村上春樹作品、仏でアニメーション映画化:『めくらやなぎと眠る女』監督が語る「作家、日本、震災」
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東日本大震災直後の東京を舞台に
2011年3月、東日本大震災が発生した数日後の東京。被災地の様子を伝えるニュースを見続けたキョウコは、置き手紙を残して姿を消した。夫の小村は妻の失踪に動揺しながらも、同僚から謎の小箱を「妹に届けてほしい」と頼まれて北海道へ向かう。同じ頃、また別の同僚である片桐は巨大な「かえるくん」と出会った。迫りくる次の大地震から東京を救うため、かえるくんは片桐に助けを求めるが……。
『めくらやなぎと眠る女』は、村上春樹による6本の短編小説「かえるくん、東京を救う」、「バースデイ・ガール」、「かいつぶり」、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、そして「めくらやなぎと、眠る女」に基づく長編映画。アニメーション映画の祭典として世界最大規模のアヌシー国際アニメーション映画祭で審査員特別賞を、新潟国際アニメーション映画祭で第1回グランプリを受賞したほか、原作者の村上も「面白かった」と絶賛した。
監督のピエール・フォルデスは、パリでピアノと作曲を学び、ニューヨークで映画音楽やCMの作曲家として活動を開始したのち、主にヨーロッパでアーティストとして活躍してきた鬼才。村上作品とはニューヨーク在住時に出会い、たちまち魅了された。
フォルデスは、村上作品の大きな魅力は「超自然的なものと平凡なものがこすれ合う」スタイルにあると語る。「人間の心の奥底の動きを、表面のかすかなさざ波を描写することで物語る、新鮮な視点を与えてくれる作家」だと。
「この映画を作るうえで、村上作品のさまざまな部分にインスピレーションを受けました。一つは非常に革新的なスタイル。もう一つは豊かなキャラクターで、彼らにはおかしみがあり、また感動的でもあります。そしてなによりも、ユーモラスでシニカルな独特の雰囲気を表現することに重点を置きました。自分なりの方法で、小説の雰囲気を映画に残したかったのです」
村上春樹の小説を翻案すること
フォルデスの創作は直感的だ。原作となった短編6本は、いずれも「自分自身に最も強く語りかけてきた」作品だったという。
「私が作品を翻案するときの原則は、オリジナルなものを作ることです。私自身が原作の行間に読み取ったものに対して忠実であれば、きっと原作自体にも忠実な作品になるはずだと考えました。きちんと行間を読むことで、村上さんが受けたインスピレーションのエッセンスを見つけたかったのです」
アーティストであり、音楽家であり、映画監督でもあるフォルデスは、どんな作品もすべて同じアプローチで創作に取り組むという。それは「理性で考えず、あえて感覚に頼る」こと。自身が強い魅力を感じたものに対しても、その根源を頭で考えることはしない。「私の直感は理性よりも聡明だと信じています」と言い切った。
「私が絵を描くときは、最初にインスピレーションやアイデアがあり、その的を目がけて弓を引くようなイメージです。そして、飛んでいった矢の軌跡をひたすら洗練させていく。具体的には、まず私の見たビジョンを描き、さらに別のレイヤーを塗り重ねることでそのビジョンを破壊していきます。世界は美しく、また醜くもあるもの。だから〈美〉の層に〈醜〉の層を塗り重ね、さらに〈美〉を重ねて……納得がいくまで、美醜のレイヤーを何層も重ねていくのです。脚本の書き方もまったく同じで、今回は村上春樹さんの世界を出発点に、自分が感じたものを何層も重ねていきました。衝動と修正、洗練を即興的に繰り返していく作業です」
短編小説6本を一つに織り上げる作業はいくつかの段階に分かれたという。はじめは原作に沿う形ですべての登場人物を追いかけ、5つの物語を作った。次に、数十人ものキャラクターを4人に絞り込んだ。すると、同じ人物が登場する複数の物語が絡み合う脚本に変化していったという。そして最終的に、小説それぞれの構造を解体・再構成した、全7部の物語ができあがったのだ。
「物語のテーマや作品の根底にあるものは、脚本を執筆するプロセスで少しずつ見えてきました。書き終える頃になって、ようやく私にも『なるほど、こういう映画になるのか』と分かってきたんです」
震災との距離感
村上春樹にとって「地震」は大きなテーマの一つだ。原作として選ばれた「かえるくん、東京を救う」と「UFOが釧路に降りる」が収録されている短編集『神の子どもたちはみな踊る』は、1995年1月の阪神・淡路大震災を受けて執筆されたものである。
フォルデスは「複数の短編を組み合わせて長編を作るには、登場人物たちをつなぐ共通の土壌が必要だった」として、この「地震」というモチーフで全編をまとめた。原作小説の「地震」は阪神・淡路大震災だが、映画では2011年の東日本大震災に置き換えている。
