映画『みとりし』:看取り士・柴田久美子「誰もが幸せな最期を迎えられる社会に」
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2020年を迎えると同時に、団塊の世代すべてが70歳代になる。高齢化社会から多死社会へと移行していくのは時間の問題だ。誰にも訪れる死が、これまで以上に「身近」になる時代にありながら、私たちはどこまで死と向き合っているだろうか。そんなことを改めて考えさせてくれる映画が『みとりし』(白羽弥仁監督、榎木孝明主演)だ。
多くの人々にとって、「看取り士」という響き自体が耳慣れないだろう。これは映画の原案となった『私は、看取り士。』の著者、柴田久美子さんから生まれた言葉であり、概念である。社団法人「日本看取り士会」を創設し、「看取り」の考え方やメソッドを1つの体系にまとめ、誰もが学べる講座の形にして資格を与え、職業として確立した。現在は全国11カ所にある「みとりステーション」で600人ほどが看取り士として働く。
あの世へ旅立つ人を見送る職業と聞くと、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(2008年、滝田洋二郎監督)に登場する「納棺師」を思い起こす人があるだろう。しかしこれは人が亡くなった後、火葬するまでの間を担当する仕事だ。一方、看取り士は、余命宣告を受けた人とその家族に対して、相談から始まり、息を引き取る瞬間と、その後の時間に寄り添うためのケアを務めとする。
柴田さんは、自身が確立した看取りについてこう語る。
「これまでの看取るという考え方と大きく異なるのは、ご臨終の瞬間に終わるのではなく、冷たくなるまで触れ合ってお別れすること。私はこれまで200人くらいでしょうか、亡くなる人を抱きかかえてきましたが、そこで感じ取るのは、体の熱なんです。その温もりが残っている時間というのは、神様が与えてくれたギフトだと思っています。愛する人とさよならするとき、当然離れたくないじゃないですか。でもやがて遺体は焼かれてしまう。その前にゆっくりお別れの時間を一緒に過ごしていただくということなんです」
柴田さんは02年にNPO法人「なごみの里」を開設して以来、その10年後の「日本看取り士会」設立を経て、看取り一筋に長い年月を捧げてきた。ここで柴田さんの半生を足早に振り返ってみたい。社会人としての意外なスタートと、その後の壮絶な闘いに驚くに違いない。
介護をして変わった「時間」と「呼吸」
柴田さんの旧姓は大国といい、その名が示す通り島根県出雲の出身だ。出雲大社の氏子で、先祖代々、農業を営む格式の高い家だった。そういう土地柄もあって、名前の久美子には「来る巫女(みこ)」という音が含まれていて、巫女の天命を負って生まれてきたと父に言われて育った。
「幼い頃から、見えない世界、今で言うスピリチュアルな世界というのは、私にとっては普通だったんです。ですから『見える世界』の方がむしろ私には新しく感じられた。都会に出たいとか、海外に行きたいとか、ありふれた夢を持っていました。出雲の生活があまり好きではなかったんですね。窮屈さを感じて、とにかく出ていきたいと思っていました」
高校卒業後、故郷を出て大阪のビジネス専門学校の秘書科に入り、就職したのが当時飛ぶ鳥を落とす勢いの日本マクドナルド。カリスマ創業者と呼ばれた藤田田のベストセラー『ユダヤの商法』を読み、本人に一度会ってみたいと思ったのが応募の動機だった。応募資格は大卒以上だったが、なぜか書類選考を通った。
「社長が島根の松江高校出身なので、出雲出身というのが気になったのかも知れません。社長面接まで行って、ケラケラ笑いながらとっても楽しくお話しできました。会うのが目的だったので、もうそれで満足だったんですけど、『面白いから』と採用されてしまって」
20歳そこそこで社長秘書になったが、トップの指示を店舗の責任者に伝える役目が「自分ながら偉そうで」辛くなったという。1年ほどで店舗へと配置を換えてもらうも、そこからが「地獄の始まり」だったと振り返る。男性中心の現場で受ける厳しい扱いを、負けん気で跳ね返して実績を積んでいくのだが、妻と母の役目を果たしながらのそれは容易ではなかった。
「当時は今よりももっと、働くお母さんに対して世間の理解がありませんでした。家政婦さんに家事を任せて仕事をしていると、誰かに言われるわけではないのに、悪い母、悪い主婦なんじゃないか、と自分で責めてしまう。それでお酒にも逃げましたし、おそらくうつ状態だったのでしょう。仕事が忙し過ぎて、そこから抜け出す選択肢が考えられなくなっていたんですね。主婦として負い目があるから、夫にも相談できなくて。眠れなくなって睡眠剤を処方してもらっていたのですが、ある日、それを大量に飲んでしまったのです…」
この出来事をきっかけに、柴田さんは仕事と家庭を失った。数年後に介護施設に職を見つけ、目からうろこが落ちるような体験をする。勤務の初日、慣れない手つきで高齢者の車いすを押していたときのことだった。
