たちの間にも次第に温度差が生じてくる ©2018 NHK

京都の歴史ある名物寮の話と聞いて、ピンときた人も少なくないはずだ。実際、ドラマが放送されて、実在の学生寮を巡る運動に思いを馳せた寮のOBたちから大きな反響があったという。

「上の世代の方々が、大勢トークイベントに来て下さって。彼らは、あれは自分たちの青春で、今の若い子たちに押し付けちゃいけないものだと諦めていたそうです。でもこの作品を見て、その封印を解いていいんだって思えたとニコニコしながら話してくれました。それを聞いて私も、大切に思うものを守りたいという気持ちを封印しなくていいんだと、改めて確信できたんです」

退去通知を受け取った寮生たちは学生課に抗議に向かうが、そこには壁が出現していた ©2018 NHK
退去通知を受け取った寮生たちは学生課に抗議に向かうが、そこには壁が出現していた ©2018 NHK

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映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。国内外で活躍するクリエイターや起業家のインタビュー記事を中心に、WEB、雑誌、パンフレットなどで執筆するほか、書家として、映画タイトルや商品ロゴの筆文字デザインを手掛けている。イベントMC、ラジオ出演なども。

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