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映画『港に灯がともる』:阪神・淡路大震災から30年、主演・富田望生&安達もじり監督が語る「心の復興」

Cinema

阪神・淡路大震災30年の節目となる2025年1月17日、映画『港に灯がともる』が公開される。震災直後に生まれた女性・灯(あかり)の視点から、神戸の町と心の復興を描く人間ドラマだ。監督の安達もじりと主演の富田望生に、震災からの復興を描くことや、「暮らしながら撮影した」という神戸の思い出を聞いた。

安達 もじり ADACHI Mojiri

NHK大阪放送局ディレクター。映画『港に灯がともる』はNHKエンタープライズ在籍中に製作。主な演出作品は、連続テレビ小説「カーネーション」「べっぴんさん」「まんぷく」「カムカムエヴリバディ」、土曜ドラマ「夫婦善哉」「心の傷を癒すということ」(第46回 放送文化基金賞最優秀賞受賞)、ドラマスペシャル「大阪ラブ& ソウル この国で生きること」(第10回放送人グランプリ受賞)など。

富田 望生 TOMITA Miu

福島県いわき市出身。映画「ソロモンの偽証」(2015)の1万人が参加したオーディションでメインキャストに選ばれたことをきっかけに、俳優としての活動を開始。その後、話題作に次々と出演。主な出演作品は映画「チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~」(17)「SUNNY強い気持ち・強い愛」(18)「日日芸術」(24)ドラマでは「宇宙を駆けるよだか」「教場」「だが、情熱はある」連続テレビ小説「なつぞら」「ブギウギ」などがある。

「震災30年の節目に、神戸を舞台とした、心のケアを描く映画を」。監督の安達もじりに届いたオファーが、この映画のはじまりだった。NHKドラマ「心の傷を癒すということ」で阪神・淡路大震災と精神医療を描き、高い評価を受けた安達に、神戸で新たに立ち上げられた映画スタジオ「ミナトスタジオ」が白羽の矢を立てたのだ。

安達が主な舞台として選んだのは神戸市長田区。阪神・淡路大震災で最も大きな被害が出た地域の1つだ。全焼棟数は4759戸で、神戸市全体の全焼棟数の7割近くにのぼる。区内の死者は921人、その3分の1以上が焼死だった。

主人公の灯は、震災の翌月、在日コリアン一家のもとに生まれた。しかし震災の記憶はなく、在日としての自覚は薄いため、苦労してきた父とは分かり合えない。母も震災当時を振り返り、「あの頃は本当に大変だった」とぼやくが、その言葉は灯の心を苛(さいな)んでいった。なぜ私はこの家族に生まれたのか。大勢の命が失われたあと、周囲に負担をかけながら、なぜ今まで生きてきたのか?

富田望生は映画初主演。堂々たる演技で映画を引っ張った ©Minato Studio 2025
富田望生は映画初主演。堂々たる演技で映画を引っ張った ©Minato Studio 2025

激高しがちな父に耐えかね、母は別居を決めた。姉の美悠は恋人と結婚するため日本国籍の取得を決め、父を含む家族にもそうするよう提案する。しかし、当然のように父はこれを拒んだ。家族がばらばらになってゆくとともに、灯は精神のバランスを崩してゆく……。

阪神・淡路大震災を描く

震災後30年という月日、神戸の町、在日コリアンの家族と自分。“震災・神戸・在日”は、灯の意志と自覚にかかわらず、いつしか背負わなければならないものになっていた。双極性障害と診断された灯は、精神医療に触れ、自らが抱えてきたものと向き合うことになる。

灯の父親役は甲本雅裕、母親役は麻生祐未が演じた ©Minato Studio 2025
灯の父親役は甲本雅裕、母親役は麻生祐未が演じた ©Minato Studio 2025

複雑に絡み合ったテーマを、灯の視点から丁寧にほどいていく物語を、監督・脚本の安達らはいかに形づくったのか。

安達 もじり 長田区を舞台にしたのは、最初に取材で訪れた町だからです。そこで取材を進めるなか、「30年」という時間を表現する物語にしたいと思いました。震災当時を描くのではなく、その後の年月がいかなるものだったかということと、今後も時間は流れ続けてゆくことを描きたかった。心の傷が癒えるのに長い時間がかかることや、さまざまなルーツを持つ方々が長田で生きていることも伝えたかったんです。

脚本の検討を進めるうち、「世代」というテーマと、灯が生きてきた震災後の「時間」を一人称で描くコンセプトが見えてきた。ところが京都出身の安達には、どうしても阪神・淡路大震災を扱うことに抵抗があったという。「心の傷を癒すということ」を撮れたのは、題材となった精神科医の安克昌に向き合う作業だったからだ、と。それでも本作を手がけるにあたり、ひとつ心境の変化があった。

安達 震災当時は高校3年生でした。京都の自宅は当然揺れましたし、救援物資を持って神戸にも行ったんです。しかし、実情を知るほど引け目を感じました。「自分は対岸にいた。震災について語れることは何もない」と。今でも震災については声高には語れないと感じていますが、神戸の方々と出会い、自分が感じたことなら表現できるのかもしれないと思えるようになってきたんです。

美しい港町から古い市場まで、神戸の町がもうひとりの主役だ ©Minato Studio 2025
美しい港町から古い市場まで、神戸の町がもうひとりの主役だ ©Minato Studio 2025

主演・富田望生の「覚悟」

灯役の富田望生は福島県出身。阪神・淡路大震災後に生まれた灯と違い、自身には東日本大震災での被災経験がある。「物語を伝えるうえで、私自身の体験は関係ない。切り離して演じようと思いました」という富田だが、それでもオファーを受けた当初は出演を即決できなかった。

富田 望生 企画書とあらすじをいただきましたが、阪神・淡路大震災、在日コリアン、双極性障害という女の子の役をすぐにお引き受けすることできませんでした。3週間ほど待っていただき、灯と向き合うことや、この作品をつくり、残すことへの覚悟をきちんと認識してから、自分としても挑戦するつもりでお引き受けしたんです。

主人公・灯役の富田望生「この題材を作品として残すと決めた選んだみなさんの覚悟に応えたかった」 ©Minato Studio 2025
主人公・灯役の富田望生「この題材を作品として残すと決めた選んだみなさんの覚悟に応えたかった」 ©Minato Studio 2025

日頃、役を演じるうえでは「綿密に準備しておかないと気がすまない」という富田。しかし今回は、あえてほとんど何も調べないまま撮影地の神戸に向かった。

富田 いつもなら在日コリアンの歴史や、双極性障害の知識をできるかぎり調べておきたいタイプなんです。だけど、灯に在日コリアンの自覚がどれだけあるのか、その事実にどれほど苦しんできたのか、そして彼女の感情がどう変化していくかを考えると、当事者の方々の間でも異なる考えや思いを、「灯ならこんな感じかな」と当てはめていく役づくりはしたくないと思いました。

安達 灯の基本設定や来歴はお伝えしましたが、「この資料を読んでください」というようなお願いは一切しませんでした。神戸の町で生きてきた人の役なので、とにかく「神戸で暮らしてください」と。

「暮らしながら撮影した」神戸の日々

撮影は全編神戸市内のロケで、2024年3月から4月まで約1カ月半かけて行われた。富田は撮影の1週間ほど前に神戸入りしたが、直前まで別の仕事に参加していたという。

富田 3月は、東日本大震災に関係するお仕事もしていました。だからこそ、灯のことを同時に考えるのはやめようと思い、「神戸に入ったらこの作品に集中するんだ、それまでは目の前の仕事を一生懸命やろう」と決めていたんです。神戸に向かう新幹線に乗ると、窓の景色が変化するにつれて自分の心も変わっていくようでした。

「セリフを覚える苦労も特になく、気付けば言葉がすべて入っていた」(富田) ©Minato Studio 2025
「セリフを覚える苦労も特になく、気付けば言葉がすべて入っていた」(富田) ©Minato Studio 2025

「神戸で暮らしながら撮影したことが一番の役づくり。本当に生活している、という感覚が大切でした」と富田は言う。滞在環境も役に生かせるはずだと、撮影中の宿泊もホテルではなくマンションを選んだ。「カーテンを開けると、朝日と六甲山が目に飛び込んでくる部屋。神戸のエネルギーを毎朝もらっていました」とほほ笑む。

富田 灯は神戸の町で生きてきて、今も生きている……そのことを軸に据えて、自分の実感をひたすら積み重ねました。いろんな方に会い、好きなお店や場所を聞き、とにかく町を歩いて、カウンターしかないお店にも行って(笑)。みなさんが穏やかに受け入れてくださるのがうれしかったです。「神戸はどう?」とは聞かれず、「ゆっくりしていって~」という感じ。「あっ、これが神戸の受け入れ方なのかも」と思った時、灯がずっと神戸にいる理由がわかったような気がしたんです。

滞在する部屋を「私の家」と自然に呼んでしまうほど、神戸での生活に没入した富田。それゆえだろうか、本作では劇映画にもかかわらず、ドキュメンタリーのようにひりひりとしたリアリティーが随所に立ち上がる。本編を冒頭からほぼ「順撮り」で撮影できたことも功を奏した。

