映画『ビッグ・リトル・ファーム』:不毛の地を生命の楽園に変えた不屈の男、ジョン・チェスター監督に聞く
Cinema 環境・自然- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
土こそすべて
物語は、ネイチャードキュメンタリーの映像制作に携わって25年以上になるジョン・チェスターと料理研究家の妻・モリーが、殺処分寸前の犬を救い出すことから始まる。吠え声のせいで近所から苦情が絶えず、住居を転々としていた夫婦は、ついに都会を離れようと決心。妻の念願だった農場暮らしを始めるべく、ロサンゼルス市街から車で1時間ほどの郊外に200エーカー(東京ドーム約17個分)の土地を購入した。しかしそこは、涸れ果てた荒れ地だった。
——あの広大な荒れ地を見て、よくこれが緑豊かな農場に変わると信じられましたね?
「いいえ、信じられませんでした(笑)。妻は信じていました。でも、あそこまで土が悪いとは想像していなかったんです。最初に大まかなプランはありました。自分たちがこうしたい、というのははっきりしていた。農場に緑を取り戻したい、生態系に従って働きたい、野生の花を植えて、昆虫たちに戻ってきてもらいたいと。でも、その実現に何が一番重要かは分かっていませんでした。それが土だと徐々に分かってくるのですが、まさかここまでひどかったとは…」
夫妻は、有機農法の一つであるバイオダイナミック農法を用いて環境再生型の農業を営む計画を立てていた。これに賛同し、資金援助をしてくれる人々が何人かいた。他の大多数の農場が、採算を優先して自然の摂理に背き、化学肥料を使って、単一の商品作物を育て、土地を不毛にしていく現状に強い危機感を覚える人々だ。
その資金で、地中から枯れた草木の根や石ころを除去し、地下水をくみ上げて灌漑設備を整えたが、それだけでは十分ではなかった。何よりもまず改善すべきは、土壌の質だった。何人かの専門家の助言を仰ぐも、返ってくる答えは一様に「打つ手なし」。やがて行き着いたのが、バイオダイナミックスの先駆者、アラン・ヨークだった。やはり開口一番「最大の問題は、土が完全に死んでいることだな」。しかしそれを「生き返らせよう」と言う。ジョンは思わず「この人、正気か?」と疑った。
「彼のプランはただ一つでした。それは、健康な土壌を作るために、最高レベルのバイオダイバーシティ(生物多様性)を実現すること。僕たちの要望と見事に合致していたわけです。しかしここからは、彼が与えてくれたヒントを、どう解釈できるかにかかっていました。彼は例えばこんな風に言う。『土を良くするために必要なのは牛だけじゃない、〈牛と羊〉なんだ』と。こういう啓示がいろいろあって、毎朝起きると、とても張り切っている自分が感じられた。一つの目的にたどり着くには、たくさんの道があるんだなって」
すべてがつながる
こうして最初の2年間、さまざまな策を実施していく。地面に被覆作物を茂らせ、牛だけでなく羊、さらに豚、鶏、アヒルなど、多様な家畜を連れてくる。その糞を、枯れ木や落ち葉と混ぜ、ミミズに分解させて健康な土を作る。池を作ってナマズを放す。植える果樹の種類も多ければ多いほどいい。やがて木や草が花をつけ、虫たちが戻り、野鳥が戻ってくる。
「よく生命のサイクルを円で表すけど、実際は8の字なんです。誕生から死までのプロセスの下に、分解と再生のプロセスがある。これを横にしたら無限(∞)じゃないかとアランは言った。そのときは何のことか分からなかったんです。本当に理解できたのは、この映画を編集するために、もう一度彼のインタビューを見たときでした。僕が実際に経験したことを通じて、何年も経ってようやく合点がいったのです。彼は何度も言っていました。複雑なことではないんだと。物事をどう見るか、それだけだと。それが見えるようになると、何もかもがつながってくるのが分かるんです」
3年目を迎える頃、すべてがかみ合って動き始め、荒れ地は地上の楽園のような美しい姿に生まれ変わっていた。しかし、本当の苦難はここから始まる。カタツムリやホリネズミが果実と作物を荒らし、コヨーテが鶏を襲う。その後の2年間は、チェスター夫妻にとって「人生最悪」の日々だったという。それをどう乗り越えていくのか、この映画の見どころだ。
「アランがこの世を去った。それから、ありとあらゆる悪いことが起こり始めた。それは、僕たちがパンドラの箱を開けてしまったからなんですね。つまり、多様性をよみがえらせたと同時に、まさにそれが僕たちを攻撃し始めたんです。僕たちは多様性といかにバランスを取っていくか、解決策を見出さねばなりませんでした」
——それでもあきらめずに続けられたのは、夫婦で支え合えたからなんでしょうね。
「実は3、4年目くらいは、ケンカが絶えなかった。2人でカウンセリングに通って、何とか乗り切ったんです。そのおかげで、僕らはこうして一つ屋根の下で暮らしていけているし、カウンセラーは別荘を買うことができた(笑)。ケンカのシーンはあまりにもリアルだからカットしましたよ。それを動物たちの戦いに置き換えてみたんだけど、分かってもらえるかな(笑)。もちろん、二人の間に子どもが生まれたことも大きかった。ようやく何か自分以外の存在に心から愛情を注げるようになり、この農場がもたらす経験や発想が、息子や彼の世代にとって、大きな意味を持つことも実感できるようになりました」
対立では解決しない
——自然がもたらす困難に対処するには、ネイチャードキュメンタリーを撮ってきた仕事の経験も役に立ちましたか?
