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菅田将暉主演の映画『サンセット・サンライズ』:宮藤官九郎との“東北談義”を出発点とする名場面とは? 岸善幸監督に聞く
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新型コロナウイルスの感染者が日本国内で初めて確認されたのは5年前の1月15日。約3カ月後には緊急事態宣言が全国に発令された。外出自粛が推奨され、人々の生活は一変し、一気に広がったのがテレワークだ。中には、職場に通う必要がないなら都市圏に住む理由もないと、地方に移住する者も出てきた。
そんな状況をいち早く小説の背景に取り入れたのが作家、楡周平(にれ・しゅうへい)だった。2022年1月に発表した『サンセット・サンライズ』は、コロナ禍で広がった地方移住ブームに、以前からある“空き家問題”をからめた物語。地方の空き家を移住者に貸し出すビジネスの話として展開するあたりに作者の持ち味が発揮されているが、そこにグルメや人情、恋愛を交ぜ合わせ、親しみやすい読み物に仕立ててある。
映画『サンセット・サンライズ』。菅田将暉が釣りキチの主人公・晋作を演じる ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
舞台は三陸海岸に面した宮城県北部の宇田濱。東京の大手電気機器メーカーで働く西尾晋作は、コロナ禍で職場にテレワークが導入されたのを機に、大好きな釣りを思う存分楽しめる港町に格安の物件を見つけて移住してきた。4LDKの家は新築同然で家具・家電完備、美人の家主は近所の古い家で父親と二人暮らし。どうも“ワケあり”のにおいがするが、晋作は深く考えずに釣り三昧の生活を満喫する。しかし小さな町では、「東京もんが来た」と騒ぎになっていた──。
物語は終始軽いトーンで進むが、震災の記憶、都市への人口流出など、背景に横たわる悲しい現実がところどころで顔を出す。
晋作は釣った魚を近所に配るうち、茂子(白川和子)と仲良くなる ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
小説を映画にすること
映画化の始まりは、企画した佐藤順子プロデューサーから小説を読んでみてほしいと岸善幸監督に声が掛かったことだった。
―小説を読み、映画になりそうだという感触はありましたか。
「ありましたね。コロナ、移住、空き家問題、震災、いろんな社会的なテーマを取り入れていてすごく面白かった。現代の社会が抱える問題と、つらい過去を抱えた人の再生というテーマが重なり合って、非常に映画的だなと。ただ、釣りの場面が大変だろうとは思いましたね。好きな人が見たら一挙手一投足、気になりますから」
脚本が宮藤官九郎に決まり、顔合わせをすると“東北談義”に花が咲いたという。宮藤が宮城で、岸が山形の出身。原作者の楡も岩手の生まれだった。
「東北人の気質で話が盛り上がりました。あとは山菜採りとか、芋煮会とか、お互いに子どもの頃から経験してきた風物詩的なこと。出来上がったプロットには、その時に盛り上がった話題がうまく取り込まれていました」
漁師の章男を演じる中村雅俊は宮城県女川町出身。実は数少ない東北ネイティブのキャスト ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
―山菜採りは小説にも登場しますが、描き方はかなり違うし、芋煮会は原作にはなかった設定ですね。
「楡さん了解のもとで、かなりエンターテインメントに寄っていった結果ですね。芋煮の味は、地域によって風味や食材が違うのですが、宮藤さんは僕に気を使って、初期の脚本に宮城と山形の芋煮を両方出す設定にしてくれていたんです。でも、尺が長くなるし、同じシーンで芋煮を2種類出すのも大変だから、撮影では宮城だけになりました(笑)」
―原作は文庫で400ページを超える長編。前作の『正欲』(原作:朝井リョウ)に続き、ボリュームのある小説の映画化ですね。
「小説は作者が書いた物語に読者が1人で向き合っていく。読む時間も含めて自由じゃないですか。映画は2時間程度におさまるように取捨選択していかなきゃいけない。プロデューサー、監督、脚本家で話し合って映画的な流れを見つけていくんです。今回はそこに宮藤さんの思いが色濃く反映された感じでしたね」
ヒロイン百香を好演した井上真央が「なめろう」を作る包丁さばきにも注目 ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
コメディーの背景にリアリティー
映画のプロローグ。釣り船の場面であることは小説と同じだが、登場人物も状況も異なり、いきなり宮藤官九郎らしさ全開のギャグがさく裂する。
「映画は、ファーストシーンで流れを作るのが大事だと思います。早い段階で観客に物語の世界を知ってもらう。そしてその後も飽きさせないように、早めに“物語のドライブ”がかかるようにしていく。そういうことを宮藤さんは脚本の段階で緻密に考えているのだと思います」
プロローグに続く導入の場面から、ストーリーは宇田濱の町役場で働く百香(井上真央)の視点で進んでいく。百香は「空き家問題」を担当する企画課のスタッフとして、自ら家主となって空き家を貸すことを決意し、物語が動きだすのだ。
―小説では主人公の晋作が冒頭から登場します。映画では、菅田将暉さん演じる晋作がだいぶ後にならないと出てきませんね。
「“登場感”は大事ですね。菅田さん登場のファーストカットをどうするか、脚本とはまた違う演出的なところでインパクトを出したいですから。そこは大切に考えたところです」
町役場で「空き家問題」を担当する百香に予想外の展開が ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
