反省しないお父さんに捧ぐ:映画『酔うと化け物になる父がつらい』渋川清彦&片桐健滋監督インタビュー
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酒に溺れる父を冷めた目で見つめる娘
『酔うと化け物になる父がつらい』は、アルコールに溺れる父と暮らす娘の心情を、コミカルに綴った菊池真理子のエッセイ漫画。これをベースに、片桐健滋監督がオリジナルエピソードを加えて映画化したのが本作だ。
田所家は夫婦と娘二人の一見ごく普通の家庭。しかし普段は無口で小心者な父が、酔うと“化け物”になって帰ってくる。母はいつしか新興宗教にのめり込んでいた。娘たちにとって、幼い頃の「一家団欒(だんらん)」の記憶といえば、酔った父を母娘3人で介抱したことばかり。父とプールに行く約束をした週末も、飲み仲間が押し掛けてきて、家は雀荘と化す。母はせっせと酒の用意をしながらも、祭壇に向かって勤行に励むことで現実逃避していたが、長女が高校生の時、ついに限界を迎え、姿を消してしまう。
シングルファーザーとなった父は、娘二人のために酒をやめ、家に帰って晩御飯を作るようになるが、平穏な日々は長く続かず、やがてまた“化け物”になって帰ってくる生活へと逆戻り。長女のサキが幼い頃から父が酔った日に印をつけていたカレンダーは、以前にも増して赤いバツ印でいっぱいになっていた。
理不尽さに耐えようと自らの感情にフタをするようにして大人になったサキにとって、唯一の心の拠り所になっていたのが、漫画を描くことだった。酔った父の醜態をコミカルに描いた漫画が、友人たちから面白いと言われたことで救われたのだ。自分とは正反対で明るく活発な妹や親友に支えられ、家族の惨状を笑い話に昇華しながら、何とか日々を生きていくサキ。しかし父への関心も薄れていたある日、深刻な事態が訪れる…。
サラリーマンの父はなぜ酒を飲むのか
主人公のサキ役には、数々のドラマや映画、CMに出演している若手注目株の女優・松本穂香。酒癖の悪い父や暴力をふるう恋人に振り回されながらも、漫画を描くことで過酷な状況を乗り越えようとする、内向的だが芯の強い娘を好演している。まずは父娘のキャスティングについて、片桐監督に訊ねてみた。
片桐 健滋 最初に主役の女の子とお父さんをセットで考えました。松本さんとは昔、僕が助監督として入っていた廣木(隆一)組のオーディションで出会って、いつか一緒に仕事がしたいと思っていて。彼女とだったら父親は渋川さんかなと。アルコール依存症の話ではあるけど、決して暗いだけの物語にはしたくなかったので、渋川さんならきっと可愛い感じでやってもらえるんじゃないかなという期待もありました。
——渋川さんは今回、どのように役作りをされたんですか?
渋川 清彦 もともとそこまで役作りとかはしない方なんです。台本を読んで、原作と照らし合わせて、見た目とか構図を、何となくイメージするくらいですかね。
——以前は「役者たるもの、台本は現場に持ち込まない」のをポリシーとしていたそうですが?
渋川 そうですね。いや最近は持っていくかな、たまに。セリフは頭に入っているんだけど、スタッフの名前を確認するとか(笑)。携帯も見ないし、人ともそんなに喋らないんで、待ち時間に何もすることがないから、台本を見ている風な感じにしたりして(笑)。
——お父さんはただの酒にだらしないサラリーマンのように見えて、実は心にいろいろと抱えていそうなのがさりげなく描かれています。娘が漫画家になろうとしているのが分かったときも、「自分も昔、小説家を目指していた」と打ち明けて応援しますし…。
渋川 え、そんな設定だったっけ!? そんなセリフあった?(一同爆笑)
片桐 ありました! いろんな作品をやっているから覚えてないんでしょう。
渋川 そういえばあったような気もする(笑)。でも正直、そこまで細かく考えないですよ。そう見えるんだったらいいじゃないですか。見えなかったら俺の負けだし。
——監督は酒に溺れるサラリーマンの父の葛藤をどう描こうと思いましたか?
片桐 育ったのが、いわゆるサラリーマンの家庭ではなかったので、脚本を書きながら正直よく分かってはいなかったんですよね。ただ、自分も結婚して、子どもができて、酒を飲んだら家族に迷惑をかけるけど、やめられない、みたいなところは、共感できる部分があった。撮影の現場でも、助監督なんて中間管理職ですからね。会社員にも置き換えられると思いますよ。
渋川 やっぱりお酒を飲んだ方が話しやすいというか、酒を潤滑油にしているところは俺にもあったりしますから。苦手な場所とか行ったら、飲んじゃった方が楽ですもんね。きっとこのお父さんも、元はそれほど酒好きってわけじゃなくて、何か理由があるような気がするんです。
フランス仕込みのエスプリ
監督の片桐は、華道家の家に生まれ育った。高校時代に映像コンクールに応募して入賞したとき、審査員を務めていたのが巨匠・大島渚。作風を見てフランスに行くことを勧めてくれたという。2000年に渡仏し、フランソワ・トリュフォー監督作品の編集で知られるヤン・デデ氏に3年間師事。帰国後はミュージックビデオやイベント映像などの編集を経て、さまざまな監督の下で研鑽を積んできた。
渋川 フランスの現場ってさ、ケータリングとか洒落てたりするんでしょう?
