映画『駅までの道をおしえて』:昭和一ケタ生まれの現役俳優・笈田ヨシが語る「生き延びるヒント」
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映画『駅までの道をおしえて』は、いなくなった愛犬の帰りを待ち続ける少女と、先立った息子との再会を信じる老人の心温まる交流を描いた物語。伊集院静の短編小説を橋本直樹が脚色、監督した。主人公の少女を演じる新津ちせは、米津玄師プロデュースの大ヒット曲『パプリカ』を歌う小学生ユニット「Foorin(フーリン)」のメンバーとしてブレイク中だ。
その「相手役」が今年で86歳になった笈田ヨシ。数世代のギャップを超えて少女と心を通わせるジャズ喫茶のマスターを演じている。橋本監督が求めたのは、「日本の映画やドラマに出てくる典型的なおじいさん」とは一線を画す俳優。幼い少女とも対等な友人関係を築くことのできる、不思議な存在感を持つ老人役に選ばれたのが、半世紀にわたって欧州を拠点に活躍する笈田だった。
人生80年以上にもなると…
——これまで、特に舞台では、多くの哲学的、文学的な作品に出演してきましが、この映画はかなりタイプの異なる作品ではないですか。
「役者ですから、お座敷がかかれば喜んでやらせていただくだけです。いい映画になるように、ちょっとでも貢献したいという心持ちでやっています。僕の友達は、みんな年寄りだけどね、観て泣いたと言っていましたよ。多くの人に気に入っていただけたんではないでしょうか。それは僕の手柄じゃなくて、スタッフの方々の涙ぐましい熱心さ、監督の集中力、プロデューサーの努力、それから可愛らしい彼女(新津ちせ)と、犬のおかげ(笑)」
——著書の『見えない俳優』には、若い頃、先輩に「動物や子供と一緒の舞台に出るな! 食われてしまうぞ」と助言されたと書いてありましたが、今回はまさにその禁を犯していますね(笑)。
「エヘヘヘ、確かにそう書きましたけど、もう僕の年になったら、食われたってどうってことないんで。僕は犬が好きですし、彼女は僕のひ孫くらいですから。一緒にやって食われちゃったら面白いなって感じですよ。昔から、古典芸能の先生たちにいろいろ教わってきましたけど、自分がよく見えるより、相手を助けるように演じろと言われましたね。子どもでも誰でも、とにかく相手がやりやすいように努力するだけですよ」
——今回の出演をめぐっては、とかく「77歳差の共演」や「86歳現役」といったところに興味が集まりがちですが、そういう反応についてはどう思いますか。
「いちいち意識しませんよ。相手役と年が離れていても、それと関係ないところで仕事をすればいいって思っています。悲しいことに、われわれ年を取ると、習慣とか、社会的立場とか、そういうものに縛られて、素直に自分の心を出すことがだんだんと少なくなる。年齢を重ねるにつれて、分別がなきゃいけないとか、人間はこうあるべきだとか、礼儀はどう、道徳はこう、といっぱい衣を着ていくんだね。でも、それを全部脱いで裸になる勇気があれば、老いも若きも、男も女も、人も動物も、みんな心で通じ合える。もう少し人生を楽に生きられるんじゃないかな」
「この映画の話のように、大切な存在を亡くして、悲しみが癒えない、忘れることができないというのは、誰にでもあると思うんですよ。80何年も生きていると、そういう材料がいっぱいあるわけで。でも人間は、想像力でその穴を埋めることができる。去った人と想像の世界で交流したり、夢の中で話をしたり。そういう能力を人間は持っていて、それで悲しみを乗り越えて、生き抜いていけるんですね。残された者が悲しむだけじゃなく、生き延びていくためのヒントを教えてくれる映画だと思います」
芝居は別に楽しくない
——これまで舞台でより多くの経験を積まれてきましたが、映画の撮影と舞台では、現場の入り方にどういう違いがありますか。
「映画というのは、監督が料理人で、材料を使って料理する。われわれ役者はその材料だと思っています。ですから、料理人がいい料理をできるように、自分はなるべくいい材料であろうとする。舞台の方は、テンポとか、観客とのコンタクトで何か生まれてくるものがありますし、1回1回の公演がその場限りのものですから、もうちょっと役者に責任がある。ある意味で映画の方が、責任がない、って言ったら不真面目ですけど(笑)、まあ、そんなところはありますね」
——では映画の方が楽しんでやれると?
