「あなたはなぜクリエイティブなのか?」 世界の天才たちに問い続けたハーマン・ヴァスケ監督が語る
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「あなたはなぜ~なのですか?」初対面の人にいきなりこんな風に尋ねるのが不作法だというのは、普通の大人なら分かる。しかしこれを30年以上にわたって続けてきた人物がいる。しかも相手は、世界的に知られる著名人ばかり。広告畑から映像の世界へ飛び込んだハーマン・ヴァスケ監督は、「あなたはなぜクリエイティブ(創造的)なのですか?」という問いを、当代一流のアーティストたちに投げ、その答えを映像に収め続けてきた。「アポなし」突撃インタビューも少なくない。取材を試みた総数は1000人以上にのぼるという。
『天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント』は、その撮りためた映像の中から107人に絞り、アニメーションとナレーションを加えて編集した作品だ。相手となる「世界的な有名人」たちには、デヴィッド・ボウイやネルソン・マンデラなど、一時代を席巻し、すでにこの世を去った人々もいる。ミュージシャン、現代美術家、映画監督、俳優が多いが、ほかには物理学者のホーキング博士、チベット仏教法王のダライ・ラマ、哲学者のスラヴォイ・ジジェク、元サッカー選手のペレと多岐多様。マンデラのほかにも、ヤセル・アラファト、ミハイル・ゴルバチョフといった世界史に名を残す政治家たちも登場する。
直撃したブッシュ大統領の反応は?
取材した政治家の中にはジョージ・ブッシュ(父)元米大統領も含まれるのだが、面白いことに彼にはこの質問の意図が理解できなかった。このシーンこそ、「クリエイティブであること」の価値が人によってさまざまであるのを端的に物語っている。ブッシュと違って、多くのアーティストたちは、突然投げかけられたシンプルな問いに虚をつかれながらも、答えを絞り出そうとするのだ。
ヴァスケ監督はロビーでいきなり質問をしたときのブッシュの反応について愉快そうに振り返る。
「彼は私の質問を聞き間違えて、『私がなぜ創造された(クリエイティド)のかだって?』と驚いた顔で返してきました。侮辱されたと思ったのでしょうね。『何があったんだ』とSPが集まってきちゃって(笑)。政治と創造性の間には相関関係があるんですよ。彼が質問を理解できなかったのは、彼が変化を目指す政治家ではないからです。この映画には入っていませんが、私がインタビューした中に、チェコの大統領だったハヴェルがいます。元は劇作家でした。クリエイティブな人が政治に関わって、ビロード革命(1989年)が生まれた。創造性には物事を変える力があって、それを使う政治家もいるということです。だから私は、不確実な時代にこそ、ピラミッドの頂点に創造性を置くべきだと思っています」
創造の泉に潜むもの
しかし、クリエイティブであることとは、必ずしも能動的であるとは限らない。というのも、多くのアーティストたちが、創造する力を天与のものと答えているからだ。また一方で、創造の動機を死の恐怖から逃れるためであると説明するアーティストも何人かいる。このように、創造性をめぐる問いは、生と死に直接的に関わってくるようだ。
「私はまさに、神がどうやって世界を創造したかが知りたかったのです。アインシュタインも同じことを言っていました。この哲学的、実存的な問いは、私たちが何かをするときの、もっとも根源的な動機に関わっているのです。確かに彼らの答えには、いくつかパターンがあります。後世に何かを残したいと、不死の欲求を語る人。反対に親からの影響や幼少期の体験で説明する人。『創造せずにいられないから』と言う人もいます。セクシュアリティやスピリチュアリティの問題へ、あるいはもっと単純に野心へと還元する人もいる。つまり、いつまでも一つの答えにはたどり着かない。この問いはずっと続く旅なのです」
多くの場合、何のつてもなしに次から次へと有名人に取材を申し込むというが、その苦労は並大抵でないはずだ。ヴァスケ監督はこれまた愉快そうにエピソードを紹介した。ある俳優に初めてインタビューを申し込んだときのことだ。
「偶然どこかからアシスタントの電話番号が手に入ったので早速かけてみたんです。そうしたらマネージャーに電話してくれと別の番号を教えられた。マネージャーにかけたら、エージェントを通してくれと言う。エージェントにかけたら弁護士と話してくれと…。こうなると30分でもうお手上げです。ところが、アートや表現を深く探究している人は違います。そういう人々は、とてつもない有名人であっても、私を助けてくれる。それからクリエイティブな人々には、クリエイティブな友人の輪があって、手を差し伸べてくれます。だから私が体験的に思うのは、創造性とは、人に何かをしてあげる、気前のよさにもつながるということです」