―物語の設定はコロナ禍の初期。当然、登場人物はマスクを着けることになりますが、そこにも演出上の工夫がありますね。
「人物の顔がマスクで隠れている。これは映画的にありなのか。そういう議論から始まりました。結果としては、マスクを着けていても映画にはなるんだということが分かったんですけど、撮っているときはギリギリのところまでマスクを下げてもらったり、できるだけ目元がはっきり見えるようにしたり、本当に切ないくらいの葛藤がありました」
―序盤では、東京から宇田濱に来た晋作の「外出自粛」がドタバタ劇のように展開します。でも振り返ると、当時の現実が反映されていますね。
「コロナ禍になって何が起きたか、楡さんの小説にも詳しく書かれていますけど、映画にする上でも徹底的にリサーチしました。マスクにもいろんな種類がありましたよね。なかなか手に入らなかったり、手作りのものがあったり。他にもコロナを伝えるニュースの時系列、どのタイミングで流れていたかとか」
“外出自粛期間”にこっそり釣りに出かける晋作。サングラス+マスク姿の主役はインパクト大 ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
―コメディーといえどもリアリティーを追求する。これは数々のドキュメンタリーを手がけてきた岸監督ならではですね。
「自分が経験したドキュメンタリーに限ってですけど、カメラで撮りながら取材を始めてしまうことが多かったんです。その分、撮影には長い時間をかけます。でも、映画はカメラを回す前、準備のための取材が重要です。どちらも、取材に時間をかけるという点では、スタンスはあまり変わらないかもしれませんけど。芝居についても、俳優の演技を記録するという意味でドキュメンタリー的と言えるかもしれないですね。“段取り”(シーンや芝居の説明)をしたら、テストをせずにシーンの頭から終わりまで通して撮影するんです。役者がある瞬間の<役を生きる>ところを追いかけて記録していく感覚です」
―コメディーは初めてだったそうですが、これまでと変えたところはありましたか。
「笑いのテンポを大切にするためにカットを短くつなぐとか、そういうのはあります。あとはそんなに……。今回出演をお願いしたみなさんには、役を演じる力があって、おのおのが準備をしてきてくれたので、現場で存分に出してもらえばよかった。あとは現場で撮った魅力的な芝居を編集で損なわないようにと心がけました」
クライマックスを意識した撮影
そんな俳優陣の絶妙なやりとりが最高潮に達するのが、前述した東北の冬の風物詩“芋煮会”の場面。ここに至るまでに、序盤から“都会から来たよそ者”と“田舎の地元民”の間で小さなすれ違いが繰り返されてきた。そして迎えた芋煮会では、全員が胸に秘めてきた思いを声に出してぶつけ合う。登場人物たちに託された正直な熱い叫びが宮藤らしい。
「モモちゃんの幸せを祈る会」のメンバー[左から:タケ(三宅健)、山城(山本浩司)、ケン(竹原ピストル)、平畑(好井まさお)]が晋作にカラみ、芋煮会はカオスに ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
「あそこがクライマックスですからね。宮藤さんの脚本には、笑いの中に人間や社会の核心を突くセリフがいくつもありますけど、特にあの場面では口下手な人たちが抱えていた懊悩(おうのう)が一気に吐き出される。脚本を読んでこれはいいシーンだなあと思っていたので、ここをしっかり撮ることが重要でした。撮影には2日かけました」
オンラインで会社の同僚に近況を報告する晋作 ©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
―晋作はコロナ禍にもめげることなく、自分のやりたいことを貫きます。お気楽に見えて筋が通った新しいヒーロー像ですね。
「あまりいない人間ですよね。釣りが好きだから、釣りを優先に人生を設計する。すごくシンプルです。大切なのは釣りで、それ以外は重要じゃない。だから、見知らぬ土地に行っても、出会う人たちに偏見を抱かない。結果として周囲も晋作の釣りへの熱意に影響されて、都会に対する考え方とか、人の生き方について見つめ直すんです。飄々(ひょうひょう)としながら結果として正しい生き方を提示する。難しかったと思うんですけど、菅田さんのおかげで見事なキャラクターが現れました」
―『あゝ、荒野』(17)以来、お互いに経験を積んで一回り大きくなっての再会でした。
「一回り大きく、そうですね。今回は食べるシーンもたくさんあったしね(笑)。撮影中に7キロも体重が増えたそうです。『あゝ、荒野』では(ボクサーの役で)10キロ増やしてもらっているんですけど、今回は幸せな肉体改造だったかもしれませんね(笑)」
インタビュー撮影:コデラ ケイ
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
©楡周平/講談社 ©2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
作品情報
- 出演:菅田 将暉、井上 真央、中村 雅俊、三宅 健、池脇 千鶴、竹原 ピストル、山本 浩司、好井 まさお、小日向 文世ほか
- 脚本:宮藤 官九郎
- 監督:岸 善幸
- 原作:楡 周平『サンセット・サンライズ』(講談社文庫)
- 音楽:網守 将平 歌唱:青葉 市子
- 制作プロダクション:テレビマンユニオン
- 配給:ワーナー・ブラザース映画
- 製作年:2024年
- 製作国:日本
- 上映時間:139分
- 公式サイト:sunsetsunrise-movie.jp
- 全国公開中
予告編
バナー写真:映画『サンセット・サンライズ』の岸善幸監督(撮影:コデラケイ)
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