片桐 飯をゆっくり食うなあ、とは思いましたね。
渋川 必ず昼休みもとったりするだろ?
片桐 そうそう1時間ね。日本では考えられませんよね。
——監督の中では、下積みが長いという意識がありますか?
片桐 ありますね。でも、叩き上げだからって泥臭いものにはしたくないって、意識してやっている部分があるのかもしれないですね。
渋川 いや、意識しなきゃ出てこないよ、これは。作品見ればわかるもん。
現場で培った確かな技術を生かしながら、コミックをベースとする本作では、絶妙な遊び心を発揮している。フランス仕込みのエスプリが成せる業と言えるかもしれない。そんな独自のテイストが、本来は深刻にもなり得るエピソードに、あたたかさや軽やかさをもたらしている。
父親とはどうあるべきか
——娘から見る父親像というのは、男性からはなかなか理解しづらい部分もあると思いますが、いかがですか?
片桐 僕の場合は親父が早く亡くなっているので、そもそも「父親像」っていうものがよく分からないんですよ。だから脚本にはむしろ自分自身を投影しますよね。そうやってお父さんのことを掘り下げつつ、自分もよくこういうことをやってるよなという反省も込めて…。
渋川 俺も具体的な父親像みたいなものを思い描いたりしたことはないんですけど、自分の親父っぽいところを、自然と嫁さんにも押し付けちゃうことがあったりしますよね。
——具体的には?
渋川 うちの親父は昔ながらの亭主関白で、家の中のことは一切しないし、台所のどこに何があるかもわかってないような人で、お袋に対する言葉遣いも強かったんですよ。そんな親父を見て育ったからか、俺も嫁さんに対して言葉が強くなっちゃって…。だからすごいケンカになって。いつも向こうが折れてくれるから何とか続いている(笑)。嫁さんに全部やってもらって、完全に甘えちゃってますね。
——昔のお父さんたちと同じで、威張っているけど実は奥さんに頭が上がらない(笑)。
渋川 親父は威厳があったというか、すごく怖かった。昔、テレビのチャンネル権は絶対、親父が持っているものだったじゃないですか。でも今、家ではずっと子どもの好きな番組を流し続けているから、「このままでいいのか?」って(笑)。幼稚園までは好きにさせておいてやるけど、小学校に上がったらそうはいかないぞ、みたいなのはありますね(笑)。
——これを聞くと、まさに絶妙のキャスティングだったのが分かります(笑)。最後に、監督から本作の見どころを一言お願いします。
片桐 映画は原作から逸脱するところがあるかもしれないですけど、単なるアルコール依存の話で終わらせるつもりはなかった。確かにお酒が父と娘のディスコミュ二ケーションの原因ではありますが、描きたかったのは、それが時間とともにどんな風に取り返しのつかないものになっていくかでした。身近な家族ほど、些細な言葉はいらないと考えてしまいがちですが、本当は気になるときに一言かけておきさえすれば、大事に至らずに済むんじゃないかとも思うんです。そんな提案の一つとして、この映画を観ていただけたら嬉しいです。
家族同士のすれ違いが決定的になる過程を描き出す本作だが、同時に人々がさまざまな形で、どうにかして寂しさを埋めようとする姿も伝わってくる。その中で何より印象的に輝くのは、映画の冒頭と最後に登場する、サキの脳裏によみがえる幼い頃に見た父の顔だ。渋川清彦が見せる何とも味わい深いその表情には、片桐監督の言葉を裏付ける説得力が十分すぎるほどにある。
インタビュー撮影:花井 智子
聞き手・文:渡邊 玲子
作品情報
- 出演:松本 穂香、渋川 清彦、今泉 佑唯、恒松 祐里、濱 正悟、安藤 玉恵、宇野 祥平、森下 能幸、星田 英利、オダギリジョー、浜野 謙太、ともさかりえ
- 監督:片桐 健滋
- 脚本:久馬 歩、片桐 健滋
- 原作:菊池 真理子 『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店刊)
- 音楽:Soma Genda
- 配給:ファントム・フィルム
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:95分
- 公式サイト:https://youbake.official-movie.com/
- 3月6日(金) 全国ロードショー