ムカデのジレンマ
ところがクリエイティブな人々の中にも、気前よく質問に応じる人と、応じない人がいる。ヴァスケ監督は原題のサブタイトルに使った「ムカデのジレンマ」を引き合いにこう説明した。
「ムカデがあれだけたくさんの足をどうやって動かしているのかを問われたら、とたんに歩けなくなってしまったという寓話です。映画監督のミヒャエル・ハネケの指摘を、この映画の最後の方に取り入れました。つまり自分を動かしている力とは本質的に何なのか、頭で考えない方がよいという人がいるということです」
しかしその問いが持つ両義性にとっくに気付いていながら、なおも子どものように同じ質問を繰り返すのはなぜなのだろうか。
「私の場合、明らかです。この問いをめぐる旅に、取りつかれてしまったんですね。ほかにも撮ってきた作品はあるんですよ。広告やファッション、アートからサッカーまで。しかしこのクリエイティブ論こそ、心の底から私の興味を掻き立てるものなんです。ベネチア国際映画祭のディレクターは、『これは単なる1本の映画じゃない』と言ってくれました。それはほめ言葉でもありますが、実際に映画より先に本にもなったし、展覧会にもなっている。映画はいわば、この活動の初期を記録したものです。次は『私たちはなぜクリエイティブでないのか?』という作品に取り組んでいます。アーティストのダミアン・ハーストは、自分の作品について、記者に『私にだって作れる』と言われてこう返しました。『でも作らなかったじゃないか』。私は人々がこれ以上、この『私にだって作れる』症候群にかからないように、モチベーションを与えたいんです」
日本人はクリエイティブか?
日本人では、北野武、オノ・ヨーコ、ファッションデザイナーの山本耀司、写真家の荒木経惟が監督の質問に答えている。日本にはこのように世界的に評価される非常にクリエイティブな人もいる一方で、社会が均質性を求めがちな特徴もあるが…。
「日本に限らずどこでもそうです。あらゆる国々で没個性が広がっていますよ。いま話した『私たちはなぜクリエイティブでないのか?』というのはまさにそこに焦点を当てています。現代の教育が、創造性を殺しているのです。親や教師は、創造する力を育てるために、あらゆることをすべきです。教育をもっと柔軟に、生き生きと、新鮮なアイディアに満ちたものにしなければなりません。子どもたちを羊の群れにしてはいけないのです」
今回の映画に選ばれた107人は、アートや音楽に詳しい人なら誰もが知る有名アーティストばかりだが、一般にはそこまで広く知られていない人物も多く、その人選には監督のこだわりが感じられる。
「これはキュレーションにも似て、結局のところは主体的な選択です。だって創造性とは主体的なものでしょう? それでも結果として、なぜクリエイティブかという答えは千差万別でした。ただ、私が選んだ人々の姿勢に共通のものが1つある。それは『私は私であって、人と違うことを恐れない』、これに尽きると思います」
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手=渡邊 玲子
文・構成=松本 卓也
作品情報
- 監督・製作:ハーマン・ヴァスケ
- 出演:デヴィッド・ボウイ、クエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュ、ミヒャエル・ハネケ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ペドロ・アルモドバル、ダルデンヌ兄弟、デヴィッド・リンチ、スパイク・リー、サミュエル・L・ジャクソン、ウィレム・デフォー、ジャンヌ・モロー、イザベル・ユペール、アンジェリーナ・ジョリー、ウンベルト・エーコ、フランク・ゲーリー、スティーヴン・ホーキング、ネルソン・マンデラ、ヤセル・アラファト、ミハイル・ゴルバチョフ、ジョージ・ブッシュ、ブライアン・イーノ、ニック・ケイヴ、マリリン・マンソン、ビョーク、ボノ、ペレ、デヴィッド・ホックニー、ジュリアン・シュナーベル、ジェフ・クーンズ、オノ・ヨーコ、北野 武、山本 耀司、荒木 経惟、プッシー・ライオット、他
- 音楽:テオ・テアルド、ブリクサ・バーゲルト
- 配給:アルバトロス・フィルム
- 製作年:2018年
- 製作国:ドイツ
- 公式サイト:http://tensai-atama.com/
- 新宿武蔵野館ほか公開中、全国順次ロードショー!