映画『HAPPYEND』:高校生役で主演デビュー、栗原颯人と日高由起刀が語り合う「未来への予感」
Cinema- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
『HAPPYEND』は坂本龍一のコンサートドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto | Opus』を監督した空音央が初めて挑んだ長編劇映画。脚本を自ら執筆し、物語の舞台には現在からそう遠くない未来の日本を選んだ。
毎日のように地震が発生し、巨大地震の大都市直撃が現実となる日におびえる人々。政府はその不安に乗じて「緊急事態条項」を設けた憲法改正を推し進め、世論は反対派と賛成派に分断されている。
不穏な空気が社会を支配する中、警察は治安対策を強化。個人情報を管理し、顔認証によって瞬時に身元を割り出す技術を導入していた。
主人公はそんな世の中を生きる2人の高校生、ユウタとコウ。「音楽研究部」の仲良し5人組でつるみ、DJイベントに出かけたり、夜中に部室に忍び込んで音楽をかけたりして、残りわずかとなった高校生活を楽しんでいた。
モデルと俳優の違い
ユウタとコウを演じるのは、これが映画初出演となる栗原颯人と日高由起刀。ともにモデルを始めて2カ月というタイミングでオーディションを受け、本作への出演が決まった。2人ともそれ以前に演技の経験はなかったという。
日高 由起刀 モデルのオーディションですら場数を踏んでいなかったので、何をどうやればいいのか分からない状態だったんですけれど、会場にいた監督やプロデューサーがそれを受け止めてくれる雰囲気でした。
栗原 颯人 僕も台本というものを手にするのが人生で初めてで。でも監督の音央さんがやりやすい空気をつくってくださったので、「楽しんでやろう」みたいな感覚で、そこまで緊張せずにできました。一通り演技してから、役について思ったことや、自分の過去のエピソードを交えてお話しする時間もありました。
栗原颯人が演じるユウタは、裕福な家の育ち。母は海外出張で留守が多く、リビングは仲間たちの格好のたまり場になっている。
栗原 ユウタのキャラクターが僕自身の境遇や性格と似ていたんです。シングルマザーで、音楽が好きで、いたずらっ子で……。自分も高校時代は友達とずっとバカやって、遊んでばかりいましたからね。
日高 僕にとって高校は陸上競技のためだけに通っていたような感じでした。校則が厳しくて、携帯電話が禁止。一番意味が分からなかったのは腕まくりがダメとか(笑)。もっと高校生活を楽しめば良かったなという思いがあったので、今回“高校生の青春”みたいなことができて楽しかったです。
―高校生の役と聞いてどう思いましたか?
日高 僕は当時、卒業してまだ半年たっていないくらいだったので、懐かしさっていうよりは、そのままの自分でいけました。
栗原 僕はもう5年くらいたっていたので、「高校生……、かな?」みたいな(笑)。若干不安はあったんですけれど、内面的にそんなに変わってないかもなと。
日高 確かに。
栗原 おい(笑)。いや、自分はそのままでいいのかなとも思いつつ、やっぱり年の差もあるので、笑い方だったり、無邪気さだったり、幼い部分や思春期のとがった部分もある程度は出さなきゃいけないなと、意識しながら演じていました。
―モデルの仕事との違いは?
