映画『コンプリシティ/優しい共犯』 近浦啓監督インタビュー:「外国人技能実習生の姿が自分に重なった」
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技能実習生の物語にたどりつく経緯
2013年から17年にかけて短編3作を発表し、そのたびに名だたる国際映画祭で高い評価を受けてきた近浦啓。海外から熱視線を浴びる若き日本人監督が、ついに『コンプリシティ/優しい共犯』で本格デビューを飾る。初の長編映画で何を撮るべきか——。じっくり時間をかけて考えた結果、まず重視したのは、自分に身近な事柄であること、そして現在の時代性を反映した内容であることだった。
「20年後に見返したときに、2010年代後半の映画だと分かるような作品になればいいなと思いました。今だから撮れること、今こそ撮るべきものにしたいと。この10数年間、僕が東京にいてもっとも肌で感じた変化は、外国から来た人々の数が増えたことです。一方、今もメインストリームの多くの日本映画では、『日本出身の日本人』しかいないかのような世界が描かれることが多いです。そこに違和感を抱いていました。そんな中、2014年に技能実習生として来日していたベトナム人の若者が、除草効果を研究するために大学が飼っていたヤギを盗み、解体して食べたというニュースを目にしました」
事件の背景に興味を持ち、技能実習生たちへの取材を進めていった近浦監督。制度のさまざまな問題点が明らかになる中、これをドキュメンタリーではなく、劇映画にしたいという思いが湧いてきたという。映画作家としては、そこに政治的、社会的な主張を込めるのではなく、こうした出来事を通じて、あくまで人間の何が描けるかに関心があった。
『コンプリシティ/優しい共犯』は、技能実習生として来日したが、劣悪な職場環境に苦しみ、そこから逃げ出した中国人青年を描いた物語。他人になりすまし、地方の蕎麦屋に働き口を見つけた青年は、日本語での会話に苦労しながら、実の息子のように接してくれる主人と心の交流を深めていく。しかし人間らしい生活もつかの間、やがて正体が警察にばれ、不法滞在者として追われる身になってしまう——。
「技能実習生の方に取材して、僕自身との共通点も多くありました。彼らは、夢や期待を抱いて日本にやってきたところもあったでしょう。しかし現実はそれほど甘くなかった。彼らとは状況がかなり異なりますが、そういう想いについては、僕にも同じような経験は何度もあります。またそれは僕に限った話ではなくて、いろいろな人が期待と現実のギャップに直面して、乗りこえていくという経験をしながら成長しているのかもしれない。もしそうであるなら、技能実習生をモチーフにしながらも普遍的な物語が描けるんじゃないか。それが、この映画を作った一番大きなきっかけでした」
苦境で出会った役者・藤竜也
近浦自身にとっても、キャリアのスタートには苦い思い出があった。2006年、ウェブを中心にクリエイティブ制作を手掛ける会社を立ち上げた頃のことだ。いまでこそ映像作家と経営者の二足のわらじで活動しているが、軌道に乗せるまでには年月を要した。「起業すれば何とかなる」という甘い考えがあったという。当初、サイトを作るスタッフを集めたのはよいが、仕事がまったくなく、「今日は何するんですか?」とスタッフに聞かれる毎日だった。ならば、依頼がなくても何かやるべきことを作ってしまうしかないと考えた。
「僕が会いたい人に会いに行くのが一番いいんじゃないかと思って、まずは自分たちでインタビューサイトを立ち上げました。当時はまだウェブ上で長いインタビューを読めるサイトがほとんどなかったです。僕がカメラを持って会いにいき、インタビューもして写真を撮って、スタッフの皆でページを作ってロングインタビューを掲載する、というサイトでした。ピーター・バラカンさん、伊達公子さん、押井守監督など、著名な方々に取材を受けてもらい、僕と同じような興味を持つ読者に向けて無料で公開していました。広告なども出していませんでしたので、売り上げは一銭も得られなかったんですが、これほど楽しいことはなかったですね」
そのインタビューサイトで真っ先に会いに行ったのが『コンプリシティ/優しい共犯』に出演している藤竜也。主演映画の公開に合わせてインタビューを申し込み、もっとも憧れる俳優に直接会って話を聞くことが叶ったという。
