
ハリウッドからオファー殺到の日本人監督HIKARIとは? 長編デビュー作『37セカンズ』で脳性まひ女性の冒険を描く
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成功への階段
世界の映画界で最も注目を浴びる新鋭日本人監督の一人が、いよいよ母国で本格デビューを果たす。ジョージ・ルーカスの出身校、南カリフォルニア大学(USC)で映画の撮影と監督を学んだHIKARI(ひかり)だ。卒業制作として、戦後日本を舞台とする短編映画を監督し、自身の祖母をモデルに女性の同性愛を描いた。『Tsuyako』(2011)と題する23分のデビュー作は、世界各国の100を超える国際映画祭に招待され、受けた賞は50を数える。その後もさまざまな映像作品で賞を獲得し、国際的な評価を確立していった。
「『Tsuyako』を撮り終えた時点で、これを長編として撮りたいという考えがずっとありました。でも戦後の時代物なのでお金もかかるし、中途半端にはしたくなかった。まずはもっと別の、広く一般の方々に訴えるような作品で、安く上がるのを撮っておこうと(笑)。そうこうしているうちに何年か経ってしまいましたが、脚本はずっと年1本ぐらいのペースで書いてきたんです」
HIKARI監督の長編デビュー作『37セカンズ』 ©37 Seconds filmpartners
そのうちの1本が今回、初の長編として映画化が実現した『37セカンズ』の基となる脚本。この作品でHIKARIはサンダンス・インスティテュート/NHKの脚本ワークショップに招待された。ロバート・レッドフォードが創設したサンダンスは、インディペンデント映画作家の登竜門として世界的に有名な映画祭を主催し、NHKとはパートナー関係にある。NHKは1996年以来毎年、日本人の新進映画作家の脚本を3作選び、ワークショップを開いてそれをブラッシュアップし、サンダンス・インスティテュート/NHK賞の候補作に推薦するという制作支援を行っている。
「夏に3日間のワークショップがあり、毎回違う先生が来て、脚本の書き方を指導してくれます。それを自分の作品に当てはめていく作業をしながら、脚本を仕上げていくんです。その後、ロサンゼルスで行われるフィルム・インディペンデントのプログラムでは、1200くらいの応募作品の中から選ばれ、脚本ラボと監督ラボの両方に参加できました。何もかもがステップなんだなと思います。あるとき気付いたら、もう走り出したから大丈夫、という気持ちになれていました」
フィルム・インディペンデントもサンダンス・インスティテュートと同様、独立系資本で映画制作に携わるアーティストを支援する米国の非営利団体だ。インディペンデント・スピリット・アワードを主催し、これまでの受賞リストにはそうそうたる作品、監督、俳優が並ぶ。2017年4月にその監督ラボを終えて自信をつけたHIKARIは、いよいよ撮影の準備へと本格的に動き出す。しかし「安く上げる」構想とはいえ、資金集めは容易でなかった。
「こういう風にステップを踏みながら、脚本が出来上がり、人を集めていけるかも、という段階までは行けたんですが、お金を集めるというところで壁にぶつかりました。アメリカでは、まだ長編を1本も出していない段階で、しかも英語以外の作品となると、なかなか相手にしてもらえないんです。半年くらいして、これはもう日本でお金を集めるしかないな、日本で完成させるまでアメリカには帰らないと覚悟を決めました。あかんかったらロスでお好み焼き屋でもしようかなと(笑)」
お涙頂戴にはしたくない
本作は山口晋(しん)との共同プロデュース。予算の大小を問わず、国境を越えた映像作品の製作を数々手掛けてきた山口もまた、ロサンゼルスを舞台に経験を積んだ国際派で、HIKARIから厚い信頼を得ている。結局、脚本ワークショップで支援を受けたNHKと国際共同制作作品にするという形で、資金面に決着をつけた。