「劇中のキョウコは、被災地の映像を見て嘔吐(おうと)したことをきっかけに、自分のなかに眠っていたものと対面することになります。2011年当時、何億という世界中の人びとが、あの地震と津波の映像を繰り返し見ていました。私も3・11の映像に衝撃を受けた一人です。そこで(阪神・淡路大震災から)東日本大震災に置き換えるのがふさわしいと感じました」
興味深いのは、本作が登場人物たちのパーソナルな物語であることだ。東日本大震災をモチーフにはしているが、フォルデスが「彼らは地震にトラウマがあるわけでも、地震から直接的な影響を受けたわけでもない」と言うように、物語と震災の間には独特の距離感がある。
「登場人物たちはもともと追いつめられていました。彼らにとって、地震は偶然のきっかけではなく、むしろ自らを問い直すきっかけとして“使う”ものだったのです。キョウコは結婚を考え直し、片桐は“かえるくん”というもう一人の自分を通して自分の価値を再発見する。そして小村は、自分自身の中にある空洞を外の世界へ開いていきます」
こうした日本や震災との距離感は原作小説にもあるものだ。阪神・淡路大震災が発生した1995年当時、村上はアメリカに暮らしており、ちょうど日本への帰国を考えていたという。異邦人であるフォルデスの視点は、こうした村上の視点にぴったりと重なったのだろう。
日本からのインスピレーション
脚本の執筆中、フォルデスは日本を訪れることを熱望した。物語の舞台でもある日本からのフィードバックを欲していたというのだ。実際に来日したフォルデスは、なんと新幹線の中で弁当を食べながら脚本を書き終えている。
「日本に行けば、自分の脚本と向き合いながら、新たなインスピレーションを得られるのではないかと考えました。毎日いろいろな日本の街を訪れ、それぞれの土地に浸ることで自分自身を忘れたかった。同時に、自問自答を繰り返すことで道筋を発見したいとも思ったのです」
日本から受けた刺激は、脚本だけでなくビジュアルやサウンドにも表れている。フォルデスは古典的な日本画のほか、日本で活躍する現代のアーティストを敬愛しており、劇中には葛飾北斎の春画を引用。オリジナル版のせりふは英語とフランス語だが、テレビや病院のアナウンスからは日本語もしばしば聞こえてくる。
「私はもともと作曲家なので、世界観に合うオリジナルの音を作るため、できるだけ音で遊びたい、さまざまな音や言葉をブレンドしたいと考えました。日本の音を取り入れるため、せりふや声のほかにも日本で作ったサウンドを使っています。映像のルックも、想像上の日本と、旅行中の写真に写っていたリアルな日本を融合させるようにして作りました」
なお、日本での劇場公開にあたっては日本語版を新たに制作。磯村勇斗や玄理、塚本晋也、古舘寛治らを声優として起用し、フォルデスの監修のもと、『淵に立つ』(16)などの映画監督・深田晃司が演出を務めた。
「この映画では、はじめに英語で俳優たちの演技を撮影し、それらに基づいてアニメーションを制作しました。フランス語版は素晴らしい役者たちが声優を担当しましたが、彼らには吹替の経験がなかったので、せりふはひとりずつ別々に録音しています。一方で日本語版は、ほとんどのシーンをリアルな会話劇のように全員で収録しました。全員で意見を交換し合いながら、深田監督ともお互いの演出技法を組み合わせて、とても魅力的な体験になりました」
この日本語版を、フォルデスは「自分が思い描いた通りのユニークな映画」だと豪語する。英語・フランス語によるオリジナル版だけでなく、新たなコラボレーションで誕生した日本語版『めくらやなぎと眠る女』。原作の短編小説とともに味わえば、フォルデスが読み取り、そして再創作した村上春樹の世界を、きっとより深く体験できるはずだ。
取材・文:稲垣貴俊
作品情報
- 監督・脚本:ピエール・フォルデス
- 原作:村上春樹「かえるくん、東京を救う」、「バースデイ・ガール」、「かいつぶり」、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、「めくらやなぎと、眠る女」
- 日本語版キャスト:磯村 勇斗、玄理、塚本 晋也、古舘 寛治、木竜 麻生、川島 鈴遥、梅谷 祐成、岩瀬 亮、内田 慈、戸井 勝海、平田 満、柄本 明
- 日本語版演出:深田 晃司
- 製作年:2022年
- 製作国:フランス・ルクセンブルク・カナダ・オランダ合作
- 配給:ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント
- 公式サイト:eurospace.co.jp/BWSW
- 2024年7月26日(金)より ユーロスペース他全国ロードショー
予告編(日本語版特別映像)
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