「藤竜也さん主演の『愛のコリーダ』(大島渚監督、1976)は僕が生まれる前年の作品ですが、高校2年の時に観ました。初めて藤さんのお芝居に触れて、『いつかこの人と映画を作りたい』と思ったんです」
2013年の監督デビュー作『Empty House』は11分の短編。家を出ていく娘を見送った直後の10分間の父親の姿を描いた作品だ。脚本を書く間、父親役には藤竜也以外、頭に浮かばなかったという。それは今回、初めての長編を撮るにあたっても同じだった。
「藤竜也という役者なしでこの映画を作るということは僕には考えられなかった。だから技能実習生の物語にするには、藤さんをどう位置づけられるか、逆算する形でキャラクター造形を進めていった。それが中国人青年を受け入れる蕎麦職人となったんです」
映画監督になると決意してから
少年時代から映画をこよなく愛していた近浦だが、「映画監督になる」という決意に変わったのは就職活動に入る時期だったという。大学では経済学を専攻していたのだが、独学で映画の手法を学んでいった。
「尊敬する映画監督が手掛けた作品を観ては、その作品を絵コンテに描き起こす作業を続けました。1シーンごとに番号を振って、そこで何が起きたか大学ノートに1行ずつ書き出しては、どんな風に場面が遷移して、どんな風に登場人物の感情を構築していくのかなど、映画をひたすら観察しました」
もちろん、こうして理論を頭に叩き込み、センスを磨くだけで映画監督が務まるわけではない。撮影現場を動かしていくには、経営者として会社を動かしてきた経験も十分に役立っているはずだ。
「チームのメンバーに同じ方向を向いてもらうためには、まずはリーダーがビジョンを持ち、それを実現するための粘り強い情熱を彼らに見せることが一番重要だと思います。そう考えると、映画監督の仕事というのは、会社でチームを率いて仕事をしていくことと、根本的には似ていると思いました」
今回の長編デビュー作でプロデューサーも兼務した近浦は、主要なスタッフを自分より年上のベテラン勢で固めた。撮影監督に是枝裕和監督作品の常連・山崎裕、美術監督に周防正行や滝田洋二郎の監督作品で知られる部谷京子など、キャリア豊富な腕利きたちを口説き落としていった。
「監督としてチームを率いることに関しては、自分が理想としていた形に近づけた感じがあった。仮に20代前半で今回の映画を撮るチャンスに恵まれたとしても、当時の僕ではうまく撮れなかったかもしれません。一方、プロデューサーとして出来上がった作品を観客に届けるということについては……、それこそ僕が考えていたほど甘くはなかったです。期待と現実のギャップは大きかったです。配給して観客に届ける大変さは身にしみました。それが今回の一番大きな収穫です」
中国での撮影もあった本作には、中国人映画監督のフー・ウェイもプロデューサーに名を連ねている。6年前、初めて海外の映画祭で『Empty House』が上映された台湾・高雄で出会った盟友の存在が、この長編の実現にも大きな役割を果たした。
「正直に言うと、僕とフー・ウェイの2人だけで始めた作品でしたので、『誰か相手にしてくれるのだろうか』と思っていたところもありました。でも実際は、制作から公開に至るまでの過程でたくさんの出会いがあり、多大なサポートをしていただきました。もっと心を開いて、いろいろな人と一緒に作っていくという気持ちになれたら、よりよいものができるんだと考えるようになりました。次の作品については、納得する脚本がそろそろ書き上がりそうな段階です。今回経験したことが、また違う形で活かせるんじゃないかと思っています」
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督・脚本・編集:近浦 啓
- 出演:ルー・ユーライ 藤 竜也 赤坂 沙世、松本 紀保ほか
- 製作:クレイテプス Mystigri Pictures
- 制作プロダクション:クレイテプス
- 配給:クロックワークス
- 製作国:日本=中国
- 製作年=2018年
- 上映時間:116分
- 公式サイト:http://complicity.movie
- 2020年1月17日 (金)より新宿武蔵野館にてロードショー