「ありがとうって言われたんです。まだ下手で、お金を頂いている上に、笑顔で感謝してもらえるなんて!と衝撃を受けました。以前の仕事では100円のハンバーガーにスマイルを添えてありがとうございます、って言っていた側ですから(笑)。こんな素敵なお仕事があるんだと、その夜は大号泣しました。幸齢者(柴田さんが高齢者を呼ぶときの用字)さんに接するのは、時間がとてもゆっくりなんです。私はそれまで、『3分お待ち下さい』とお客様に頭を下げる、スピード重視の世界にいたのに!時間をかけて介護をさせて頂くことで、深い呼吸ができるようになって、心が穏やかになりました」
看取りの現場で体感したこと
高齢者介護の道に入った当初から、関心の中心にあったのは看取りだ。それは父の最期を看取ったときの清らかな空気感を再び体験したいという思いからだった。しかし、本人が施設での最期を希望していても、容体が悪化すると、誰もが病院に運ばれて行き、死を迎える。その最期に切なさを感じた。ならばいっそのこと、病院のない所へ行ってやれ、と離島に「看取りの家」を開いたのだった。以来、社団法人として組織を固め、全国にネットワークを広げている現在も、時間が許す限りは看取りの現場に立ち会い続ける。
柴田さんはその場面について、「旅立つ人がそれまで生きてきたエネルギーのすべてを渡し、見送る人たちが受け取る荘厳な場」と考える。それは、長年の体験から柴田さんが理解し、看取りの現場に投影してきたことだ。冒頭に引いた「体の熱」についてもう一度聞いてみよう。
「人によっては、数時間で冷たくなる方もいますが、長ければ2日くらい温かい人もいます。本当に熱いんです!その熱量を実際に感じ取って、なぜなんだろうと仮説を立ててきましたが、やはりエネルギー以外に考えられないなと。宗教っぽく聞こえてしまうかも知れませんが(笑)、人間は体と魂を頂いて生まれてきます。その魂に少しずつエネルギーを蓄えながら生きていって、やがて最期を迎える。そのとき体は朽ちても、魂のエネルギーは残ると考えます。そのエネルギーというバトンを、旅立つ人から周りの人々に渡されるのをお手伝いする仕事だと思っています」
死について考えれば、宗教のような響きを帯びてくるのはある意味で避けがたい。柴田さんは、さまざまな考えから学びながら、独自の死生観を形成してきたが、やはり看取り士としての活動を通じて、体験として得てきたものが大きい。昔からよく耳にする「お迎え」もその一つだ。
「私が看取ってきた方々の誰もがおっしゃることなので、お迎えが来ているな、というのが分かります。お迎えが来なければ旅立てないと思っています。すでに亡くなった親や祖父母がお迎えに来て、あちらの世界に行ったり戻ったりしながら、旅立ちの練習をするんですね。旅先案内をその人たちがしてくれて、それを何度かするうちに恐怖も消えていくのです。せん妄だとおっしゃるお医者さんもいますが、私は実際にその場面に接して確信しています。少なくともそう考える方が幸せじゃないですか。誰にでも一生に一度必ず訪れることですから、怖いと思うより、安らぎの世界に行くと思う方がいいに決まっていますよね。怖いというのは未知の恐怖だと思うんですよ。それを穏やかにしてくれるのがお迎え現象なんです」
宗教を越えて、愛の実践者として柴田さんの尊敬する人物がマザー・テレサ。今から28年前、彼女に誓った夢があるという。それは、「すべての人が最期に愛されていると感じながら旅立てる社会をつくること」。それはマザー・テレサが果たせなかった夢を現代の日本で引き継ぐ意志につながっている。
「昔は病院での死よりも、家族に囲まれて自宅で迎える最期の方が普通でした。そんな風に幸せな最期を迎えられる社会にしたいのです。そういう最期のイメージがあれば、そこに向かうその人の生き方や、生きている間の家族の関係も変わってくるはずです。今、子どもに迷惑をかけたくないとおっしゃる幸齢者の方々がとても多い。でも、命のバトンを、エネルギーを渡すのですから、わがままでいいと思うんですね。そんなわがままを許せる、優しい社会にできればいいなと思います」
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
作品情報
- 監督・脚本:白羽 弥仁
- 原案:柴田 久美子(『私は、看取り士。』 2018年、佼成出版社刊)
- 企画:柴田 久美子、榎木 孝明、嶋田 豪
- 出演:榎木 孝明、村上 穂乃佳
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:110分
- 公式サイト:http://is-field.com/mitori-movie/
- 9月13日(金)より有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー!