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映画『よこがお』:深田晃司監督インタビュー「筒井真理子というキャンバスに描く自由」

Cinema

渡邊 玲子 【Profile】

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した『淵に立つ』(2016年)の深田晃司監督が、同作にも起用した筒井真理子を主演に迎え、最新作『よこがお』(7月26日公開)を世に送り出す。主演女優を想定しつつ自ら書いた脚本を、フランス人スタッフの感性を取り入れながら、世界に訴える衝撃作に仕上げた。ロカルノ国際映画祭(スイス)国際コンペティション部門への正式出品も決定。快進撃に期待がかかる深田監督に話を聞いた。

深田 晃司 FUKADA Koji

1980年生まれ、東京都小金井市出身。大正大学文学部卒業。99年、映画美学校フィクションコースに入学。2005年、平田オリザ主宰の劇団「青年団」に演出部として入団。2010年、『歓待』が東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞。2013年、『ほとりの朔子』が仏ナント三大陸映画祭で金の気球賞(グランプリ)と若い審査員賞をW受賞。2015年、『さようなら』で東京国際映画祭メインコンペティション選出、マドリッド国際映画祭でディアス・デ・シネ最優秀作品賞受賞。2016年、『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。2018年、フランス政府より芸術文化勲章シュバリエ受勲。自身の作品をノベライズした『淵に立つ』(2016)、『海を駆ける』(2018)に続き、本作でも小説版『よこがお』(KADOKAWA刊)を自ら執筆している。

日仏合作の妙味

——『淵に立つ』『海を駆ける』に続き、『よこがお』も日仏合作映画となりますが、日仏合作にすることで、具体的にどのようなメリットがありますか?

深田 まずは2つの国から資金を集めることにより「創作の自由が確保されやすくなる」といった利点があると思います。それに加えて、今回はポストプロダクションにフランス人のスタッフを起用しているんですが、自分とは違う文化圏で育った人の感性が入ることによって、作品の世界がより広がるような気がしますね。

©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

——日本人とフランス人のスタッフの間には、そもそもどんな違いがあるのでしょうか?

深田 一番の違いは「立ち位置」だと思います。どちらかというと日本の技術スタッフは「監督はどうしたいんですか?」「監督がやりたいことをきちんと形にしますよ」という傾向が強いのですが、フランス人スタッフの場合はアーティストという立ち位置で関わっているので、「こうしたらもっと面白くなる」というアイデアをこちらにどんどん提案してくるんです。それこそ、その人の人生観もひっくるめてぶつけてくることが多いので、そこが面白いんですよね。

——逆に言えば、日本人スタッフとの方が、監督自身がやりたいことを実現しやすいという部分もありますか?

深田 もちろん、それはありますよね。ある意味ギャンブルみたいなもので、フランス人スタッフの提案が全然こちらのイメージと違うこともあるんですけど、例えばスタッフが10個アイデアを出してきて、そのうち9個が違ったとしても、残りの1個、こちらが想定していたことよりも面白い場合がある。実はそれが一番大事だったりするんです。その1個をすくい取るために、それぞれがアーティストとして意見や考えをぶつけ合って信頼関係を築いていく方が、結果的には作品が豊かになるんじゃないかという気はしますね。

深田晃司監督
深田晃司監督

『よこがお』に反響するノイズ

—— 今回の『よこがお』に関して、フランス人スタッフとのやりとりで具体的に印象に残ったことはありますか?

深田 例えば、横断歩道を渡るシーンの音響ですね。日本人にはおなじみの『故郷の空』を象徴的に使っているんですが、フランス人からしてみれば、あのメロディーが横断歩道で流れるという感覚がそもそもないんです。だからこそ、より自由に音をいじれる部分があったようで、街中では絶対聞こえてこないような響かせ方をしているんですよ。これこそ、日仏合作だからこそ出てきたアイデアなんじゃないかと思いますね。

——音響といえば、本作にはほかにも「暴力的」ともいえる音が随所にちりばめられていますね。

深田 今回は今まで以上に音楽を極力削らせてもらって、音を中心にしたんです。演出プランでも、マンションのチャイムや洗車機の音を印象的に響かせたいという思いがありました。音入れの作業はフランスで行ったのですが、スピーカーが壊れるギリギリまで狙ったところもありましたね。

©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
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——あえて「違和感」のあるセリフやしぐさを残しているのも印象的でした。

深田 基本的にはナチュラルであることをスタートラインにしようと思っているんです。理想としてはスクリーンと観客の関係性が、現実に生きる私たちと世界との関係性に近くなってほしいと思っています。普段私たちは、悲しくても平然とした顔をしているかもしれないし、落ち込んでいても笑顔で友だちと話しているかもしれない。そんな状況下で、常に相手の感情を必死に想像しながら話しているわけです。それと同じような距離感で、観客も登場人物と接してほしいという思いがあるんです。

——よりリアルなやりとりを目指したということですね。

深田 「意味はないけど本当らしく聞かせるためのセリフ」をバランスよくまぶすことで、ナチュラルな会話になるんです。あえて間違えさせたり、言いよどんだのを聞き返させたり。演技も全部そうですよね。ある意味「稽古のジレンマ」でもあるんですが、俳優がうまくなればなるほど、どんどんノイズが少なくなって、最短距離で動けるようになってしまうんです。でも、これは平田オリザさんなんかも指摘していることですが、リアルな動きって、実はノイズだらけなんですよ。

©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
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——日仏合作の場合、フランス語に訳したときに意味がどう伝わるかを最初から意識しながら作る部分もありますか?

深田 それはなるべく考えないようにしてますね。フランス人に見せることが目的なわけでも、日本人に見せることが目的なわけでもないんです。まずは自分が面白いと思うものを作らないと、どこかでブレてしまうんじゃないかと思うんです。だから、フランス人スタッフから疑問の声が上がることもありますよ。

——具体的には?

深田 例えば今回最初に構想したのが「市子、道子、基子」の3姉妹の物語だったんですが、フランス人から「名前の区別がつかない」というクレームが入りました(笑)。あとは、意外な反応があって面白かったのが、窓ガラス越しに「OK」をジェスチャーで伝えるシーンです。頭の上に両手で大きく丸を作る、日本では普通のしぐさなんですが、フランス人にはこれが「OK」だというのがわからなくて、滑稽な動きをしているようにしか見えないらしい(笑)。

©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
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渡邊 玲子WATANABE Reiko経歴・執筆一覧を見る

映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。国内外で活躍するクリエイターや起業家のインタビュー記事を中心に、WEB、雑誌、パンフレットなどで執筆するほか、書家として、映画タイトルや商品ロゴの筆文字デザインを手掛けている。イベントMC、ラジオ出演なども。

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