安達 監督である私を含め、スタッフ全員が灯の体験を一緒にしていくような撮影でした。それぞれの時間や感情を受け止めながら撮り進めたことで、脚本からは想像しなかった発見がたくさんあったんです。「ああ、こんなに豊かな世界が広がっていたんだ」と。

劇中では長回しも強烈な印象を残すが、撮影はほとんどのシーンが1テイクのみ。中盤、灯が父親の家で過呼吸になる場面では、灯がこもっているトイレの扉だけが映し出され、中から嗚咽(おえつ)や呼吸音が聞こえてくる。こちらも思わず息をのむ場面だが、このシーンも本番は1回かぎりで、実際の芝居をほとんどカットせずに使っているという。

父娘の口論も長回しのワンカット。気まずさと緊張感がダイレクトに伝わってくる ©Minato Studio 2025
父娘の口論も長回しのワンカット。気まずさと緊張感がダイレクトに伝わってくる ©Minato Studio 2025

富田 灯が家に入ってから、外に出ていくまでを一連の流れで撮りました。「どれだけ時間がかかってもいいので」というお話だったので、スタッフの皆さんを信頼し、「30分でも40分でも、外に出ようと思えるまではこもっていよう」と決めてこのシーンに臨みました。灯の内側で流れる時間が、そのまま映画のなかで流れているシーンですね。

現代の物語として

映画の終盤では、現実世界がそうだったように、新型コロナウイルス禍が世界を襲い、ロシアのウクライナ侵攻が勃発するのだが、その描き方は独特だ。その時代に起こっている出来事として単なる背景のように映し出しながらも、灯の心理に少なからぬ影響を与えているのが想像できるのだ。

冒頭、家族で震災20年のニュースを見るシーンもずしりと重い ©Minato Studio 2025
冒頭、家族で震災20年のニュースを見るシーンもずしりと重い ©Minato Studio 2025

安達 コロナ禍やウクライナ侵攻も、すべて灯が体験した時間の一部です。これは灯を中心とした半径数メートルの物語ですが、彼女の視点から世界が見える映画にしたいと思っていました。それに、コロナ禍でマスクをしなければならないとき、きっと灯は息苦しさを感じていたはずだから。

この言葉に、富田も「実際にマスクをつけると、灯の気持ちとしてもかなりつらいものがあった」と同意する。安達によると、「私自身の経験を含め、この10年くらいに流れていた時間を表現したい」との思いもあったそう。ディテールのこまやかさが、描かれる時代と社会の説得力を高めた。

実際に神戸を歩き、人と出会った富田。「山と海が近い町ならではの空気も好きでした」©Minato Studio 2025
実際に神戸を歩き、人と出会った富田。「山と海が近い町ならではの空気も好きでした」©Minato Studio 2025

現在、メディアでは「震災の風化」にあらがう方法がしばしば議論される。映画で震災を描き、語り継ぐこともそのひとつだろう。ただし、安達は「震災を扱う以上、風化は向き合うべき問題です」と語りつつ、それを直接的に扱うのではなく、あえて別の角度から掘り下げている。

安達 確かに、震災は大きなターニングポイントだと思います。神戸で話していると、「あれは震災より前やから……」と、「震災前」「震災後」という言葉が普通に出てくる。震災を経験した人と、経験していない人ではどこか感覚が違うように感じました。けれど、今の神戸ではその両方の人たちが一緒に暮らしているのが現実。その現状をきちんと描くことが、この映画なりの震災への向き合い方だと考えています。

世の中にわかりやすい結論や答えはない。風化への対策、家族の絆の回復、町や心の復興……どの問題にも完全な処方箋はなく、また「これでおしまい」という終着点もないのだ。映画のラストでは、そのことを切実に伝える情感が静かに胸を打つ。困難な題材に挑んだ作り手たちの誠実な姿勢がとことん貫徹された一作だ。

撮影:五十嵐 一晴
[富田望生]スタイリスト:シュンキ/ヘアメイク:千葉万理子
取材・文:稲垣 貴俊

©Minato Studio 2025
©Minato Studio 2025

作品情報

  • 出演:富田望生
    伊藤 万理華 青木 柚 山之内 すず 中川 わさ美 MC NAM 田村 健太郎
    土村 芳 渡辺 真起子 山中 崇 麻生 祐未 甲本 雅裕
  • 監督・脚本:安達 もじり
  • 脚本:川島 天見
  • 音楽:世武 裕子
  • 製作:ミナトスタジオ
  • 配給:太秦
  • 公式サイト:minatomo117.jp
  • 2025年1月17日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース他全国順次公開

予告編

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