巨大津波にのまれた母校への思いを映画に:佐藤そのみ監督の2作品、“封印”を解かれ劇場公開
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大学を休学して撮った『春をかさねて』
大川地区は北上川の河口付近にある。2011年3月11日、巨大地震による津波が川を遡上(そじょう)し、一帯に甚大な被害を及ぼした。中でも大川小学校では児童74人と教職員10人が犠牲になった。佐藤監督も6年生だった2歳下の妹をそこで亡くしている。
震災から4年後、佐藤監督は日本大学芸術学部の映画学科に進む。映画の道を志したのは震災前、小学6年生の時だった。
「小説を書いたり、漫画を描いたり、写真を撮ったりするのが好きな子でした。それを全部できるのが映画だと、よく分からないまま脚本を書いてみたり。当時から地元で映画を撮りたいと思っていました。自然が豊かで景色が美しく、人が少ない分いろいろと噂が耳に入ってくるんですけど、そんな人間関係を映画にしたら面白いだろうと思って」
しかし大学に入って実際に映画を作る時には、撮りたかった風景も人も失われていた。それでも地元で撮りたいという思いは消えなかった。だがそうなると、震災に向き合うことは避けられない。悩み続けた末、3年生の年度が終わったタイミングで休学を決意した。
卒業制作としてではなく、自主制作で映画を1本撮るためだった。
「撮りたかったのは、震災を背景にした物語でした。本当はこれを卒業制作にしたかったけど、卒業制作には30分という制約があったのと、同級生たちを巻き込めないと思ったから。みんなは面白いエンタメを作りたがっているのに、被災地に連れていって重い題材に関わらせるのは申し訳ないなと」
休学期間のほとんどを資金作りのアルバイトと脚本の執筆に充てると、キャスティングを経て、撮影に入ったのは年度の終わりだった。2019年3月に約10日間で撮影した映像が、やがて45分の劇映画『春をかさねて』として実を結ぶ。
リアルなディテールが彩るフィクション
主人公は妹を津波で失った祐未(ゆうみ)。当時の佐藤監督と同じ中学2年生だ。テレビの取材を受ける場面から始まる。つらい記憶を気丈に語り、仏壇に手を合わせる姿に「(妹の分も)悔いのないよう精一杯生きたいと思います」という声がかぶさる。
これは当時、被災地から遠く離れた私たちが「お茶の間」から目にしていた映像そのものだ。だがそこに映し出されたのは当然、切り取られたわずかな時間でしかない。その外にどんな日常が広がり、どんな思いが言葉にならず胸の奥に渦巻いていたのか。『春をかさねて』は、それを当事者だけが知る視点で丹念に描いていく。
「私だけではなく、周りの子たちも取材を受けていました。祐未はあくまで架空の人物で、私自身というより、みんなの経験が少しずつ入っているんです」
物語は学校生活が再開する4月下旬からの約9カ月間、中学3年生になった祐未が過ごす日常を追っていく。
内陸地域にある中学校に教室を“間借り”する形で授業が行われたこと、生徒の制服や運動着がバラバラだったこと、ボランティアを受け入れる宿泊拠点に地元の子どもたちも出入りし、学生らから勉強を教わるといった交流があったことなど、震災後の状況がリアルに再現されている。
佐藤監督は当時の学校生活をこう振り返る。
「同級生と会話するのが難しかったですね。家が流されたり、家族が亡くなったり、ほぼみんなそういう状況で、どこまで話してよいか分からなかった。震災についてはほとんど触れないようにして過ごしていました」
津波を免れた祐未の家には何人もの記者が訪れては、集まった親たちから被害について話を聞き、夜遅くに帰っていく。時には深夜に及び、両親が居間で居眠りして朝を迎えることもあった。これも佐藤家に実際に起こったことだ。
「居間では毎晩のように大人たちがお茶を飲んで話をしていました。私はそこまで愛想がよくなかったので、知らんぷりして2階に上がってしまうこともあったけど、周りの子たちは立派に対応していたので、その姿を祐未に反映させました」
記者を前にした祐未の微妙な表情に、言葉には出さない揺れる思いが感じ取れる。
「記者に囲まれるうち、心にダメージを負って、もう取材はしないでほしいと言い出す子も身近にいました。そうすると別の子が、その分も引き受けなくちゃ、その子を守らなくちゃ、みたいになるんですよね」
記者の質問に努めて笑顔で答える祐未だが、時には答えに詰まってしまうこともある。
「記者の方々も悪気があるわけではないのに、聞かれた方は苦しんでしまう。みなさん真摯(しんし)で丁寧でしたが、伝わってくる使命感が逆にこちらを苦しめていたところもありましたね。誰も悪くないのになあ。そういう複雑な状況を映画にしたいと思いました」
大川小学校を舞台に
実際にあったさまざまな出来事を背景に散りばめながら、ストーリーを動かしていくのは祐未と親友れいの関係だ。
「自分を含む何人かの要素を2人それぞれに入れつつ、展開はまったくの創作です。まず思ったのは、当時の私と同じ14歳くらいの子たちが一番身近に描けるんじゃないかなと。周りの大人に言えなかったことがたくさんあったので、それを入れたかった。大人になってあの時の感覚が消えてなくなってしまうのが悲しくて、覚えているうちに形にして残しておきたいなと」
小さなすれ違いで疎遠になってしまう祐未とれい。監督は終盤、再会の場所を用意する。2人が妹を失った母校の大川小学校跡だ。監督自身の母校でもある。
「毎日、なんて幸せなんだろうと子どもながらに思っていたくらい小学校時代が大好きでした。その場所があんなことになってしまったのは、中学生の時すごくショックだった。変わった形の校舎で、とても愛着があります。映画にしたら面白いんじゃないかとずっと思っていました。だからラストはあそこで撮りたかったんです」
