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是枝裕和監督、フランス二大女優出演の最新作『真実』について語る:日本語版吹替は宮本信子と宮﨑あおい

Cinema

是枝裕和監督の最新作『真実』は、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュというフランス二大女優が共演し、全編フランスで撮影した意欲作。監督初の外国語作品ということで、異例の日本語吹替版同時公開(10月11日)も実現した。ドヌーヴとビノシュの声をそれぞれ担当した二人の日本人女優は、この映画をどう見たのか、監督とともに話を聞いた。

映画『真実』の誕生まで

最新作の『真実』がベネチア国際映画祭のオープニングを飾るという、これまで日本人監督が誰も成し得なかった快挙をやってのけた是枝裕和監督。世界的に有名な俳優陣を起用し、フランスで撮影するという野心的な計画は、どうやって生まれ、どのように実現していったのだろう。

©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
映画『真実』 ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

まず発端は2011年2月、かねて交流のあったジュリエット・ビノシュが来日した際、長い時間を共に過ごし、一緒に映画を作ろうと誓い合ったこと。そのとき、日本での撮影を想定していたビノシュの期待を裏切るかのように、監督の頭には「どうせ撮るのであれば、フランスのキャストとスタッフで、フランスで撮影したい」という強い思いが湧いたという。その後2015年秋に、監督がフランスから帰国する機内で、具体的なアイディアを思いついた。

老いた大女優が嘘だらけの自伝を出版する話で、その書名を映画のタイトルにする案が浮かぶ。そこには「真実」の二字も含まれており、すでにカトリーヌ・ドヌーヴを主役に、娘役にビノシュ、その夫役に米国人俳優のイーサン・ホークを配するところまで頭にあったというから、すべてはここを起点に動き出したと言っていい。

そこからは、構想の実現に向け、ビノシュ、次いでドヌーヴとコンタクトを取りながら、並行して物語をふくらませていく。主人公の人物像は、監督によるドヌーヴへの直接取材をヒントに肉付けしていった。あらかじめ打診しておいたホークには、『万引き家族』がパルムドールを受賞した直後、カンヌから直接ニューヨークに飛んで出演交渉したというから効果は絶大だったろう。

それ以外のキャストは、オーディションで決めていった。スタッフとキャストが固まってくる中、この映画にとってとりわけ重要なポイントがメインの撮影現場となる家だ。紆余曲折の末、高架区間を走るメトロが見える邸宅、パリ市内では珍しい庭付きという、大女優の住まいにふさわしい奇跡のロケーションが見つかった。その空間特有の味付けが脚本にも反映されたエピソードを監督が振り返る。

是枝裕和監督
是枝裕和監督

是枝 台本を書いてから、あの家に夜1人で泊まったんです。もし人に見られたら、ちょっとおかしな感じですけど、自分でセリフを言いながら歩き回ってみる。そうしたら、思った以上に広いんだよね、空間が。リビングから移動するときとか、台所から裏口に行く間に、このセリフじゃ足りないやとなって。そこでセリフを空間にアジャストしていく作業をしました。でも結果的にフランス語になると、またちょっと尺(長さ)が変わってくるから、微調整が必要になる。そこがすごく大事なので、時間をかけたところですね。一番面白かったし、難しかった。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
初の共演で娘と母を演じたジュリエット・ビノシュ(左)とカトリーヌ・ドヌーヴ photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

このようにして、是枝監督念願の、フランスを舞台に、フランス人のキャストとスタッフで撮るお膳立てが整っていった。セリフもホークが関わる英語の部分を除いてすべてフランス語。それでもフランス映画にない要素といったら何か。それは脚本と監督が是枝裕和であることに尽きる。ドヌーヴとビノシュの共演という、それまでフランス人すらしなかった挑戦も含めてだ。しかし監督自身は、ことさらこれまでとの違いを意識せずに現場に入り込んだ。

是枝 あまり自分の色を出すっていう意識はなかった。出るものは出るだろうし、消えるものは消えるだろうと思っていました。フランス映画にしなくちゃっていう意識も当然ありませんし。それは日本で撮るとき、「日本映画にしなくちゃ」なんて思わないのと同じです。僕が意識したのは、日本の撮影現場で考えているのと同じことをちゃんとやろうと、そこまでですね。素晴らしい役者たちの魅力を、どういう風にアンサンブルを作って引き出していくか。あの家の魅力をどう生かすか。それだけでした。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
イーサン・ホーク(右から2人目)演じるハンクとその娘シャルロット役のクレモンティーヌ・グルニエ(右端) photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

