大森立嗣監督インタビュー:『タロウのバカ』で変えた自分、変わらず残った思い
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映画『タロウのバカ』は大森立嗣監督の長編11本目となる作品。茶道教室を舞台にした前々作『日日是好日』(2018年)は幅広い層に支持されてヒットを記録したが、最新作はそれとは対照的と言っていい、荒々しい衝動を抱えた少年たちの明日なき彷徨の物語だ。
主人公のタロウは戸籍がなく、本当の名前も実際の年齢も定かでない思春期の少年。母親と二人きりで暮らすが、ネグレクト(育児放棄)の状態に置かれ、学校に通ったことはない。河原をぶらぶらし、建築中の他人の家を基地にして、高校生の友達2人とつるみ、盗みや半グレの襲撃といった危険な遊びにはまり込んでいく。
脚本は大森監督自ら執筆したオリジナル。それもデビュー作『ゲルマニウムの夜』(2005年、原作・花村萬月)より以前の、20代前半に「生まれて初めて」書いたシナリオだ。
「原型は1995年より前からあったと思います。その後20数年の間、絶えずこの映画が撮れるかな、と繰り返し自問してきたんです。いつかは映画化しようとずっと思える自分がいた、そこは不思議な感じがしますね。阪神大震災やオウム(地下鉄サリン事件)があり、9.11(米同時多発テロ)、3.11(東日本大震災)と大きな出来事があっても、その思いが自分の中で変わることはなかったんです」
障害者を表に出して世に問うもの
当初の脚本にほとんど手を加えていないが、最初のシーンは時代に合わせて書き換えたという。元は「中国の不法移民が集まる場所」だった設定を、闇の障害者施設にした。半グレ集団が家族から金を取って引き受けた障害者を詰め込む、支援とは名ばかりの悪質施設だ。
「時代性を考えて、後期高齢者の介護施設にしようかとも思ったんです。老人の扱いとか社会保障という今の日本が抱える社会問題。そしてそれを越えた哲学的な、死という問題。これを扱わないといけないなという意識はありました。でも現実には、高齢者に撮影の許可をもらうのが難しかったんです」
その結果、障害者の施設や団体に依頼して、本人と家族から理解と承諾を得られた人たちの出演が決まり、重度障害者たちが登場する冒頭シーンが実現した。この場面に衝撃を受ける観客もいるだろう。
「障害のある人たちを使いたいと言ったら、製作側にびっくりされたんですけど、自分ではなぜびっくりするのか、いまひとつ分からなくて。それって単なる自主規制なんですよね。彼ら彼女らを表に出すことを、なんとなくいけないことのように感じて、勝手な忖度をしている。映画的なインパクトを多少狙っていることは認めますけど、別に何も悪いことをしているわけじゃないですよね。元々、俳優というのは異形の存在であるわけだから、ある種の見世物であることは避けられない。観客がびっくりしてくれるのはいいんですが、びっくりしている自分の心を振り返ってみたほうがいいんじゃないかな。そういう意味での考えるきっかけになればいいと思います」
物語には、ダウン症のカップルも重要な役として登場する。これは当時書いたシナリオのままだ。ダウン症の人々を対象とするエンターテインメントスクール「ラブジャンクス」のメンバーからキャスティングした。
「二人は主人公のタロウと同じような存在。同じように河原にいて、『好きって何?』という素朴な問いかけをしている。世の中で社会的な役割を与えられてなくて、経済的な合理性とか生産性とは別のところにいる存在だけど、人間として生きている。そういう人たちを、僕らはどのように見ることができるのかという思いがありました。藍子ちゃんと出会ってから、彼女が歌を歌っていることを知ったんです。彼女の歌が映画の中で祈りのような役割を果たしてほしいと願って、後から脚本に取り入れました」
無垢の原石を輝かせる極意
物語の中心は、菅田将暉と仲野太賀が演じる二人の高校生、そしてタロウだ。タロウ役は300人以上のオーディションをしても見つからず、インスタグラマーとして一部で話題になっていたYOSHIにたどり着いた(リンク:『タロウのバカ』主演のYOSHI、新時代アンチヒーローの予感)。
「写真を見て会いたいと思って、実際に会ってみたら、礼儀が全然ちゃんとしていない(笑)。子役をやっている子たちのように『社会化』されていないんですよ。自分の思ったことをパーンと言う。でも頭がいいな、よく分かっているな、と思ったのは、自分の感じたことが大切だというのを意識的に理解している。それとタテ社会への反発が彼なりにしっかりあって、この映画にぴったりだったんです」
