
「大阪アジアン映画祭」未知の才能と名作を発掘、20年間の歴史と使命
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映画評論家の暉峻創三さんが、「大阪アジアン映画祭」のプログラミング・ディレクターに就任したのは2009年(第4回、08年は開催せず)のこと。「もともとは大阪市民のために始まったイベント。その基本を忠実に守りつつ、国際的なスケールの映画祭として成立させることを常に意識してきました」という。
05年の第1回から24年の第19回までに上映した映画は計905作品。3月14日(金)から23日(日)まで開催される第20回では新たに67作品を上映し、累計上映作品数はいよいよ1000本に近づく。
あべのキューズモール(大阪市阿倍野区)B1 スイーツパーク前で開催中の大阪アジアン映画祭ポスター展 ©OAFF2025
日本・世界の目利きが注目
就任以来掲げてきた映画祭のテーマは「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」。20年間の取り組みを経て、いまではその言葉どおり、世界の映画ファンや業界関係者から熱い視線を受け、チケットが完売する上映も続出する一大イベントとなった。当初は東京の配給会社から作品を借りて上映することも多かったというが、近年は状況が逆転し、配給権を買い付けるため東京から足を運ぶ企業も少なくない。
「映画祭の存在意義は“プラットフォーム”であること。この場所を最終目的地として目指すというよりも、ここから飛躍していくための場所にしたいと考えていました。最初は東京の配給会社が作品を買ってくれるようになるとは予想しませんでしたが、いまはアジア各国の映画会社にも『大阪アジアン映画祭で上映されたら買い手がつく』と認識してもらえています」
映画祭をきっかけに日本公開が実現した近年の作品のうち、とりわけ印象深いと語るのは、モンゴル映画『セールス・ガールの考現学』(22年に上映、日本公開23年)、ジョージア映画『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』(同24年/25年)だ。
『サイレント・シティ・ドライバー』(2024、モンゴル)は『セールス・ガールの考現学』のジャンチブドルジ・センゲドルジ監督の新作
「この映画祭で紹介しなければ日本ではまったく知られなかったような映画や、マイナーゆえに商品価値に乏しいと思われそうな映画が商業的に公開されるようになってきました。人気のある製作国やスター俳優の名前がきっかけではなく、映画祭で紹介したことから劇場公開につながった作品が増えていることを本当にうれしく思います」
上映作品の選定は、一般公募が始まる以前から水面下で動き出しているという。海外の映画祭に参加し、業界向けに企画のプレゼンテーションが行われる“企画マーケット”にも出席。映画の企画段階から製作サイドと話し合い、応募を呼びかけることもあるそうだ。
プログラミング・ディレクター的“今年の見どころ”
今年、暉峻さんが特におすすめするのがスペシャル・オープニング作品のカザフスタン映画『愛の兵士』だ。「アート映画として良くできている一方、映画ファンでない方にもミュージカル・エンターテインメントとして存分に楽しんでいただけるはず」という。
コンペティション部門の『バイクチェス』もカザフスタン映画で、米国のトライベッカ映画祭で国際長編映画賞に輝いた。「いま、カザフスタン映画はとても面白い時代を迎えています。この2作品を続けざまに見てもらえればきっと興味を持ってもらえるはずです」
『バイクチェス』(24、カザフスタン・フランス・ノルウェー/アセリ・アウシャキモワ監督)。仕事に恋愛に充実した毎日を送っていたテレビ局の女性記者にやがて次々と問題が押し寄せる。ブラック・ユーモアで描く人間ドラマ
昨年からはタイ映画にも注力しており、今年はタイ屈指の人気映画会社GDHから『団地少女』『おばあちゃんと僕の約束』『いばらの楽園』を選出。一方、「GDH以外からも意欲的な作品が続出し、タイ映画の新たな可能性が見えてきた」という。いちおしは、数千年を股にかけるタイムリープ・ストーリー『タクリー・ジェネシス』だ。「ハリウッド映画のような大スケールで非常に面白い。こんなタイ映画は見たことがありません」と太鼓判を押す。
『タクリー・ジェネシス』(24、タイ/チューキアット・サックウィーラクン監督)。タクリー郡の森で真夜中に催される秘密の儀式。隠れて見ていたステラは、父親が閃光(せんこう)に包まれ消えるのを目撃する ©2024 NERAMITNUNG FILM CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED
日本映画にも興味深い傾向が出てきた。クロージング作品でもある『「桐島です」』の高橋伴明をはじめ、インディ・フォーラム部門には『百円の恋』(14)の足立紳が『Good Luck』を、また山田洋次監督作品で助監督・共同脚本を務めてきた平松恵美子が『蔵のある街』を出品している。
「メジャー映画を撮れるベテランの映画人が、あえてインディーズ路線に回帰して秀作を撮っている。これは注目すべき流れだと思います」