『真実』の物語は、半世紀のフランス映画史と歩みを共にしてきた国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、自伝を出版することになり、そのお祝いにニューヨークから娘一家がパリへと駆けつけるところから始まる。娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)はアメリカで脚本家として活躍し、その夫ハンク(イーサン・ホーク)はテレビドラマに出演する俳優。ハンクも娘のシャルロットもファビエンヌを訪ねるのは初めてだ。久々に会う母娘は、自伝に書かれた「嘘」をめぐり、昔からの葛藤を再燃させてゆく。母は新作の撮影を控えていて、かつてライバルだった女優サラの再来と呼ばれる新進女優マノン(マノン・クラヴェル)との共演に頭を悩ませる。サラはファビエンヌの親友でもあり、リュミールも慕っていたが、若くして不幸な死を遂げていた——。

『真実』のジャパンプレミアで来日したカトリーヌ・ドヌーヴ(中央)とジュリエット・ビノシュ(左から2人目)が舞台挨拶。宮﨑あおい(左端)、宮本信子(左から3人目)、佐々木みゆ(右から3人目)の日本語吹き替えキャスト陣と是枝裕和監督(右端)が迎える(10月3日、東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズ。撮影=渡邊玲子)
『真実』のジャパンプレミアで来日したカトリーヌ・ドヌーヴ(中央)とジュリエット・ビノシュ(左から2人目)が舞台挨拶。宮﨑あおい(左端)、宮本信子(左から3人目)、佐々木みゆ(右から2人目)の日本語吹替キャスト陣と是枝裕和監督(右端)が迎える(10月3日、東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズ。撮影=渡邊玲子)

ドヌーヴ演じる「大女優」の強烈な個性

リアリティ豊かな会話で精緻に描かれた人間ドラマの中で、圧巻なのはやはりドヌーヴ演じるファビエンヌだ。演技にすべてを懸け、周囲の人々の気持ちは二の次、歯に衣着せぬ物言いで、好き勝手にふるまう、まさに絵に描いたような大女優。しかしその言動にはとぼけたユーモアがあり、どことなく憎めない。ここからはそんなファビエンヌを中心に「女優」というテーマをめぐって、日本語版の吹き替えをした宮本信子(ファビエンヌ役)と宮﨑あおい(リュミール役)を交え、話を聞いてみよう。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
冒頭インタビュー・シーンのファビエンヌ photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

——映画の冒頭に、自伝を出版するファビエンヌにジャーナリストが質問する場面が登場します。すぐに大女優の風格が観客に伝わるシーンですが、監督がドヌーヴ本人にしたインタビューはどのくらい生かされていますか?

是枝 ファビエンヌが「自分のDNAを受け継ぐ役者はいますか?」と訊かれ、「フランスにはいないわね」と答えますが、ここは僕がドヌーヴにしたインタビューからそのまま脚本に使わせてもらったところです。ちなみにそのとき、「では外国だったら?」と訊いたのですが、「ケイト・ウィンスレットとナオミ・ワッツ」と答えたんですよ。

宮﨑 そこで実名が出せるってすごいですね。私はもちろん立場が全然違うので、考えたこともないですけど。

是枝 自分が唯一無二の存在として、60年近くフランス映画の中心を歩いてきたっていう自負があるから、彼女には。それはやっぱりドヌーヴにしか言えない言葉かなと思って。

——ファビエンヌのように「女優として優れていれば、母や友人としてひどくてもいい」という考えをどう思いますか?

宮本 そういう人がいてもいいんじゃないかと思います。理解もできますし。私は違いますけれど(笑)。普段はなるべく地味にしていたいと思っているので。私は女優である前に、やっぱり人としてしっかり生きたいわね。その上で好きな仕事を一生懸命したいの。

『真実』日本語吹き替え版のファビエンヌ役(カトリーヌ・ドヌーヴ)を担当した宮本信子
『真実』日本語吹替版のファビエンヌ役(カトリーヌ・ドヌーヴ)を担当した宮本信子

宮﨑 今まで出会ったことがない、日本にはあまりいらっしゃらないタイプの方で…。

宮本 いないわよね。

是枝 いたら大変だよね(笑)。

宮本 あれだけの人がいたら大変です。でも映画にとってはあれくらいの個性がないとつまらなかったでしょうし。あんなに人を振り回せたら、いいわねえ(笑)、できないけれど。娘や周りの人には、本当にご苦労様としか言いようがないですね(笑)。

フランス人キャストならではの演出

——娘役を吹き替えた宮﨑さんから見て、辛らつな言葉を言い合う母娘をどう思いましたか?

宮﨑 国の違いがあるのかもしれないですけど…、日本だとあそこまでストレートに言わないですよね。こういう親子関係を経験したことがないですし、周りにも見ないので、こんな人たちもいるのかという新鮮な驚きがありました。

『真実』日本語吹き替え版のリュミール役(ジュリエット・ビノシュ)を担当した宮﨑あおい
『真実』日本語吹替版のリュミール役(ジュリエット・ビノシュ)を担当した宮﨑あおい

——やはり物語にも、フランス人ならではの展開が組み込まれていったのでしょうか?

