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映画『ビッグ・リトル・ファーム』:不毛の地を生命の楽園に変えた不屈の男、ジョン・チェスター監督に聞く

Cinema 環境・自然

松本 卓也(ニッポンドットコム) 【Profile】

若いアメリカ人夫婦が荒れ果てた土地を緑豊かな農園に変える8年間を追ったドキュメンタリー映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』。次から次へと襲いかかる難題に直面しながら、生態系を再生させていく夫婦の格闘が、美しい自然や愛らしい動物たちの映像とともに描かれる。農場の主であり、この映画を作り上げたジョン・チェスター監督に話を聞いた。

ジョン・チェスター John CHESTER

米国出身のテレビ番組のディレクターおよびドキュメンタリー映画の監督、カメラマン。アニマルプラネットなどで多くの番組を手掛ける。2009年にロックミュージシャンを専門に撮影する写真家、ロバート・ナイトを追った『ロック・プロフェシー』を撮影・監督。10年に妻とロサンゼルス郊外に引っ越し、農場作りに着手。バイオダイナミクス農法を用いた再生型の「アプリコット・レーン・ファーム」を経営する。農場を舞台にした短編映像3本が、有名トーク番組の1コーナーで放映され、5つのエミー賞を獲得。長編『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』がトロント国際映画祭、サンダンス映画祭など世界各国の映画祭に出品され、観客賞など数々の賞に輝いた。(Photo : Yvette Roman Photography)

対立では解決しない

——自然がもたらす困難に対処するには、ネイチャードキュメンタリーを撮ってきた仕事の経験も役に立ちましたか?

「映画も農業も、なかなか思うように仕事をさせてくれないものなんです。どちらにも、いろいろな障害があって、その時々で、どうやったらストーリーがうまく運ぶか、方向を変えていくしかない。時には選択の余地がなくて、あるもので何とかするしかないんです。ドキュメンタリー映画の制作者は、完璧主義であることなどできません。目の前で展開しているストーリーにオープンでいないと、先に進めなくなってしまうんです」

殺処分寸前で救われ、チェスター夫妻を農場暮らしへと導いた愛犬トッド © 2018 FarmLore Films, LLC
殺処分寸前で救われ、チェスター夫妻を農場暮らしへと導いた愛犬トッド

——この映画は、人類が直面する環境問題について、直接的に警告を発するようなアプローチをしていないのが特徴ですね。

「偏向しない映画を作ることを意識しました。これまで人々を啓発しようとする真面目な映画をたくさん見てきましたが、それらは恐怖によってその目的を達成しようとします。それが生むのは、対立と二極化なんです。いま僕たちが示唆すべきなのは、対立の文化ではなく、革新(イノベーション)の文化です。気候変動について語らなかったのもそのためです。僕たちにしかできないのは、自然のシステムの内部に存在する最も美しい例を見せることだと。一度恋に落ちれば、それを大事にするでしょうから」

——ただ現実として、アメリカは世界のリーダー的なポジションにありながら、気候変動への取り組みではその役割を果たせていません。あなた方が一生懸命に取り組んでいるのに、怒りを感じませんか?

「確かにそうですね。だからこそ、僕が怒りに身をまかせてしまったら、より深く物事を見る機会を逃してしまうと思うんです。僕は農民であり、ストーリーテラーです。自分が受けたよいインスピレーションを伝えていくことで、社会に貢献できるのです。農業を実践しながら、非常によい刺激を受けてきました。生態系がそれ自身を癒す力は、想像していたのより、はるかにパワフルでした。この国でそんなストーリーをシェアできるのは、とてもいいスタートになる。映画によって、あらゆる分野の人々が語り合うきっかけが生まれると思うのです。もちろん、解決すべき問題は山ほどあります。生物多様性、森林伐採、湿地の激減など、これらはすべて農民たちに直接関わる問題です。彼らは人々のサポートを必要としている。こういう農法が、食や健康を含むさまざまな理由でベターな道なんだと、信じる人々の力が必要です」

© 2018 FarmLore Films, LLC

土が伝えるリンゴの味

——日本について言えば、食文化が非常に発達していると言われる反面、味覚に偏りがちで、健康面には意識が低いところもあります。

「健康管理でどこにお金をかけるかは、その人の選択ですからね…。でも食べ物の風味は、土壌のミネラル分から来ているんです。味の深さはそれで決まる。現代の市場に出回っている作物は、炭水化物が多く含まれていて、非常に甘いんですが、その奥に昔ながらの風味が伝わっているとは限りません。良い土壌で育って、昔からの風味を受け継いだリンゴが、ものすごく甘いわけではないんです。でもこれがリンゴ本来の甘さなんです。味覚を極めれば、その作物が育った土壌が味のニュアンスに現れてくるのが分かるはずです。ワインでいう『テロワール』のように。なるほど、味覚というのは、こういう農法の重要性を伝えるのに、文化的なインフルエンサーになりますね」

© 2018 FarmLore Films, LLC

——日本では、農業を志す若者が増えてきましたが、長続きするのがむずかしいという問題もあります。彼らにどういうアドバイスを送りますか?

「実際に自分で始める前に、インターンとしていくつかの農場で経験を積むのがいいでしょう。僕も若いときにもっとやっておくんだったと思っています。可能なら、世界の国々を旅してそれができたらいいですね。僕たちはWWOOF(Worldwide Opportunities on Organic Farms)と協力しています。自然農法の農家とインターンをつなぐ組織です。あとは農業の先輩たちの本や講義から学ぶこと。僕はいまでもやっています。ネットで探せば、畑の耕し方からトラクターの修理まで何でも分かる。農業を始めるには最高の時代ですよ!」

© 2018 FarmLore Films, LLC

聞き手・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

© 2018 FarmLore Films, LLC
© 2018 FarmLore Films, LLC. Yvette Roman Photography

作品情報

  • 監督:ジョン・チェスター
  • 出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター
  • 製作:ジョン・チェスター、サンドラ・キーツ
  • 脚本:ジョン・チェスター、マーク・モンロー
  • 配給:シンカ
  • 製作国:アメリカ
  • 製作年:2018年
  • 上映時間:91分
  • 公式サイト:http://synca.jp/biglittle/
  • シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中

予告編

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松本 卓也(ニッポンドットコム)MATSUMOTO Takuya経歴・執筆一覧を見る

ニッポンドットコム海外発信部(多言語チーム)チーフエディター。映画とフランス語を担当。1995年から2010年までフランスで過ごす。翻訳会社勤務を経て、在仏日本人向けフリーペーパー「フランス雑波(ざっぱ)」の副編集長、次いで「ボンズ~ル」の編集長を務める。2011年7月よりニッポンドットコム職員に。2022年11月より現職。

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