『「桐島です」』(25、日本/高橋伴明監督)。連続企業爆破容疑で指名手配、49年にわたる逃亡の末に名乗り出て4日後に死亡した桐島聡の知られざる半生 ©北の丸プロダクション
映画祭の独立性を守る
東京ではなく、大阪でアジア映画のフェスティバルを開催することの意義とは。暉峻さんは、「やはり東京よりもアジアとの距離が近い。最初に映画祭を始めたきっかけもそこにあったのでしょう」と話す。「海外には、映画の専門機関やフェスティバルが首都以外で活発に展開している国々もあります。日本ももう少し、東京一極集中ではない形になってもいいのでは」
大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクターの暉峻創三さん ©OAFF2025
東京で開催される国際イベントは、中国と台湾の関係などに代表される政治的あつれきと無縁でいることが難しく、映画祭にもさまざまな影響が及ぶ。東京から遠い大阪での開催は、そうした政治的影響を受けにくいことが1つの利点だ。「海外からも、政府からの独立性が高い映画祭として見てもらえているように思います」と語る。
“独立性の高さ”は、暉峻さんがプログラミング・ディレクターへの就任以来こだわってきたことの1つ。運営の財源を大阪市だけに頼るのではなく、財政・人材の両方に外部の顔ぶれが大勢関わるフラットな映画祭を目指してきた。
ただし、暉峻さんが「映画祭の基本であり最も重要な部分」だという上映作品の選定は、外部には一切委ねない。国内の助成金や海外政府の支援を受けて運営されてはいるものの、あくまでも映画祭が主体性と独立性を担保し、明確な方針をもって作品を選ぶことを重要視している。
『ラスト・ダンス <ディレクターズカット>』(25、香港/アンセルム・チャン監督)。香港で『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』超えの大ヒットを記録。ディレクターズカット版は世界初上映 ©2024 Emperor Film Production Company Limited ALL RIGHTS RESERVED
「映画祭の規模を大きくするため、メインプログラムのほか、外国政府に協賛企画の開催をお願いする方法もあります。しかし大阪アジアン映画祭の場合、あくまでも作品選びは一任してもらい、特集として企画することに対して助成金をいただく形です。政治的な意向が直接的に表れず、かつどの国とも長く関係を続けていけることを大切にしています」
次の10年間に向けて
今回は、過去の大阪アジアン映画祭に参加した17人の監督が新作を引っ提げて帰ってくる。台湾人監督パン・カーインは過去に短編を2度出品しており、長編デビュー作である『我が家の事』のワールド・プレミアでカムバック。香港映画『私たちの話し方』のアダム・ウォンは、作品の上映だけでなく短編の審査員としても再登場となる。
『私たちの話し方』(24、香港/アダム・ウォン監督)。聴覚障がいをもつ3人の若者の友情を描く。手話による会話を軽快なリズムで映し出す感動作
「アニバーサリーのようなプログラムにするつもりは特になかったのですが、結果的に第20回らしいラインナップになりました。過去に登場した監督が戻ってきてくれるのは大阪アジアン映画祭の特徴で、今回もまるで第20回を祝福するかのように監督たちが新作を持ち寄ってくれた。本人たちにそんなつもりはなかったと思いますが(笑)」
なお、大阪・関西万博イヤーとなる今年は、春の第20回(24年度)に続き、夏に第21回(25年度)を連続開催する。次の10年間に向けて、映画祭として再び猛烈なスタートダッシュを決めるような1年だ。
『その人たちに会う旅路』(24、韓国/ファン・インウォン監督)。主人公はデートアプリによる「男漁り」がやめられない恋愛小説家スヨン。ある日、学生時代の先輩から10年前に性加害をした教授を告発しようと誘われる
「海外の素晴らしい映画祭に参加すると、大阪アジアン映画祭はまだ同じレベルに到達していないなと痛感します。現在の予算でやれることはすべてやっているので、今後は予算規模ごと拡大していきたい。上映作品を増やすだけでなく、“企画マーケット”の開催や、人材育成の取り組みもいずれ実現したいと考えています」
取材・文:稲垣貴俊
第20回大阪アジアン映画祭
OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL 2025
- 会期:2025年3月14日(金)から3月23日(日)まで
- 上映会場:ABCホール、テアトル梅田、
T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館 - 上映作品本数:67作品
※うち、世界初上映19作、海外初上映6作、アジア初上映4作、日本初上映31作 - 上映作品製作国・地域:19の国と地域
※バングラデシュ、中国、フランス、ドイツ、香港、インド、インドネシア、日本、カザフスタン、韓国、マレーシア、モンゴル、ノルウェー、フィリピン、ポルトガル、台湾、タイ、米国、ベトナム - 公式サイト:https://oaff.jp
予告動画
バナー写真:『我が家の事』(2025、台湾/パン・カーイン監督)©2025 Key In Films Ltd.