映画『レ・ミゼラブル』:フランスを震わす、怒れる移民の子どもたち
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パリ郊外の悪名高きモンフェルメイユ
海外映画といえば、昨今は原題を大幅に改めた分かりやすい邦題が多い中、めずらしくオリジナルのカタカナ表記をタイトルにしたのが本作。しかし第一にそれが想起させるのは、熱烈なファンが「レミゼ」の愛称で呼ぶ、あのミュージカル作品であるに違いない。
だがこれは、例の作品とは似ても似つかぬ別の物語である。時代はナポレオン率いるフランスがワーテルローの戦いで敗れた1815年ではなく、フランスがサッカーで世界を制した2018年だ。200年前の話を現代版に仕立てたわけでもない。とはいえ監督は文豪ヴィクトル・ユーゴーのあの名作を意識している。その真の狙いを伝えるにはこのタイトルしかない。その理由は映画の最後に分かる。
この意表を突いたタイトル選びを正当化するのは、まず舞台が小説にも登場する「モンフェルメイユ」であること、そしてそこに描き込んだのが現代の「ミゼラブル」(極貧者あるいは卑劣漢の意)ともいえる人々であることだ。この2つの単語は、現代のフランス人なら、たとえユーゴーの小説を読んだことがなくても、容易に結びつけることができる。モンフェルメイユとは、パリの北東セーヌ・サンドニ県にある、フランスで最も荒廃した地区の一つなのだ。今からおよそ14年前に全国の都市郊外で勃発した暴動は、このモンフェルメイユと隣のクリシー・ス・ボワが発火点だった。
当時のフランスをよく知る人は、この映画を観ればすぐにあの事件を思い出すに違いない。2005年10月27日、クリシー・ス・ボワでアフリカ系とアラブ系の少年2人がパトカーに追われ、逃げ込んだ変電所で感電死した事件だ。それをきっかけに、移民家庭出身の若者を中心とする集団と警官隊が激しく衝突し、やがて暴動が全土に飛び火したのだ。騒ぎは3週間にわたって続き、負傷した警官は全国で200人超、逮捕者は3000人近く、燃やされた車は9000台以上にのぼった。
このときに地元で激化した暴動をビデオで撮影し続けたのが、のちに『レ・ミゼラブル』を監督するラジ・リだ。アフリカのマリからフランスに移住した両親を持ち、モンフェルメイユの中でも特に悪名高いレ・ボスケ団地で育った。07年に一連の映像を『クリシー=モンフェルメイユでの365日』というドキュメンタリー作品に仕上げ、映像作家としてデビューした。
リアルな残酷劇とスリリングな活劇の共存
『レ・ミゼラブル』は、彼にとって初の長編で、2017年に撮った同名の短編を展開した作品だ。ラジ・リは長年にわたって、レ・ボスケ団地で頻発する警官の過剰な武力行使の場面をビデオに収める活動を続け、本作もそれらの事件から着想を得ている。
ただしこれはドキュメンタリーではなく、劇映画だ。モンフェルメイユやクリシー・ス・ボワでロケを行い、プロの俳優陣に加えて地元の少年少女を起用し、極めてリアルに描かれているが、巧みな設定や人物描写、ストーリー展開、カメラワークがドキュメンタリーにはない強烈な魅力を放っている。
冒頭で映し出されるのは、2018年サッカーW杯の決勝でフランスがクロアチアを下し、歓喜に湧くパリ・シャンゼリゼ大通りの光景。モンフェルメイユから繰り出した少年たちもこのお祭り騒ぎに加わっている。地球の反対から私たちも見たニュース映像そのままの、凱旋門を背にあちこちで三色旗が振られ華やぐパリだ。しかしそこから20キロ先にはゲットーがある。郊外電車と路線バスを乗り継ぎ1時間半もあれば帰り着ける、彼らのホームタウンだ。
そこでは、麻薬密売と売春と違法カジノが横行し、子どもたちが崩れたアスファルトの上でサッカーをしながら、パトロールに来る私服警官を見張っている。町外れの空き地にはロマのサーカス団が暮らし、イスラム教の礼拝所ではイマーム(導師)が過激な説教をしている。ケバブ屋を営むのは、ムスリム同胞団に入って更生したかつての犯罪者だ。安物の服や日用品から盗品まで売る露店が並ぶマーケットには、「市長」のあだ名で呼ばれる顔役がにらみをきかせている。
物語は、そんな「無法地帯」に転属されてきた警官のステファンが、問題地区をパトロールする私服警官グループの一員として、同僚2人と巡回に出る初日を描く。地元の悪ガキがサーカス団からライオンの赤ちゃんを盗み出すというおとぎ話のような出来事を発端に、警察を巻き込んだギャングの勢力争いにまでスリリングに展開する。監督によれば、すべてがあの町で実際に起こったことだという。
各勢力の拮抗を巧みに利用しながら、地域の危うい秩序を保ってきた警官たちだが、その威圧的な態度は相当な恨みを買ってきたことを想像させる。物語の序盤、ステファンの同僚となったクリスが繰り出す好戦的で差別的な言動は、フランスにおける白人警官の典型的なイメージを体現していて、思わず笑ってしまう。しかしそんな笑いも長くは続かない。この警官の姿こそ、私たち自身の差別意識や、冷笑的な見方を映す鏡になっていることに気付かされるからだ。
移民社会フランスの見過ごされてきた現実
権力を笠に着て相手を屈服させる態度が、どんなしっぺ返しにつながるか、冷徹なまなざしで追っていくのがこの作品だ。どの側に肩入れするわけでもない努めて客観的な姿勢を保ちながら、怒涛の終盤へとなだれ込み、鮮烈なラストショットにあらゆる者の怒りが凝縮される。最後にヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』から引用した一節が画面に浮かび上がり、そのシンプルなメッセージが静かに強く観客の胸に突き刺さる。見事な手法としか言いようがない。
冒頭のシーンを思い返すと、その20年前にもあった熱狂がよみがえってくる。ジダンをはじめとする移民家庭出身の選手たちが活躍し、地元開催のW杯で初優勝した1998年のフランスだ。人々は、三色旗の「ブルー・ブラン・ルージュ」(青・白・赤)をもじった「ブラック・ブラン・ブール」(黒人・白人・アラブ)の合言葉を誇らかに唱え、多文化共生の成功を称えたものだった。その歓喜の渦の中に、年若いラジ・リもいたはずだ。しかしそれも長くは続かず、やがて幻滅へと変わり、蓄積した怒りが暴発したのが7年後の2005年だ。前述したように暴動は3週間続き、11月17日に警察が「終結宣言」を出すのだが、それは前夜に放火された車の数がようやく「平常値」に戻ったからだった。その数は98台。フランスの問題地区では、1日に100台の車が燃やされるのが日常であり、それは今も変わらない。
ラジ・リ監督がこの映画で訴えるのも、「あのときから何も変わっていない」ということにほかならない。『レ・ミゼラブル』に登場する子どもたちの大半は、あの事件の後に生まれた。政治家や市民、あらゆる大人たちが、悲惨さを見て見ぬふりし、ごまかし続けてきた十数年間に育ったモンスター予備軍だ。彼らの怒りが何に向けられているか、大人は考えなくてはいけない。鬼気迫る力作を前に、「日本は平和だ」などという、ありきたりの気の抜けた感想は恥ずかしくて口に出せないだろう。
作品情報
- 監督・脚本:ラジ・リ
- 出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール
- 配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
- 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
- 製作国:フランス
- 製作年:2019年
- 上映時間:104分
- 公式サイト:lesmiserables-movie.com
- 2月28日(金)新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー