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『タロウのバカ』主演のYOSHI、新時代アンチヒーローの予感

Cinema

松本 卓也(ニッポンドットコム) 【Profile】

映画『タロウのバカ』で主演を務めるYOSHIは、これまで演技未経験の新人。その無垢の輝きを見れば、偶然に発掘された原石に秘められた無限の可能性を感じずにはいられない。新しい時代を席巻するアンチヒーローとなるか、怖れを知らない16歳が語る「今の自分」をここに収録。

YOSHI YOSHI

2003年2月、広島県で香港人の父と日本人の母の間に生まれ、3歳から東京に暮らす。13歳からオフ・ホワイト、ヘルムート・ラング、エックスガール、ナイキなどのモデルを務める。18年、「フォーブスジャパン」誌より、国内外で活躍する30歳未満のイノベーター30人(「30 UNDER 30 JAPAN」)に、ボクシングの井上尚弥、陸上短距離のサニブラウンらとともに選出。19年5月、ファーストアルバム『SEX IS LIFE』(ユニーバーサルミュージック/Virgin Music)をリリース。同年9月、大森立嗣監督『タロウのバカ』で俳優デビュー。

映画『タロウのバカ』は、戸籍がなく、学校に一度も通ったことがない少年が主人公。日本で戸籍がなければ名前は通称に過ぎない。かつては「名無し」といえば「権兵衛」だったが、現代なら「タロウ」と呼ぶほうがしっくりくる...。そんな少年が高校生の仲間2人と根無し草のように明日なき日々を生きる物語だ。

戦後の復興から高度経済成長を経て、安定と成熟の時代に入って久しいはずの日本社会にも、無戸籍状態の人々がいる。子どもを出産した母親が何らかの理由で出生届を出さなかった場合、その子どもは無戸籍者になる。その数は、法務省が把握している数字で700人超(2017年11月発表)、それどころか水面下に1万人以上いるという専門家の推計もある。

だから、この物語の設定がリアリティーを欠くことはない。しかし、どこかにはいるが、どこにでもいるわけではない、そんなタロウ役にふさわしい少年が現代日本に見つかるだろうか。自身のオリジナル脚本を映像化するにあたって、大森立嗣監督の最初の不安はそこにあったはずだ。何人もの若い俳優に会っても納得しなかった監督が、あるとき目を付けたのが演技未経験のYOSHIだ。撮影当時は15歳だった。

映画『タロウのバカ』で菅田将暉(左)、仲野大賀(右)と共演 ©2019「タロウのバカ」製作委員会
映画『タロウのバカ』で菅田将暉(左)、仲野太賀(右)と共演するYOSHI(中央)©2019「タロウのバカ」製作委員会

「学校は…僕も嫌いなんですよね。同級生とは話が合わなくて、あんまりなじめなかった。僕は本能のままに動くタイプなんで、やっても意味が感じられないものは、嫌いだなって思っちゃう。それで気がついたら大人たちとつるむようになってた。服に興味があったんで、ファッションを通じて知り合ったんです」

年上の友人たちの影響で、インスタグラムを始め、ファッション系のパーティーに足を運ぶようになったYOSHI。現在の活動につながる決定的な出来事は2016年、13歳のときに訪れた。東京に進出したストリートファッションブランド「オフ・ホワイト」のオープニングパーティーに出かけ、同ブランドの人気アイテム「インダストリアルベルト」を首に巻いて登場したところ、デザインした本人であるヴァージル・アブローに気に入られたのだった。いまやルイ・ヴィトンのメンズ部門アート・ディレクターを務めるほど、ファッション界に強大な影響力を持つヴァージルとの2ショットは、インスタグラムを通じてたちまち世界を駆け巡り、数百万人の目に触れた。

ヴァージル・アブローとYOSHI(画像提供:STARBASE)
インスタグラムにアップされたヴァージル・アブローとYOSHIの2ショット(画像提供:STARBASE)

「この子、誰?って感じでインタビューを受けたり、写真を撮られたりして、気が付いたらポコッとファッション業界に入ってたんです。当時はただファッションが好きな男の子、みたいな感じで取り上げられてた。単なる注目の的で、別にモデルでもない、何も定まっていない存在だったんですね。自分でも、誰でもないと思ってましたし。この先どうなるかなんてまったく分からなかった。でも、ここが僕の居場所だなって感じられたし、有名になりたいなって思ったんです」

その後は、有名ブランドの撮影やショーの仕事を数々こなすモデルとしてだけでなく、アートやファッションデザインにも活動を広げていく。2019年に入ると、初のアルバムをリリースして音楽活動を開始、ジャケットのアートワークも自身で手掛けた。

『タロウのバカ』の撮影から1年近くが経ち、ひと回り成長した16歳のYOSHI
『タロウのバカ』の撮影から1年近くが経ち、ひと回り成長した16歳のYOSHI

—去年から今年にかけて、映画や音楽といろいろ本格的に動き出しましたね。

「音楽は、友達のミュージックビデオの撮影現場に行って、DJブースの横で歌っていたら、歌うまいじゃんとプロデューサーから声をかけられて、話が進んじゃった。全部タイミングなんですよ。なんか僕の人生って奇跡が多くて」

—映画の撮影はどうでしたか?

「俳優として初めての体験だったので、1カット目に入るまではちょっと緊張しました。この1発目ができなかったら、この先1カ月、僕はどうなっちゃうんだろうみたいな思いがあって。で、やってみた結果、なんだ全然平気じゃん、となって。共演者とか、撮影スタッフとか3、40人がいるわけじゃないですか。それが1つになるんですよ。そう感じられてから自分でも楽になれました。あとはスムーズにできて、ビュンビュン突き進んでいけました(笑)」

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ニッポンドットコム海外発信部(多言語チーム)チーフエディター。映画とフランス語を担当。1995年から2010年までフランスで過ごす。翻訳会社勤務を経て、在仏日本人向けフリーペーパー「フランス雑波(ざっぱ)」の副編集長、次いで「ボンズ~ル」の編集長を務める。2011年7月よりニッポンドットコム職員に。2022年11月より現職。

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