栗原 カメラがないところでもずっと考えている。モデルはカメラの前に立つ時間に集中すればいいですけれど、俳優はそういう瞬発的なものに加えて、考える時間もすごく多くて、それが個人的には楽しいなって思えました。脚本に書かれたキャラクターだったり、メッセージ性だったりを考えるのも、すごくいい経験になりました。
監視社会の怖さ、発言の難しさ
日高由起刀が演じるコウは、在日韓国人の家庭出身。食堂を営む母は息子を大学に行かせるため、奨学金に期待をかけている。
日高 僕の祖母が韓国人です。生まれる前に亡くなっていたので、親からそれを知らされたのもそんなに前のことではありませんでした。彼らなりの配慮があったのかもしれないですね。でも今回あらためて、やっぱり知っておかなきゃいけないことだと思いました。自分が在日韓国人の役を演じるにあたって、監督が「一緒に勉強しよう」と言ってくださったので、演技以外で学んだことも大きかったです。関東大震災で起こった朝鮮人虐殺とか、過去の事実に目をつむってはいけないと思いました。
ユウタとコウが通う高校には、外国にルーツを持つ家庭の生徒が少なくない。これは日本でも一部の地域ではすでに現実になっていることだ。
物語は、校内で起きたある出来事をきっかけに、校長がAI監視システムを導入することで大きく動き出すのだが、「安全」を理由にこのシステムを歓迎する生徒が一定数いるのもまた、この社会の現実を反映している。
―現実社会でも監視カメラは至る所にあって自由やプライバシーが脅かされています。
栗原 これからますます監視社会になっていくとしたら怖いし、自由がなくなっていくのはイヤですよね。SNSもそうですけれど、誰かに見られているのをずっと意識しながら生きるストレスはどんどん蓄積されていくじゃないですか。
日高 こういうお仕事をさせてもらっていると、なおさら人の目は気になりますよね。周りからいろいろ言われることもあると思うので、気にしないようにするしかないですけれど、やっぱりなかなか難しいなあと思います。
世の中では「緊急事態条項」が、学校では監視システムが人々の行動を制限する中、コウは声を上げることの大切さに気付き始める。だがユウタは相変わらず音楽に夢中で、ふざけてばかり。現実を直視しようとしないユウタにコウはいら立ち、幼なじみの2人の間に微妙な距離が生じ始める。
―日本では若者はますます政治に関心を失っているようですし、芸能人が政治にコミットしにくい状況です。おふたりはどう考えますか?
日高 難しいですね……。おかしいと思ったことにはおかしいと言いたいと思うけれど、そんなに気にすることじゃなければ、あえて言わなくてもいいのかなって。意見や気持ちを自分の中に留めておくのも大事ですよね。言わなきゃいけない場面、言わなくてもいい場面、いろいろありますし。これまで生きてきた中で、何かを訴えなければいけない状況があまりなかったので、実際にそういう身になってみないと分からないなとは思います。
栗原 芸能人が政治的な発言をするのも、だんだんOKになってきた風潮はあるなという風に僕は感じていて、それはいいことだと思うんです。ただ、自分の考えを口にするのは大事なことですけれど、ちゃんとした知識の裏付けがないと誤解を招いたりもしますよね。発信の仕方に気を付けさえすれば、いい方向に行っているのかなとは思います。
僕たちのこれから
『HAPPYEND』は今年、ベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門に出品された。9月2日のワールドプレミア上映では1400席分のチケットが発売と同時にほぼ完売となり、上映終了後の数分間、拍手と歓声が鳴り止まなかったという。
―初めての映画で主役を演じて、ベネチアまで行って……。レッドカーペットは歩いたんですか?
日高 いや、レッドカーペットはコンペ(コンペティション部門)のスターたちが歩くところですから……。オリゾンティは、劇場に行く途中で「あ、これレッドや」みたいな感じで(笑)。会場の熱気はすごかったですね。
栗原 僕はスケジュールが合わず、残念ながらワールドプレミアには間に合わなくて。飛行機の中で動画を見たんですけれど、満席の会場はやばかったですよ。感動しちゃいました。
―素晴らしいですね。
日高 素晴らしいですよね、僕たち。
栗原 ハハハ……
―これからどんな俳優を目指しますか?
栗原 栗原颯人がこの役をやるからいいよね、と思ってもらえる役者になりたいなと思います。
日高 日高由起刀といえばこういう演技するよね、と見た人が共通のイメージを持てるような、強い印象を与えられる俳優になりたいです。こういう良い作品でデビューさせてもらえたこと、周りの方々への感謝は忘れずに取り組んでいきたいと思います。
栗原 忘れちゃいけないよね。
日高 期待しててください! ずっと追っててください!
栗原 天狗(てんぐ)にならないように(笑)、頑張っていきたいですね。
撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:栗原 颯人 日高 由起刀 林 裕太 シナ・ペン ARAZI 祷 キララ 中島 歩 矢作 マサル PUSHIM 渡辺 真起子/佐野 史郎
- 監督・脚本:空 音央
- 撮影:ビル・キルスタイン
- 美術:安宅 紀史
- 音楽:リア・オユヤン・ルスリ
- サウンドスーパーバイザー:野村 みき
- プロデューサー:アルバート・トーレン、増渕 愛子、エリック・ニアリ、アレックス・ロー、アンソニー・チェン
- 製作・制作: ZAKKUBALAN、シネリック・クリエイティブ、Cinema Inutile
- 配給:ビターズ・エンド
- 製作国:日本・アメリカ
- 製作年:2024年
- 上映時間:113分
- 公式サイト:bitters.co.jp/HAPPYEND/
- 10月4日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中