「芝居を楽しんでいるかとよく訊かれるけれども、そういう感覚ではないんですね。映画でも舞台でも、監督や演出家に右向けと言われたら、どうやってうまく右を向けるか、そこで立ってと言われたら、どうやって立ち上がるか、その瞬間瞬間に、細部に一生懸命になっているわけです。綱渡りで向こうまで渡るみたいなものですから、楽しいとか、苦しいとかじゃないんです。落ちないように一歩一歩進んでいるだけで」
——演技をするには、五感だけでなく、九穴(両目、両耳、鼻孔、口、尿道、肛門)が非常に重要だという持論をお持ちですね。
「学校教育の影響で、物事は頭脳で考えるものだと思っていますよね。身体は頭脳の奴隷みたいに思われている。しかし身体にも思考があって、頭脳はその働きの一部に過ぎないんです。物事を思考するときに、頭だけでは足りない。本当の思考というのは身体から出てくるもので。学校では頭脳の使い方ばっかり訓練させられますけど、もっと大きな思考をするには、身体で考えるようにすればいいんじゃないですか」
——能や歌舞伎といった古典芸能だけでなく、禅やヨガの呼吸法、神道や密教、武道の気なども探究されたとか。
「俳優という仕事を通じて、いろんなことを学ばせていただいているんです。それで日常生活が豊かになる。若いときはね、どうやったらいい俳優になれるか、日常生活はそのためのものだった。今は俳優をやっていることによって、どうやって日常生活を過ごすかを学ぶんです。ですからこの職業のおかげで、年を取っても不安なく、静かな気持ちで毎日を過ごせています。最近、運動をしなきゃいけないと思って、ひと月前から太極拳を習い始めましたよ」
日本の若者よ、踊るのもいいけど…
——フランスに住んでいて、たまに日本に帰ってくるとどんな感じですか。今年の夏、ヨーロッパは記録的な猛暑だったそうですけど。
「暑さを逃れて北海道で過ごしました。パリは42度まで上がったってねえ。僕なんて早く死んじゃうからいいけど、若い人は大変ですね。年を取っていてよかったのはそれくらいで、いいこと何もないもん(笑)。1970年代ってのは素敵な時代でしたけどね、これから何か新しいことをやれるんじゃないかという希望があって。今はねえ、何か希望があったら教えてくださいよ(笑)」
——スウェーデンの16歳の少女が国連で気候変動の危機を訴えていましたが…
「無理もないですよ。彼女たちにとっては、50年後どうなっているかという話ですから。自分の意見を堂々と言えて素晴らしいじゃないですか。そこへいくと、この夏ね、北海道で若い人たちが民謡踊りのコンクールで踊っているのを見ましたけど、どうなんですかねえ。一生懸命に打ち込んで、それ自体は素晴らしいんだけど、大学生ですよ? もう少し地球環境とか政治の問題に情熱を燃やせばいいのにって思いましたよ。日本がそれで済んでいる平和な国だってのはありがたいですけどねえ」
「豊かになって、平和そうに暮らして、関心は着飾ること、美味しいものを食べることばっかり。それはそれで結構だと思いますけど、われわれの商売からすれば、もうちょっとカルチャーの方にも関心を向けてくれればいいのにって。日本はヨーロッパの国々に比べると、人口の割に文化的なイベントが少ないですよね。日本人のアーティストには、ヨーロッパの人たちよりはるかに素晴らしい感覚や才能をもった方々がいるので、その数がもうちょっと増えればいいね」
——これから先、この苦しい世の中を(笑)どうやって生きていけばいいでしょうか。
「舞台の上ではね、演技に集中するだけでなく、同時に自分を俯瞰で見ないといけない。それと同じで、人生も埋没すると苦しいじゃないですか。生きていると問題ばかりあるけれども、その真っ只中からじゃなくて、フッと自分から離れてみると、いろいろ見えてくる。社会も中に入って夢中でやっていれば、いやなことばっかりですよ。だけど一歩下がって、社会の中で自分がどこにいるか眺めるようにしてみると、この難しい、恐ろしい世の中も、心静かに生きていけるんじゃないかと思います」
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=松本 卓也
作品情報
- 出演:新津 ちせ 有村 架純/坂井 真紀 滝藤 賢一 羽田 美智子 マキタスポーツ/余 貴美子 柄本 明/市毛 良枝 塩見 三省/笈田 ヨシ
- 原作:伊集院 静『駅までの道をおしえて』(講談社文庫)
- 脚色・監督:橋本 直樹
- 主題歌:『ここ』コトリンゴ
- 企画・製作:GUM、ウィルコ
- 宣伝・配給:キュー・テック
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:125分
- 公式サイト:https://ekimadenomichi.com/
- 新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開中