
峯田和伸が活弁士を熱演、甫木元空監督『BAUS 映画から船出した映画館』 吉祥寺の劇場が生きた戦前・戦中・戦後
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故青山真治監督の遺志を継いで
『BAUS 映画から船出した映画館』は、吉祥寺バウスシアターの創業者である本田拓夫の著書『吉祥寺に育てられた映画館 イノカン・MEG・バウス 吉祥寺っ子映画館三代記』を原作とした風変わりな伝記映画だ。メインキャストの峯田和伸いわく、「この映画は、まさしくバウスがその長い人生を尽くす際にみた最後の夢。メリーゴーランドのような走馬灯」
映画監督の青山真治が脚本を執筆し、映画化に向けて着々と準備を進めていたが、青山が闘病の末2022年3月に他界。バトンを託されたのが、かつての教え子で、映画監督の道を歩み始めた甫木元空だった。本作の公開日となる3月21日は、奇しくも青山の命日にあたる。
『BAUS 映画から船出した映画館』に登場する「井の頭会館」。井の頭公園の近くで1925年より無声映画の上映や演芸の興行を行っていた ©本田プロモーションBAUS/boid
物語はバウスシアターの前身とも言えるムサシノ映画劇場や、さらにそのルーツである井の頭会館までさかのぼり、戦前から現代に至る90年間の日本社会を背景に、吉祥寺の地に劇場を根付かせ、文化を発信する使命を担った一家を描く。
語り手は本田拓夫をモデルとするタクオ(鈴木慶一)。父サネオ(染谷将太)とその兄ハジメ(峯田和伸)が、時代の荒波にもまれながら、人々に娯楽を届け続けた姿を追っていく。
染谷将太が主人公サネオを演じる ©本田プロモーションBAUS/boid
甫木元は青山の脚本をベースにしつつ、タクオの回想録として再構築した。
甫木元 空 青山さんは撮影稿まで準備していたんですが、それをそのまま踏襲するのは僕には無理だし、あまり意味がないと感じたんです。自分なりに何ができるか考えたときに、音楽とアクションの反復で一本筋を通せるのではないかと思い、脚本を書き直すことにしました。ハジメ役については、青山さんが東北にルーツを持つミュージシャンを希望していて、「峯田くんがやってくれると言っているんだよね」と話していたのを覚えていたので、改稿後にあらためて峯田さんにオファーしました。
峯田 和伸 青山さんが亡くなって、あの話どうなっちゃうんだろうと思っていたら、甫木元監督が引き継ぐことになったと。脚本と一緒に送られてきた監督の過去作(『はだかのゆめ』)がすごくよくて。青山さんとはお会いできないままになってしまったけれど、その遺志は引き継げるかもしれないと思い、「やります」と答えました。僕の中でこの映画に参加したいという思いがずっと消えてなかったんですよね。
サンドイッチマンとなって呼び込みをするサネオ(染谷将太、右)とハジメ(峯田和伸) ©本田プロモーションBAUS/boid
音楽でつづる吉祥寺文化を支えた人々
時は1927(昭和2)年。青森でニシン漁に従事する網元の家に生まれたサネオとハジメは、活動写真に魅了され、“あした”を夢見て上京し、吉祥寺に流れ着く。地域に初めてできた映画館「井の頭会館」で仕事をすることに。
峯田演じるハジメは、“本田一急”の名前で活弁士として活動を始める。やがて上映形態がトーキーへと変わると、奇妙な楽器の演奏会を開催したり、映画館の軒先で果物屋を始めたりと、社長を任された弟のサネオと共に突拍子もない企画を次々と打ち出す。
ハジメが伊藤大輔監督『血煙高田の馬場』の弁士を務める ©本田プロモーションBAUS/boid
「もともと落語をはじめ古典芸能に興味があり、慣れ親しんできた」という峯田。だが、「まさか自分がやることになるとは思わなかった」と話す。本作で初めて挑戦した活弁と三味線、アカペラで歌った“労働歌”の難しさについて振り返った。
峯田 ハジメはそれほど流ちょうな活弁をやる設定でもないから、YouTubeを見て練習しておくぐらいでいいのかなと思っていたんですけど、撮影が迫ると、活弁と三味線それぞれに先生を付けられた。特に活弁指導の片岡一郎先生がめちゃくちゃ厳しくて(笑)。「やるからには生半可な気持ちではできないんだ」と。いい勉強になりましたけど、正直な話、監督もここまでやるつもりじゃなかったですよね?