そんな奔放な野生児で、しかも演技未経験の15歳をどうやって撮影というプロの作業に組み入れていったのか。その秘策は、キャストの俳優を一人付けて、劇中でタロウが母親と暮らす一室のロケセットに一緒に住まわせること。近年の大森組常連で、半グレ役の荒巻全紀に白羽の矢を立てた。
「YOSHIくんは当時まだ事務所にも入ってなくて、マネージャーもいなかったので、まず何より撮影に来なかったらヤバイなあって(笑)。だから絶対、朝起こして連れてきてくれる人が必要だなと。俳優に住み込んでもらって、YOSHIくんの身の回りの世話と、セリフの練習をやってもらった。YOSHIくんには最初から、セリフは全部覚えてくれって言ってありましたから。あとは現場に来たら、自分が何を感じるかが一番大事だよと言い続けていました」
YOSHIを起用したことで、撮影の方法も現場の空気もこれまでとはかなり違ったものになったという。
「とにかく主役のYOSHIくんが生き生きするために、スタッフがどういう現場を作るかっていうのを第一に考えましたね。俺たちの映画作りはこうだと気合を入れたってうまく行かない。彼の存在を生かすためには、映画の現場特有の封建的な、効率重視の厳しい世界、そういう空気を出さないようにしました。ほんとに遊んでいるような撮影の現場になるんですけど、この映画はそのほうがいい作品になるんだと思って、自分を変えていった。カメラも、3人の無軌道な少年たちを撮るわけですから、立ち位置決めて、フレーム決めてから俳優を入れるんじゃなくて、俳優がいるところがフレームになるんだっていうくらいの気持ちでやってもらいましたね」
テーマって何?
ほぼ四半世紀に渡って温め続けた作品だけに、今回は「やりたい」という気持ちが特に強かったという大森監督。過去の長編10本のうち、自身のオリジナル脚本は2本。そのほかは小説を原作とする作品が5本、あとは漫画とエッセイ(『日日是好日』)だ。ジャンルや作風の異なるものに取り組みながら、何か共通して求めるものはあるのだろうか。
「原作物だったら、一読したときの印象で面白いと思ったものをやろうとしているだけです。自分のいる世界の外側に向かう力があるものに対して、素直に反応するんですよ。オリジナルだとそれがはっきり出てくる。原作物だとオブラートに包まれていながら、そういう匂いのするものに引かれている。僕の中では、茶室もその一つでした。究極はやはり、死という、絶対に分からないもの。自分自身が想像もつかないものに向かってみたいというのはあります。新しいものに出会って、自分を試して、自分も外側に一歩出てみようと。あとは人との出会いやタイミングが作品を決めますね」
作品に込めたテーマについてよく問われるが、その安易な問い方には反発を感じるようだ。
「明確なテーマがあるわけじゃないし、あるべきとも思わない。テーマを追いかけるのではなくて、このキャラクターたちを自然に追いかけたいんですよ。学校に行っていないとか、ピストルを偶然手に入れてしまうとか、物語の要素として出てきますが、それはテーマじゃない。具体的にどういうテーマを打ち出したいとか、どういうテーマにたどりつきたいとか、そういう風に映画作りをしてはいないんです。名前のない、学校にも行っていないタロウ。そういう1人の人間をどのように見つめ、どう向かい合うのか。でも、こういうことを強いメッセージとして言いたい、というわけではないんですよ」
言葉にならないものを、努めて言葉にして伝えようとインタビューに臨んでくれた大森立嗣監督。彼が『タロウのバカ』に注ぎ込んだものは、スクリーンを通して全身で体感するしかない。
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
作品情報
- 監督・脚本・編集:大森 立嗣
- 出演:YOSHI、菅田 将暉、仲野 太賀、奥野 瑛太、豊田 エリー、植田 紗々、國村 隼
- 音楽:大友 良英
- プロデューサー:近藤 貴彦
- 撮影:辻 智彦
- 製作:「タロウのバカ」製作委員会
- 製作プロダクション:ハーベストフィルム
- 配給:東京テアトル
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:119分
- 公式サイト:http://www.taro-baka.jp/
- 9月6日(金)、テアトル新宿ほか全国ロードショー