
「中年の危機を乗り切れ!」 フランスの大ヒット映画『シンク・オア・スイム』のジル・ルルーシュ監督にインタビュー
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ジル・ルルーシュ(47)は映画俳優として23年のキャリアを誇り、出演作品は50本を超える。そのうち少なくとも8本で主役を演じ、確固たる地位を築いている。特にフランスを代表するスター俳優の1人であるギョーム・カネから厚い信頼を受け、彼が監督や主演を務める作品に多く出演し、それらが代表作ともなっている。
2004年にはそのギョーム・カネが主演した『ナルコ』(日本未公開)で長編映画の監督に初挑戦する。ただしそれは依頼を受けて、トリスタン・オルウェと共同監督した作品だった。いつか本当に自分の作品と言える映画を撮りたい、そんな気持ちを抱き続けて何年か過ぎ、2010年ごろから今回の構想を練り始めたという。
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』のギョーム・カネ ©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
「私の職業は世間的には俳優ですけど、実は映像作家の方が先で、1990年代には短編映画でデビューしていたんです。ミュージックビデオやコマーシャルを仕事にしてきて、俳優を始めたのはその後。それから20年以上、たくさんの映画に出てきましたが、あまり進歩が感じられなくなった。どこか自分の気持ちとかセンスを表現しきれていないと。だから俳優として人の作品に出ているときも、ずっと自分の映画について考えていました。その中に、自分の国に対する私の見方も盛り込みたかった。フランスは今、苦境に陥っていると思うからです」
©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
確かにこのところフランスといえば、パリやニースやストラスブールなど、各地でイスラム原理主義のテロが起きたり、政府への街頭抗議行動が激化し、警官隊と激しく衝突したりと、すっかり物騒な国になってしまった。監督はどんなフランスを描き出したかったのだろうか。
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』のジル・ルルーシュ監督
「ここ何年も、フランスには悲しみや憂鬱を感じます。テロが起きる前からのことです。この悲しみについて語りたいと思った。コミュニケーションの手段が発達したのに、人々は対話をしなくなった。前はカフェで人々が語り合っていたけど、今はみんなノートパソコンを開いて誰ともしゃべらない。昔はよかったなんて言うつもりはないですが、難しい移行期にあると思います。フランスだけではなく、世界的に言えることですね。モノがあふれて、便利になって、快適に暮らしている人とそうでない人の差が広がり、嫉妬や怨恨や憎悪を生んでしまっている。便利にはなったけど、人はますます孤独になっている。だから、人々がともに生きるという考えに基づいた、ポジティブで楽しい映画を作りたかったのです」
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』の豪華俳優陣。左から、マチュー・アマルリック、フィリップ・カトリーヌ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラ―ド、ギョーム・カネ ©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』は、仕事や家庭や人間関係でうまく行かず、生きる喜びをシンクロナイズド・スイミングの活動に見出す中年男たちの姿を描く。だからと言って、ぽってりおなかの出たオジサンたちがコミカルに泳ぐだけのドタバタ劇を想像してはいけない。監督が語りたいと言った人生の悲哀が辛口コメディーと表裏一体を成している。
「真面目でユーモアがまったくなかったり、反対に笑えるだけで真面目なところがなかったりする映画は好きじゃないんです。型にはまっていない、正直な映画が好きです。例えば人の感情は、1日の中にだって動きがある。だから映画の中にも、面白かったり、楽しかったり、悲しかったり、さまざまな感情を表現したかった。登場人物に感情移入できるような話にすることが重要だと思ったんです」
©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
群像劇という形を選んだ理由もそこにある。そしてその背景には女性も、若者も、老人も、障害者も登場してくる。
「彼ら、彼女らが抱える問題を正直に明らかにしていこうと思いました。私の映画の人物たちはこんな人たちだ、それぞれ、こんなふうに生きているんだ、っていうのを見せたかった。人生はつらく複雑であって、決して輝かしいものじゃない。だけど少しでも希望が持てるように努めるしかない。誰か1人が抱える問題にフォーカスすれば暗くなってしまいます。それで、個々の人物をできるだけ均等に丁寧に描いていって、そこからグループが共有する歓喜へと向かう設定にしたわけです」
マチュー・アマルリックがうつ病を患って引きこもりがちな生活を送るベルトランを演じる ©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
自身も俳優であるルルーシュ監督は、このグループの中に入ってみようと思わなかったのだろうか。また、今回起用した役者の中に、監督経験者が少なくとも4人いる。劇中のようにそれぞれが個性を主張し合い、収拾がつかなくなる場面をつい想像してしまうが...。
「自分も出てみようか、考えたことはありますよ。でもふと思いました、海パン一丁で指示を出す監督を、役者たちが信用してくれるかなって(笑)。その姿を想像して、この考えはなかったことにしました。それにやる仕事が山ほどあった。役者っていうのは子どもみたいなもので、目を離すとどこに行くか分からない。監督はうまく行っているときは素晴らしいけど、そうでないときはとても孤独な立場です。今回の映画で私にとって幸運だったのは、それを知ってくれている役者が何人もいたことです。夜の冷たいプールに飛び込ませても、誰も文句ひとつ言わなかった。本当に献身的に、才能を発揮してくれた。そして何より、私に対してとってもよく辛抱してくれました」
内気で女性経験のないティエリーを演じたフィリップ・カトリーヌ(右から3番目)がセザール賞助演男優賞を受賞 ©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
ルルーシュ監督自身もまさにこの登場人物たちとほぼ同じ年代に差し掛かろうとしている。俳優という、身体を使って、それを見せる職業であればなおさら、年を重ねることで感じる試練もあるに違いない。役者としての自分に「進歩がない」と感じたこともあったという彼は、どんな風にこの「中年の危機」を乗り越えたのだろうか。
「ここ3、4年は、自分の映画を作ることで精神科医にかからずに済みました(笑)。脚本を書いているときは、1人になって自分の根っこを見直すような感じでした。もちろんこれも仕事のうちだから、時にはスポーツをしたり、旅行に出たりしてみるんですが、書いているときのあの喜びは何にも代えがたい。だからすぐにでもまた執筆に入りたいです。たくさんの人とご飯を食べて楽しく過ごしていても、ふと退屈してしまうことがありますよね。そんなとき自分の映画の世界へ、登場人物たちのいる世界へ飛んでいくんです。家に帰ってコンピュータを開いて一気に書く。想像の世界が私についてきてくれる。これは悪くないぞと思いましたね」
インタビュー撮影=花井 智子
インタビュー(フランス語)・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
©2018-Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions
作品情報
- 監督:ジル・ルルーシュ
- 脚本:ジル・ルルーシュ、アメッド・アミディ、ジュリアン・ランブロスキーニ
- 出演:マチュー・アマルリック、ギョーム・カネ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラ―ド、フィリップ・カトリーヌ
- 音楽:ジョン・ブライオン
- 配給:キノフィルムズ/木下グループ
- 製作年:2018年
- 製作国:フランス
- 上映時間:122分
- 公式サイト:http://sinkorswim.jp/
- 2019年7月12日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開