甫木元 我流でやっているぐらいの感じで、というのは先生にも話していたんですけど、「崩すにしてもまずは型を身に付けないとダメ!」とおっしゃって(笑)。
峯田 熱血指導していただいたので、本番でもうちょっとうまくできたらよかったなあ。わざと下手っぽくやったんじゃなくてあれが限界でした(笑)。活弁は型があるから自己流の節回しでは何ともいかなくて。要はラップなんですよ。言葉の角を前に前にぶつけていく。三味線も並行して玉川鈴先生に教わりました。手首の使い方がギターと全く違うので大変でした。
三味線を弾き、「奇想天外の声色」で迫真の活弁を見せるハジメ ©本田プロモーションBAUS/boid
青山版ではハジメが歌うシーンはそれほどなかったというが、甫木元監督には「いつかミュージカル映画をやりたい」という野望があり、峯田が演じることもあって筆が乗ってしまったところもあったようだ。
峯田 歌うシーンがどんどん増えていきましたもんね?
甫木元 昭和史における“歌のあり方”が変化していくことに興味を引かれて、その役割を峯田さんに担ってもらったところもあるんです。もともとは労働者の娯楽という位置付けだった“歌”が、戦争の渦に巻き込まれ、次第にプロパガンダの様相を帯びてくる。さっきまで陽気に聞こえていたメロディも、だんだんと聞こえ方が変わってくる。でも、渦中にいるとその変化に気付けず、自分の中の正義を貫いているつもりが、いつの間にか戦争に加担してしまっていた人もいたのではないかと。“あした”を夢見て、歌い、奮闘しながらも、やがて召集令状が届き、「お国のために働いてきますよ」と去っていくハジメは、妖精的でもあり、シンボリックな存在とも言えるんです。
サネオの妻ハマを演じるのは夏帆 ©本田プロモーションBAUS/boid
峯田 東北から東京に出てきた弁士崩れみたいな男が、時流に巻き込まれて戦争に行く。そこの切り替えが、演じる上でも難しいところではありました。歌に関しては、民衆のたくましさや物悲しさみたいなものが歌に出るといいなと思いながらやりましたけど、アカペラで歌う場面はなかなか大変でしたね。
おでん屋の酔客(奥野瑛太)が一升瓶を片手にデカンショ節(※1)を歌い出し、峯田がそれに応じる場面。歌が盛り上がるにつれ、緩やかに伴奏がかぶさってくる演出が印象的だ。音楽はNHKの朝ドラ「あまちゃん」を担当したことで知られる大友良英。
おでん屋の親父を演じるのは、北九州市出身で青山真治と同郷の光石研 ©本田プロモーションBAUS/boid
甫木元 あの場面はワンカット長回しで撮りたかったので、シンプルに現場で何度も繰り返し歌ってもらう形になりましたよね。峯田さんと奥野さんの歌に大友さんが合わせるセッションのような感じにできたら最高だなと思っていて。それまで別空間で演奏していた大友さんが、あそこで初めて映画本編と交わるようなライブ感を出したかったんです。レコーディングの際に、恐る恐る大友さんに「あの時代にはないエレキギターの音を入れても構わないので、ノイズの延長線上のような音を即興でのせてもらえませんか」とお願いして。
峯田 映像を見ながら即興で弾いたんですか!?
