
『Broken Rage』北野武/ビートたけしが「配信」で挑む自己破壊
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「壊れた怒り」とは
物語の主人公は殺し屋の“ねずみ”(ビートたけし)。「M」と呼ばれる人物の指示を受け、標的を確実に殺害する男だ。ところが、捜査の手は迫っていた。刑事の井上(浅野忠信)と福田(大森南朋)によって逮捕されたねずみは、免罪と引き換えに、麻薬の流通を取り仕切るヤクザへの潜入捜査を命じられる……。
北野映画としては史上最短の66分で、前半と後半で同じ物語を反復する構成が見どころ。前半は北野映画らしい設定のクライム・サスペンスだが、後半はそのスピンオフ(派生物)と称し、同じ物語が今度はセルフパロディのドタバタコメディとして描かれる。第81回ベネチア国際映画祭にて世界初上映された際は一切の情報が伏せられていたため、観客は映画を観ながら北野の狙いを悟って驚愕(きょうがく)したそうだ。
刑事の井上(浅野忠信・左)と福田(大森南朋・右)。難航する捜査のため、ねずみに取引を提案する ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
タイトルの『Broken Rage』とは「壊れた怒り」という意味で、北野の代表作シリーズ『アウトレイジ』シリーズ(10~17)を想起させる。実際に本作は、シリアスなサスペンスとして展開する前半の時点で、『アウトレイジ』シリーズだけでなく、『ソナチネ』(1993)や『BROTHER』(2000)などの過去作品をパロディ化したような仕上がり。構成や展開、せりふなども過去作と比較するとかなり力が抜けている。
その前半部をさらに破壊(Broken)した後半部は、もはやバラエティ番組のコントに近い。物語のベースは同じだが、まったく同じ脚本をコメディとして演出しているのではなく、展開ごと喜劇に書き換えつつ、その中に数々の笑いと遊びを取り入れてゆく趣向だ。もっとも北野はこの構成にも意識的で、観客から「たけしっぽい」という視線を向けられることもあらかじめ作品に織り込んでいる。
ねずみ(ビートたけし・中央)と潜入先の金城組長(中村獅童・右)、若頭の富田(白竜・左) ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
北野武とビートたけし
そもそも映画監督としての北野武には、前述したようなプロット重視の犯罪映画路線と、より破壊的で前衛的な路線の二つがある。本作も『TAKESHIS'』(05)や『監督・ばんざい!』(07)などに連なる後者の作風だが、以前よりも顕著なのは、コメディアン・ビートたけしとしての顔をまったく隠さなくなったことだろう。
『Broken Rage』:メイキング画像より ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
その意味では、ビートたけしと北野武が出会った末に混沌(こんとん)とした展開が待つ『TAKESHIS'』よりも、両者のバトンタッチが明確な『Broken Rage』は、本当の意味で“二人のたけし”が手を組んだ作品と言えそうだ。同作から20年を経て、それだけ割り切った映画製作ができるようになったということかもしれない。
ねずみ役のたけしは年老いた肉体をスクリーンにさらけ出し、ことあるごとに身体をあちこちにぶつけるという懐かしのテレビコントめいたギャグを繰り出しては「痛い、痛い」と口にする。過ぎ去った時間や、自らの老体さえも面白がっているかのような余裕は、それが映画的かどうかを抜きにして作品の大きな魅力だ。
警察の特殊部隊に包囲されるねずみ。何かがおかしい……? ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
思えば、前作『首』(23)からそうした予兆はあった。『首』は北野が自らの時代小説を映画化した一本だったが、小説のプロットをわざわざ破壊し、笑いと暴力を前面に押し出してコントのような掛け合いを挿入。そうした作風を強力に支えたのが浅野忠信と大森南朋だったから、今回の再起用にも必然性がある。『アウトレイジ』を思い出させる「バカヤロー、コノヤロー」的なせりふ回しを担うのも、同じく『首』から続投した中村獅童だ。
たけしを中心に、浅野や大森、中村ら俳優陣が伸び伸びと演じること自体が映画の原動力となっているのも『首』と同じ。ただし前作とは異なり、本作は“破壊”が前提であり目的だから、その中で映画をギリギリ破綻させないバランス感覚がより求められたはずだ。浅野にとっては『SHOGUN 将軍』(24)でゴールデングローブ賞の助演男優賞に輝いた直後の新作で、その幅の広さと技術力の高さを世界に示したといえる。
刑事の井上・福田によって連行されるねずみ ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
ちなみに北野は、本作について「劇場向けではなく、テレビ画面で見る配信コンテンツとして新たにやってみたかったことをテストでやってみた」と語っている。編集段階でも、「家で寝転がってテレビを見ている感覚で、お茶の間を意識しながら編集したらえらく短くなった」というのだ。
すなわち本作は、北野武/ビートたけしが「テレビ」を意識した習作でもある。Amazonとタッグを組むのは、往年の人気バラエティ番組を復活させた「風雲!たけし城」(23)に続いて今回が2度目。テレビの一時代を築いたコメディアンとしての、配信=テレビというフォーマットに対する徹底的なこだわりを感じられる“配信映画”となった。
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【参考資料】
- 『Broken Rage』作品資料
- 映画ナタリー:北野武「Broken Rage」は“お茶の間”を意識して編集、「えらい短くなって焦った」
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作品情報
- 監督・脚本・編集:北野 武
- 出演:ビートたけし
浅野 忠信 大森 南朋
仁科 貴 宇野 祥平 國本 鍾建 馬場園 梓 長谷川 雅紀(錦鯉) 矢野 聖人
佳久 創 前田 志良(ビコーン!) 秋山 準 鈴木 もぐら(空気階段)
劇団ひとり 白竜 中村 獅童 - 音楽:清塚 信也
- 製作:Amazon MGMスタジオ
- 制作プロダクション:北野エージェンシー
- 製作年:2025年
- 製作国:日本
- 上映時間:66分
- ※作品の視聴には会員登録が必要です。(Amazon プライムについて詳しくは amazon.co.jp/prime へ)
予告編
バナー写真:映画『Broken Rage』より ©2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.