2021年7月、校舎は石巻市の「震災遺構」として保存が決まったが、撮影はその2年以上前。今では見ることができない整備前の貴重な記録にもなっている。
「当時から遺族だけ立ち入りが許されていので、私が中を撮れば多くの人に見てもらえるなと。ただ、たくさんの人が亡くなった場所にカメラを置いて映画を撮ることが不謹慎ではないかという迷いもあった。勇気を出して、遺族会の会長さんに許可をもらいに行ったんです」
卒業制作にドキュメンタリーを選んだ理由
震災遺構となる前には取り壊しの案もあった。保存派の中心となって動いたのは大川小OBの中学・高校生たちで、当時高校3年生だった佐藤監督もその1人だ。
「見ると思い出してしまってつらい、という気持ちもよく分かりました。でも私たちは残してほしかった。誰かが声を上げないと壊されてしまうと思い、有志で意見表明をしたんです」
発表が行われたのは、保存か取り壊しかを住民投票で決める日だった。それまで取り壊し派が優勢だったが、中高生たちの呼びかけにより土壇場で形勢が逆転したという。
この意見発表の場面が収められているのが、『春をかさねて』と併映される『あなたの瞳に話せたら』だ。
『春をかさねて』を撮り終え、大学に復学した佐藤監督が卒業制作として作った29分のドキュメンタリー。監督自身が妹に宛てた手紙で、大川地区の近況や今の思いを語りかける。
「最初はドキュメンタリーを撮りたくなかった。あまりに直接的だし、自分も撮られることが多かったので、撮られる側のつらさが想像できましたから。“作り物”なら誰かが自分を犠牲にしなくていい。でも結局、卒業制作をドキュメンタリーにしたのは、1人でも撮れるからです。復学すると、1学年下のチームがすでにでき上がっていて、そこにお邪魔するのも申し訳ないと思って」
企画を考えながら、『春をかさねて』で描けなかったことがあるかもしれないと思ったという。特に、震災後の大川小をめぐる複雑な状況を多様な視点で語ることができるのではないかと。
「『春をかさねて』が説明のない、どこか夢の中のような作品なので、より現実的に、立体的にくっきりするような、そんなドキュメンタリーにしたいという思いもありました。『あなた』は亡くなった人だけに向けた呼びかけではないんです。大川小の裁判があったとき、原告になった遺族は誹謗中傷に苦しみました。地元からも悪く言う声が聞こえてきた。裁判で真相究明を求めざるを得なかった状況があるのに、それを知りもせず、知ろうともしないで批判する人がいることに胸を痛めて、そういう『あなた』にも分かってほしいとの思いを込めたんです。怒りのような感情が先にあったかもしれません」
上映することへのためらいを越えて
2作品のお披露目は2021年3月、石巻の小さな会場で行った上映会だった。その後しばらくは、コロナ渦だったこともあり、上映の機会はほとんどなかった。
「実は上映することにまだ抵抗がありました。“封印”しようと思っていたんです。映画としてのクオリティーに自信がなかったし、デリケートな題材なので、観た人がどう思うか怖かった。地元の人たちの心をかき乱すのではないかとか。そう考えているときは、すごく苦しかったですね。命を削るようにして作った作品だったので、それを封印するのは自分自身を否定するようで」
各所から上映を望む声が届くようになったのは2022年に入ってからだ。12月には、震災後にできた多目的施設「大川コミュニティセンター」で上映会が開かれ、およそ200人が詰めかけた。それを機に全国に広がった自主上映会は30回を超えた。
「封印したかった気持ちも徐々に和らいでいきました。それ以前は、自分に決着をつけるために、自分が次に進むために作ったところが大きかった。上映会をしながら少しずつ作品とも距離がとれるようになってきました。思いがけないすてきな感想もいただけて、被災者が作ったという側面以外で見てもらえるのがすごくうれしい。映画が私をいろんなところへ連れていってくれて、いろんな人に出会わせてくれる。作ってよかったなとようやく最近思えるようになりました」
被災者として、遺族としてカメラのレンズを向けられた日々から、来年3月で14年。佐藤監督にとって震災の前と後の年月が同じ長さになろうとしている。
「あのとき取材をたくさん受けたことで、撮る側に行きたいという気持ちがより強くなったのかもしれませんね。誰かの視点を介してではなく、自分の声で、自分の映画で届けたいという思いはずっとありました。いま能登で、当時の私たちみたいな状況にある子どもたちがいます。映画が子どもたちの内面に想像力を働かせる助けになったらいいなと思います」
インタビュー撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
『春をかさねて』
- 出演:齋藤 小枝 齋藤 桂花 齋藤 由佳里 芝原 弘 秋山 大地 安田 弥央 幹miki 鈴木 典行
- 撮影:織田 知樹 李 秋実
- 録音:養田 司 中津 愛 工藤 忠三
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:45分
『あなたの瞳に話せたら』
- 監督・撮影・録音・編集:佐藤 そのみ
- 日本大学芸術学部映画学科 2019年度卒業制作
- 東京ドキュメンタリー映画祭2020 短編部門「準グランプリ」「観客賞」受賞作
- イメージフォーラム・フェスティバル2020「ヤング・パースペクティヴ2020」入選作
- 製作年:2019年
- 製作国:日本
- 上映時間:29分
配給:半円フィルムズ/宣伝:高田 理沙
公式サイト:haruanata.com
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