「今回、製作委員会を作らなかったのも、出資者から絶対あれこれ言われたくないなというのがあって。実際に障害のある女性を主人公にするというのが、私の一番大事な、根本的な発想だったので、ここに口出しされてしまったら作る意味ないやんと。(山口)晋くんも大丈夫かな、という思いはあったようなんですが、そこは信じてほしいと説得して」
23歳になった娘ユマ(佳山明)の世話を焼くシングルマザーの恭子(神野三鈴) ©37 Seconds filmpartners
『37セカンズ』の主人公は、23歳のユマ。出生時に37秒間、呼吸が止まっていたことで、手足が自由に動かせなくなる障害を負った女性だ。大人になってからも、二人暮らしの母親にやや過保護な扱いを受けている。身体に不自由を抱え、移動は車いすだが、豊かな想像力と絵を描く才能に恵まれたユマは、少女漫画のゴーストライターをして、わずかな収入を得ている。彼女の代わりに作者として表舞台に立つのは、親友でアイドル並のルックスをもつサヤカだ。自分の名前で作品を世に出したいと願うユマは、サヤカ名義の作風とは違うアダルトコミックの作品を仕上げ、原稿を編集部に持ち込むのだが、率直な女性編集長から「性描写のリアリティーが足りない」と指摘されてしまう。思い立ったユマはある夜、女性相手の性風俗サービスを呼び、いかがわしいホテルに入るのだが…。
アダルトコミック誌の編集長役に板谷由夏(左) ©37 Seconds filmpartners
オーディションでユマ役に選ばれた佳山明(めい)は出生時に脳性まひに。社会福祉士の資格を持つ ©37 Seconds filmpartners
HIKARI監督の希望通り、ユマ役はオーディションで実際に障害のある女性を募集し、およそ100人の候補が集まった。その中から選ばれたのが佳山明(めい)。もちろんそれまで演技未経験だ。テストで発した「すみません…、誰かいませんか…」という声のか細さと純真さに、その場にいた全員が心をわしづかみにされたという。佳山との出会いは、監督に脚本の大幅な手直しを決意させた。主人公の設定が、交通事故による脊髄損傷から、彼女と同じ生まれつきの脳性まひへと変わり、物語の展開そのものも大きく動いた。
「明ちゃんって、一見すると15歳くらいに見えますよね。彼女のおぼこい(うぶな)感じから、これは性で始まっても性で終わる話じゃないなと思った。彼女が自分を探し出す旅に出て、その中で彼女がいろいろ発見し、気付いていくストーリーにしたいなと。それで脚本を3割くらい書き直したんです」
こうしてほぼ2年をかけて書いた脚本に惜しげもなく手を入れ、さらに躍動的な物語に仕上げた。しかし構想から一貫してあったのはこんな思いだ。
「第一に、お涙頂戴映画は絶対に作りたくなかったんです。障害者が出てくる映画って、その方々のつらさを強調するものが多い。でも、そこに涙を流すんじゃなくて、障害があっても頑張っている姿を応援する映画を撮りたいと思った。とはいえ、障害者じゃなくてもいいんです。一人の女性にやりたいことがあって、家族との関係がいろいろあったり、困難を乗り越えたりして、前向きに進んでいく。彼女の前に道が開いていく、そんなストーリーを描きたかった」
監督の言う通り、物語は明るさに満ちている。そしてユマが出会う大人の女性たちの気っ風のよさが魅力的だ。アダルトコミック誌の女性編集長(板谷由夏)、障害者にサービスを行うデリヘル嬢(渡辺真起子)ら、ユマを特別にいたわるわけでもなく、一人の人生の後輩として見守り、一歩踏み出せるように背中を押す。
「私自身が人生でいろいろな経験をしてきたので、つらいときに小さな幸せを見つけたり、しょうもないことで笑えたり、そんなものが必要だと思っているんです。そういうお笑いの要素をいろいろなシーンやセリフに込めました。周りの登場人物については、どんな仕事でもかっこよく働く女性がいいなあと思って。私自身もそういう女性になりたいと思うし、観る人にも、ちゃんと自分を持って前進しているあんな女性になりたい、と思ってもらえたらいいですよね」