「映画も農業も、なかなか思うように仕事をさせてくれないものなんです。どちらにも、いろいろな障害があって、その時々で、どうやったらストーリーがうまく運ぶか、方向を変えていくしかない。時には選択の余地がなくて、あるもので何とかするしかないんです。ドキュメンタリー映画の制作者は、完璧主義であることなどできません。目の前で展開しているストーリーにオープンでいないと、先に進めなくなってしまうんです」
——この映画は、人類が直面する環境問題について、直接的に警告を発するようなアプローチをしていないのが特徴ですね。
「偏向しない映画を作ることを意識しました。これまで人々を啓発しようとする真面目な映画をたくさん見てきましたが、それらは恐怖によってその目的を達成しようとします。それが生むのは、対立と二極化なんです。いま僕たちが示唆すべきなのは、対立の文化ではなく、革新(イノベーション)の文化です。気候変動について語らなかったのもそのためです。僕たちにしかできないのは、自然のシステムの内部に存在する最も美しい例を見せることだと。一度恋に落ちれば、それを大事にするでしょうから」
——ただ現実として、アメリカは世界のリーダー的なポジションにありながら、気候変動への取り組みではその役割を果たせていません。あなた方が一生懸命に取り組んでいるのに、怒りを感じませんか?
「確かにそうですね。だからこそ、僕が怒りに身をまかせてしまったら、より深く物事を見る機会を逃してしまうと思うんです。僕は農民であり、ストーリーテラーです。自分が受けたよいインスピレーションを伝えていくことで、社会に貢献できるのです。農業を実践しながら、非常によい刺激を受けてきました。生態系がそれ自身を癒す力は、想像していたのより、はるかにパワフルでした。この国でそんなストーリーをシェアできるのは、とてもいいスタートになる。映画によって、あらゆる分野の人々が語り合うきっかけが生まれると思うのです。もちろん、解決すべき問題は山ほどあります。生物多様性、森林伐採、湿地の激減など、これらはすべて農民たちに直接関わる問題です。彼らは人々のサポートを必要としている。こういう農法が、食や健康を含むさまざまな理由でベターな道なんだと、信じる人々の力が必要です」
土が伝えるリンゴの味
——日本について言えば、食文化が非常に発達していると言われる反面、味覚に偏りがちで、健康面には意識が低いところもあります。
「健康管理でどこにお金をかけるかは、その人の選択ですからね…。でも食べ物の風味は、土壌のミネラル分から来ているんです。味の深さはそれで決まる。現代の市場に出回っている作物は、炭水化物が多く含まれていて、非常に甘いんですが、その奥に昔ながらの風味が伝わっているとは限りません。良い土壌で育って、昔からの風味を受け継いだリンゴが、ものすごく甘いわけではないんです。でもこれがリンゴ本来の甘さなんです。味覚を極めれば、その作物が育った土壌が味のニュアンスに現れてくるのが分かるはずです。ワインでいう『テロワール』のように。なるほど、味覚というのは、こういう農法の重要性を伝えるのに、文化的なインフルエンサーになりますね」
——日本では、農業を志す若者が増えてきましたが、長続きするのがむずかしいという問題もあります。彼らにどういうアドバイスを送りますか?
「実際に自分で始める前に、インターンとしていくつかの農場で経験を積むのがいいでしょう。僕も若いときにもっとやっておくんだったと思っています。可能なら、世界の国々を旅してそれができたらいいですね。僕たちはWWOOF(Worldwide Opportunities on Organic Farms)と協力しています。自然農法の農家とインターンをつなぐ組織です。あとは農業の先輩たちの本や講義から学ぶこと。僕はいまでもやっています。ネットで探せば、畑の耕し方からトラクターの修理まで何でも分かる。農業を始めるには最高の時代ですよ!」
聞き手・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 監督:ジョン・チェスター
- 出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター
- 製作:ジョン・チェスター、サンドラ・キーツ
- 脚本:ジョン・チェスター、マーク・モンロー
- 配給:シンカ
- 製作国:アメリカ
- 製作年:2018年
- 上映時間:91分
- 公式サイト:http://synca.jp/biglittle/
- シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中