甫木元 そうなんですよ。本当は歌を撮る時点で、事前にリズムやキーを決めて、きっちりやらなくちゃいけないんですけど。大友さんが「なんでこの2人はキーが完全に合っている上に、テンポもほぼキープしながら芝居ができているんだろう?」と感動していました(笑)。
峯田 確かに普通アカペラで役者が歌う場面を撮影する際は、イヤモニ(モニターの音を流すイヤホン)で演奏を聴きながら歌うことが多いと思うんですけど、今回は完全にアカペラで。3、4回撮り直しているから、ちゃんと全部のキーが合っているのかめちゃくちゃ不安だったんです。
甫木元 完璧に合っていましたよ。
峯田 え~! そうですか、それはよかった。
甫木元 そもそも音楽に大友さんを起用したのも青山さんですが、僕自身、大友さん特有のノイズ感と、みんなが口ずさめる「あまちゃん」的なメロディとの間を自在に行ったり来たりできるところが面白いなと思っていて。歌うシーンはほかにもあるんですが、一般的なミュージカル映画のように登場人物が唐突に歌い出すのではなく、どの人の歌もせりふの延長線上にあって、ちゃんとそこに“人が乗っている”感じになるよう心掛けました。
青山真治の妻・とよた真帆もハマの母親役で出演 ©本田プロモーションBAUS/boid
90歳まで生きた劇場の思い出
俳優陣の演技にもライブ感が感じられる。弟サネオ役の染谷将太と対峙した芝居について、峯田はこう明かした。
峯田 「このシーンはこういう感じでやりたいよね」とか話すことは1度もなくて。1回目のカメラテストがすべてというつもりで臨みました。そこでつかんだ感触を基に本番で微調整はしますけど、手の内は明かさぬまま、どこまで空気を動かしていけるかを大事にしましたね。「動物的な駆け引き」と言ったら変ですけど。猫だったら、道の向こう側から敵が来ても、直前までじっとしていて、相手が襲いかかってくる瞬間に初めてヒュッとかわしたりするじゃないですか。早起きして感覚を研ぎ澄ませてから現場に行くことを心掛けました。
15歳も離れた峯田と甫木元だが、共に音楽と映像の境界を越えて活動してきた者同士の息の合った関係が感じられる。
峯田 普通だったら5手間ぐらいかかるところが、「ああ、そこはEマイナーね!」みたいに1回で通じ合えた。音楽的な感性で微妙なニュアンスも分かり合えたのは助かりました。
甫木元 峯田さんはいろんな映画をたくさん見てきた人だから、それぞれのシーンで僕が求めていた芝居の熱量についても、何も言わずとも理解し合えていたような感覚がありました。ハジメとサネオが話しながら階段を降りてくる一連の動きについても、峯田さんからいろいろとアイデアを出してくれてありがたかったです。
峯田 台本にすべて書いてあったというか。台本を読んで自分が感じたことが、そのまますべて映し出されていた感覚だったんですよね。映画館が生き物みたいに見えたんです。「あ、90歳まで生きた人の物語みたいだな」って。
最後に、2人がかつて吉祥寺バウスシアターで見た思い出の映画を尋ねてみた。
甫木元 僕はレオス・カラックスですかね。2013年の『ホーリー・モーターズ』公開時に、バウスシアターで監督の特集上映をやっていて。それまでカラックス作品はDVDでしか見たことがなくて、初めてフィルムで見られたのもあって。
峯田 いろんな映画を見ましたね。『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(05)、ゴダール、カラックス......。『アイデン&ティティ』(03)が公開されたときも、お客さんと一緒に見たいなと思ってバウスに行きました。お客さんの笑い声を聴きながらスクリーンの中にいる自分を見たときのことが、いまだに忘れられないです。
スタイリスト:
〈峯田〉入山 浩章/衣装:ジャケット(放課後の思い出)、Tシャツ(LOSTBOY TOKYO)他全て本人私物
〈甫木元〉松枝 風/penguin is always hot
ヘアメイク:嵯峨 千陽
撮影:花井 智子
取材・文:渡邊 玲子
作品情報
- 出演:染谷 将太 峯田 和伸 夏帆 / とよた 真帆 光石 研 橋本 愛 鈴木 慶一
- 監督:甫木元 空
- 脚本:青山 真治 甫木元 空
- 原作:「吉祥寺に育てられた映画館 イノカン・MEG・バウス 吉祥寺っ子映画館三代記」(本田拓夫著/文藝春秋企画出版部発行・文藝春秋発売)
- 音楽:大友 良英
- 配給:コピアポア・フィルム boid
- 製作国:日本
- 製作年:2024年
- 上映時間:116分
- 公式サイト:https://bausmovie.com/
- 3月21日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
予告編
(※1) ^ 注:デカンショ節は、兵庫県の丹波篠山地方で江戸時代から歌われていた民謡。さまざまな歌詞が創作されて伝わった。