映画『ダンシングホームレス』:路上生活者の身体と五感に魅せられた男、アオキ裕キに聞く
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映画『ダンシングホームレス』には、路上生活者や路上生活経験者が実名で登場し、ダンサーとして公演に向けて練習に励む姿や、街頭でパフォーマンスをする様子とともに、彼らがどんな風に日常を送り、どうして路上生活をするに至ったかを自ら語るところまで、包み隠さず映し出される。
ダンサーを志したが人間関係や借金問題に疲れ、新宿のバスターミナルで寝起きするようになった元自衛隊員、メニエール病を患って仕事も住まいも失った元新聞配達員、「逃げてばかりの人生」でホームレス歴10年の70歳、父の暴力を逃れて15歳で家を飛び出した元パチンコ店員など、いずれも疎外感に苛まれ、挫折を味わい、辛酸をなめてきた者ばかりだが、不器用な彼らがカメラを前に語る言葉はユーモラスで明るく、人間臭さにあふれている。
そんな彼らを丸ごと受け入れ、あらゆるものを捨てた「原始的な肉体」から生まれる身体表現を追求するのが、2005年に「新人Hソケリッサ!」を立ち上げ、15年にわたり試行錯誤しながら「ホームレスのおじさんダンサー軍団」を率いてきたアオキ裕キだ。まずは彼自身が歩んできた道のりを振り返ってみよう。
米同時多発テロともう一つの「事件」
マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」に衝撃を受け、自らも「ダンスで生きていきたい!」と、高校卒業3日後に地元・神戸を飛び出し、あてもなく東京にやってきたアオキ。ある日、たまたま目にした新聞広告を頼りに劇団ひまわりに入団してダンスの基礎を学んだ。その後、サンリオピューロランドのステージを経て、人気アイドルグループのバックダンサーなどの仕事をこなし、芸能界の華やかな現場で活躍する。だが、その裏側も垣間見たアオキは、再び原点に立ち返り「本場でダンスを学びたい」と、安定した地位を捨てて米国ニューヨークに留学。しかしその翌年、同時多発テロに遭遇する。
「混乱する街で、行方不明の家族を探している人や祈っている人、泣き叫んでいる人々を目の当たりにして、自分のダンスに対するスタンスがいかに表層的であるかを思い知らされました。人間の内側に眠る悲しみのエネルギーや、怒りのパワーの強さに何一つ触れないまま踊りをやっていたんだなと。自分は何者なのかという本質に向き合い、もっと人間の心の奥深くに響くような踊りを探求しなければいけない。そう感じて、日本に帰ることにしたんです」
帰国後、自身の踊りを模索し続けていたアオキを、唖然とさせる出来事が訪れた。新宿駅前の雑踏で演奏する路上ミュージシャンのすぐ隣で、ホームレス生活者が尻を出したまま平然と寝ていたのだ。ダンサーとして洗練された身体表現を追求してきたアオキにとって、その光景は価値観を揺さぶるほど衝撃的だった。
「単純にすごいと思ったんです。自分は、見た目のかっこよさばかり追い求めていたんだなって。この身体からはどんな表現が生まれるのか、それを見て周りは何を感じるのか…とイメージが広がって、『この人と一緒に人前に立つとしたら、自分はどんな風に存在しなければいけないのか』という問いにつながっていきました。ニューヨークでテロに遭遇して感じたことに対する答えが、まさにその先にあるような気がしたんです」
ホームレスのおじさんを捨て身でスカウト
それから半年あまり、一緒に活動するダンサーをスカウトすべく、アオキは路上生活者一人一人に声を掛けた。無残に断られ続けて悩んだ末、「ビッグイシュー」に協力を仰いだ。路上での雑誌販売でホームレスの自立を支援する英国発祥の団体だ。その販売員(つまりホームレス)向けのミーティングの場で自らの企画をプレゼンさせてもらった。しかしいくら言葉を尽くしても伝わらない。「こうなったらダンスを見て判断してもらうしかない」と別の日に彼らをダンススタジオに呼び集め、渾身のダンスを披露しておじさんたちを口説く作戦に出た。