是枝 スタッフやキャストと話し合いながら、フランス人ならこうだ、というのがあれば、取り入れていったところはあります。奥さんの実家に里帰りした日の夜に、夫婦でベッドを共にするとか…。日本だと遠慮するじゃないですか。でもスタッフに聞いたら、「いや、普通にするなあ」みたいな感じだったので、そういうシーンにしてみたり。お母さんが娘に「ゆうべは何回したの?」とか、日本なら書かないけど、フランスならありかなあとか。

——かつてファビエンヌのライバルだった女優の再来と呼ばれて登場したマノン役の若手女優、マノン・クラヴェルについてどう思いましたか?

宮本 声が素晴らしいと思いました。この声は絶対忘れないっていうぐらいでした。

是枝 オーディションで会って、声を聞いて、この人だなと一発で決まりました。役名も本人のマノンに変えたし、ハスキーボイスっていうのも、彼女に合わせて作った設定です。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
マノン・クラヴェル演じるマノン photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

宮本 それぐらいインパクトが強い。そうじゃないと、ファビエンヌがあそこまで気にしませんよね。あの先輩女優の気持ちは私にも分かりますもの。

是枝 キャスティングをするときは、声が一番大事ですね。できれば直接会って話をした声で、脚本を書きたいんですよね。その声で書けるかどうかで決まるんです。今回も、子役以外は全員そろってもらって、台本の読み合わせをしました。言葉の意味は分からなくても、響きとかにじみ具合とか、それぞれが持っているリズムが大事ですから。3世代の女性4人の声がどう響くか、ちゃんとつかんでおく必要がありました。

——今回、吹き替えをしてみていかがでしたか?

宮﨑 是枝監督の映画は大好きなので、どんな形でも関われるのはうれしいです。出来上がった作品を観たら、画面に映っているのはビノシュさんなのに声は自分…、本当に初めての感覚で、頭が混乱して…、でも面白い体験ができました。普段は外国映画を字幕で観ることが多いんですけど、日本語吹替になることで、字幕を追うときとは違う体験ができますね。もっといろいろなものがダイレクトに耳からきちんと入ってくるし、目で表情だけを見ていられるのも面白いなあと思いました。

宮本 私も普段、映画は俳優の声を聞きたいので字幕で観ていますが、そんな私が吹き替えをして、大丈夫かしら? と思ったりもしましたけれど(笑)。出来上がった作品に声を吹き込むっていうことは、楽しむというよりは、すごく責任を感じましたね。ファビエンヌは、ドヌーヴさんの表情で、声は私。とても面白いですよね。女優として気持ちもよく分かるし、セリフもすごく共感できました。監督、よくぞ書いてくれました!って。

是枝 宮本さんと宮﨑さんがしゃべっているセリフは、フランス語に訳す前の、自分が最初に書いた脚本に近いんです。フランス語は、文法的に日本語よりもかっちりしているし、日本語字幕になったときには省略も多いですから。本来のセリフとはちょっと違ってくるんですよ。

『真実』撮影現場の是枝監督 photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
『真実』撮影現場の是枝監督 photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

——今回、ドヌーヴとビノシュという世界的な大女優の演出をして、何を一番強く感じましたか?

是枝 いろんな人がいて、本当にみんな違うから、その傾向を掴む作業なんだよなあと。ビノシュは100点でも満足しない。自分の中で120点のやり切った感がないと帰らなくて、OKを出しても「もう1回!」って絶対言ってくるんですよ。だからいいのが撮れたと思っても、1つ多めにやらせてあげるんです(笑)。ドヌーヴさんは早く帰る。「今のがベストだから、もうこれ以上やってもよくならない」って、僕より先にジャッジしちゃう。でもそれがすごく正しい(笑)。だから僕の役割は、そこのバランスをうまくとる、交通整理みたいな仕事です。でも僕が介入するより、イーサン・ホークがそこにいるだけで、やり取りが柔らかくなる。彼には助けてもらいました! あとは、子役がいれば何とかなっちゃう。

宮本 可愛かったわねー。

宮﨑 可愛いかったですねー!(笑)

インタビュー撮影=長坂 芳樹
聞き手=渡邊 玲子
文・構成=松本 卓也

©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

作品情報

  • 原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 
  • 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ『シェルブールの雨傘』/ジュリエット・ビノシュ『ポンヌフの恋人』/イーサン・ホーク『6才のボクが、大人になるまで。』/リュディヴィーヌ・サニエ『8人の女たち』
  • 撮影:エリック・ゴーティエ『クリスマス・ストーリー』『夏時間の庭』『モーターサイクル・ダイアリーズ』
  • 配給:ギャガ
  • 製作年:2019年
  • 製作国:フランス・日本
  • 公式サイト:gaga.ne.jp/shinjitsu/
  • 10月11日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

予告編

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