「当日スタジオに来てくれた5、6人を前に、自由な踊りを見せたんです。これで彼らの心を動かせなかったら、さすがにもう後がないと思っていたので、自分をさらけ出して踊るしかありませんでした。それこそ東京ドーム公演どころじゃないくらい緊張しましたけど、僕の踊りを見たおじさんたちが皆、『やります!』と言ってくれたんです」
ついに念願が叶ってダンスの稽古を開始するも、「スタジオが臭くなるから何とかしてくれ』とクレームを受け、消臭スプレーが欠かせなかったという。だが、アオキにとってはそれすら新鮮で、『しばらくお風呂に入らないだけで、人はこんな臭くなっていくものなんだ!』など、発見の連続だった。
「切羽詰まった状況で生きる人間の研ぎ澄まされた五感や、生きるのに即した身体に興味を持ったんです。路上で生き延びるためには、感覚を鋭敏にしておく必要があるかもしれない。屋外で寝ていると、いつ誰に襲われるか分からないから、ガサって音がするだけでも怖いんです。普段僕らは安全に囲まれ、感覚を遮断した状態でも生きていけるけど、この時代に人前で身体をさらすダンサーである以上、自分にもおじさんたちと同じような感覚の必要性を感じました」
路上生活者にルールはいらない
ダンスの経験を一切持たないホームレスたちを前に、一度はダンスの振付を覚えてもらおうと試みたものの、それでは彼らの個性が生かせないことに気付いたアオキ。彼らを型にはめるのではなく、それぞれの生き方に合わせたやり方で最大のパフォーマンスが引き出せるよう、自らの発想を切り替えた。
「最初は、稽古に来られないときは事前に連絡するというルールを設けたんですが、今は休みたいときは自由に休んでもいいし、すべて彼らに任せています。そもそも自分がやろうとしていたのは、社会からこぼれた人たちの踊りだったはずなのに、そこにルールを課せば彼らの生きる身体が死んでしまう。そうなるくらいなら、来なくてもしょうがないと自分の意識を変えることにしたんです」
果たしてそれで、彼らが稽古に通い続けるモチベーションが保たれるのだろうか。
「やっぱり誰しも拍手をもらいたいわけですよ。稽古に来ないと当然出番も減るわけで、本番で拍手をもらえるのは真面目に稽古に来た人たちなんです。そうすると、ルールを作らなくても自然と稽古に来てくれるようになる。もちろんありのままのおじさんたちの姿を見せたからといって、それがそのまま作品になるわけではありません。どうすれば彼らの身体や感覚を生かせるのかを考えながら、ダンス全体のクオリティを維持するのが、主宰者としての僕の役割なんです」
彼らがメディアに露出する機会が増えるにつれて、特にネット空間では「踊れるなら働け!」といった容赦ない声も寄せられる。だがアオキはそういった「匿名の人々」にこそ、まずは「ソケリッサ!」のダンスに触れてほしいと話す。
「そういう発言をする人自身も、きっと苦しみの中で生きているんでしょう。その気持ちは直接目の前でぶつけに来てください。でも、もともと僕は、おじさんたちの自立を促すためにこの活動を始めたわけではないんですよ。彼らがダンスを通じて自分の生き方を見つめ直すのは、もちろん素晴らしいことなんだけど、最初からそれを目標にしてしまうと、踊りそのものに強度がなくなってしまう。あくまで僕は彼らの踊りに関心があり、踊りを介して彼らと付き合うようにしています。私生活にはあまり踏み込まない。だから僕自身、この映画を通じて、彼らについて初めて知ったことも多いんです(笑)」
インタビュー撮影:花井 智子
聞き手・文:渡邊 玲子
作品情報
- 出演:アオキ 裕キ、横内 真人、伊藤 春夫、小磯 松美、平川 収一郎、渡邉 芳治、西 篤近、山下 幸治
- 監督・撮影:三浦 渉
- 配給:東京ビデオセンター
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:99分
- 公式サイト:https://thedancinghomeless.com/
- 3/7(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー