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映画『プロミスト・ランド』:杉田雷麟と寛一郎が語り合う、マタギの山で過ごした日々

Cinema

『プロミスト・ランド』は、マタギの文化が息づく土地に生まれた2人の若者の葛藤と成長を描く。禁を犯してでもクマを撃つことで何かを見つけようとする主人公の信行と礼二郎を演じるのは、若手俳優が群雄割拠する中で存在感を放つ杉田雷麟と寛一郎。白銀に覆われた山奥で大自然と対峙する過酷な撮影に挑んだ2人に、今回の体験で得られたことを語ってもらった。

杉田 雷麟 SUGITA Rairu

2002年生まれ、栃木県出身。17年より活動開始。19年に映画『半世界』でヨコハマ映画祭最優秀新人賞、高崎映画祭最優秀新進俳優賞受賞。その他の出演作に、ドラマ「Aではない君と」(18)、「ガンニバル」(22)、映画『教誨師』(19)、『長いお別れ』(19)、『福田村事件』(23)、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(24)などがある。

寛一郎 KANICHIRO

1996年生まれ、東京都出身。2017年に『心が叫びたがってるんだ。』で映画初主演。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)、『菊とギロチン』(18)で新人賞を多数受賞。主な出演作に、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、映画『せかいのおきく』(23)、『首』(23)、『身代わり忠臣蔵』(24)など。『シサㇺ』、『ナミビアの砂漠』、『グランメゾン・パリ』が公開待機中。

2023年に公開された『せかいのおきく』(阪本順治監督)に続き、映画美術監督・原田満生が立ち上げた「YOIHI PROJECT」の第2弾となる『プロミスト・ランド』。1983年に第40回小説現代新人賞を受賞した飯嶋和一の同名小説を原作に、「阪本組」で研さんを積んだ飯島将史が監督した。監督のデビュー作は、同じく山形県庄内地方のマタギ衆に密着したドキュメンタリー『MATAGI -マタギ-』(23)。今回は、売り出し中の杉田雷麟と寛一郎をW(ダブル)主演に起用し、三浦誠己、占部房子、渋川清彦、小林薫ら円熟の俳優陣が脇を固める劇映画に初挑戦だ。

映画『プロミスト・ランド』のロケ地は山形県鶴岡市大鳥 ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
映画『プロミスト・ランド』のロケ地は山形県鶴岡市大鳥 ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

マタギに抱いた憧れと共感

マタギの伝統を受け継ぐ東北の山間の町に生まれ育った信行(杉田)は、高校卒業後に家業の鶏舎を継いだ20歳の青年。この土地の閉鎖的な暮らしにうんざりしながらも、流されるまま日々を過ごしていた。

ある日、マタギの親方・下山(小林)のもとに役所から今年のクマ狩りを禁止する通達が届く。違反すれば密猟とみなされ、マタギとして生きる道が閉ざされてしまう。町のマタギ衆は仕方なく決定に従うが、信行の兄貴分である礼二郎(寛一郎)はかたくなに拒み続ける。やがて礼二郎は信行を呼び出し、2人だけで狩りに挑む秘密の計画を打ち明ける──。

クマ狩りを禁じられ落胆するマタギの親方・下山(小林薫、左端)ら ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
クマ狩りを禁じられ落胆するマタギの親方・下山(小林薫、左端)ら ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

杉田と寛一郎は、飯島監督の手掛けたドキュメンタリーを観た上で、クランクインの1週間前から現場に入り、「マタギの道行きをたどりながら、狩猟道具の扱い方や、クマの追い方を教えてもらった」という。それもそのはず、たった2人だけでクマ撃ちのためにひたすら山の中を歩くシーンが映画の半分以上を占めるのだ。本番でも、麓から登りながら撮影を行ったため、カメラには演技を越えたリアルな表情が捉えられた。

クマを撃ちに雪山の中を進む礼二郎(寛一郎)と信行(杉田雷麟) ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
クマを撃ちに雪山の中を進む礼二郎(寛一郎)と信行(杉田雷麟) ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

杉田は2022年に公開された映画『山歌(サンカ)』に出演した際にも、クマ撃ちの儀式の意味を教わった。いまなお続くマタギの文化について「自然と共存しながら生きている人たちの最前線」であると感じ、「一種の憧れにも似た感情を抱いた」と振り返る。

杉田 クマを獲ったら肉を残さず食べて、剥いだ毛皮は、雪の上に座るときの尻当てにする。すべてを無駄なく使い、感謝するという姿勢は、尊敬すべきものだと素直に思いました。そうした文化に触れ、少しでもその空間に身を置くことができたのはありがたいです。

一方、礼二郎を演じた寛一郎も、すでに撮影の1年前から、猟友会の人たちと一緒に山に登らせてもらったという。「どうにかしてクマ撃ちの実感を得たい」と考えたからだ。

寛一郎 僕にも、自分で食べる物を自ら獲って暮らしている彼らに憧れる気持ちがありました。彼らがなぜマタギをやっているのか聞きたくて、「カッコいい!」と思えるような神秘的な答えを期待していたんです。でも、実際の彼らは「そんなのクマぶちゃあ(撃てば)いいんだよ」って(笑)。クマ狩りは自然と人間をつなぐ神聖なものですが、彼らにとっては生まれた時から生活の中に根付いて継承されてきたものなので、そこに理由はいらないんです。それでも彼らはクマ撃ちに喜びを感じるし、それが生き甲斐にもなっている。「家の習わしを受け継ぐ」という意味では、俳優業をやっている僕にも感覚的に分かるところがあって。礼二郎のキャラクターとも通じるところがありました。

獲物を狙う礼二郎の鋭いまなざしが印象的だ ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
獲物を狙う礼二郎の鋭いまなざしが印象的だ ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

山奥の撮影現場で深めた絆

撮影が行われたのは、実際にクマ狩りが行われる春先のこと。雪解け水により量も勢いも増した冷たい川を、狩猟道具を担いで礼二郎と信行が黙々と渡る場面は、ドキュメンタリー映画のようなリアリティがある。2人は口をそろえて「ビックリするくらい冷たかったですよ!」と声を大にしつつ、「カメラに映っていない撮影スタッフの方が、僕ら以上に大変だったと思いますけどね」と過酷な舞台裏を明かす。

杉田 僕らの荷物は役の持ち道具だけですが、スタッフさんは重い機材を担いで、毎日1時間以上かけて山道を歩いて現場まで行かなければいけない。みんなで同じ苦しみを味わいながら、一丸となって挑んだとも言えます。道中、前から後ろへ「雪が解けてきてるから気を付けて!」と情報共有したり、時にはくだらない話もしたりしながら…(笑)。で、いざ現場に着いたらそれぞれの持ち場でプロの仕事をしっかりこなす。みんなで一つの映画を作っている実感がありました。

クマ撃ちの儀式もリアルに再現されている ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
クマ撃ちの儀式もリアルに再現されている ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

劇中に登場するクマ撃ちの儀式の場面では、仕留めたクマの頭を北に向け、腹の上に一本の枝を乗せるなどして魂を鎮めた後、丁寧に解体していく様子もリアルに描かれる。最近はめったにクマが獲れなくなっているそうだが、事前に猟友会のメンバーが仕留めたクマを雪の中で保存してくれていたため、撮影には本物を使うことができたという。

寛一郎 撮影後、地元の方たちがクマ汁を現場に差し入れてくださったんですよ。キノコや豆腐、ネギがたっぷり入った醤油ベースのスープで煮込んであるんですが、新鮮だったから臭みもなくて、めちゃくちゃおいしかったです。

杉田 あれは本当においしかったなあ…。山菜の天ぷらとか、カタクリの漬物もすごくおいしくて。ロケ先で食べさせてもらった卵かけごはんの味も、シンプルなのに、なんとも言えないおいしさで…(笑)。

寛一郎 山形って、山だけじゃなく海もあるから食材が豊富なんですよ。パリパリじゃなくて、しっとりした海苔(のり)もおいしくて、みんなお土産に買ってましたね。

杉田 その海苔、僕も食べました! 海苔の層が重なっていて、食感もたまらないんですよ。

鉄砲を担ぎ冷たい川を渡る礼二郎と信行 ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
鉄砲を担ぎ冷たい川を渡る礼二郎と信行 ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

撮影現場に同行したスタッフが撮ったクマ汁の写真を一緒に見返しながら、山と海の恵みが味わえたロケ飯の話題で盛り上がる2人。自然と対峙する過酷な撮影を共に乗り越え、同じ釜の飯を食べたからなのか、共演者を越えた“同志”のようにも映る。

杉田 現場でも、本当に“お兄ちゃん”って感じで。

寛一郎 うそつけ(笑)!

杉田 いや、本当に。一緒にお風呂にも入ったし。

寛一郎 スーパー銭湯に行ったね。雪山をみんなで歩き、昼には握り飯を食べ、山を眺めていると、都内で撮影するより気持ちが穏やかになります。特に芝居について話したりするわけでもなく、たわいもない会話しか交わさなくても、毎朝5時、6時に出発して、トイレもない山中で撮影して、暗くなる前に帰ってくる。そんな生活を繰り返していれば、どうしたって距離も近くなりますよ。雷麟は撮影の時20歳だったと思うんですが、実年齢よりも大人っぽい。でも、接していくうちにだんだんシャイで年相応なところも見えてきて。かわいいヤツです。

「やりたいことが見つからない」若者へ

『プロミスト・ランド』は、自然と共に生きるマタギの文化をテーマにしながら、過疎化した町で閉塞感を抱きながら生きる若者が、置かれた環境にあらがい、自らの意志で生きる道を選び取っていく物語でもある。特に年若い信行が短い期間で大きな成長を遂げる姿がみずみずしく描かれている。

杉田 信行は最初、疑問や文句がありながらも、 流されるままに毎日を過ごしていました。それがクマ撃ちに行ってからは、同じことをやっていても、以前とは意識が変わっているんです。目に映る景色も違っているでしょう。

寛一郎 信行の場合は、礼二郎と実際にクマ撃ちに行ってみて、そこで“何か”を感じたんですよ。分かりやすくいったらそれは“マタギの血”なのかもしれない。言語化し得ないパワーを得て、彼は自分の道を決める。映画の冒頭に出てくる信行と、クマ撃ちに行った後の彼とは、同じように見えて全く違うんです。信行みたいに自問自答を繰り返していたら、答えが出るとまでは言わなくても、いつか自分から行動しようと思える時が来るような気がします。

信行は山で何を感じたのか ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
信行は山で何を感じたのか ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

劇中、悶々(もんもん)とする信行に、礼二郎は「人はやりたいことをやるようにできている」と諭す場面がある。自らの意志で俳優の道に進むことを選んだ2人は、自分の現在に引き寄せてこの言葉に何を感じるだろうか。

寛一郎 あの言葉はあくまで礼二郎の願望のような気がします。もしも本当に誰もがやりたいことだけやっていたら、この世界はすぐに回らなくなる。どう考えたって、みんなが自分のやりたいことができているわけではない。悲しいことに、自分の気持ちにうそをついて生きているからこそ、これだけ多くの人たちが心を病んだり、自ら命を絶ってしまったりもしているわけで…。令和の時代を生きる若者たちは、そもそも自分がやりたいことが見つからないという悩みを抱えているんです。ありがたいことに、僕はいまやりたいことができていますけど、何が本当にやりたいのか気付くまでには時間がかかりました。特にきっかけがあったというよりは、ずっと一番身近にある文化として、常にどこかで意識していたんでしょうね。

杉田 僕は子どもの頃から続けてきたサッカーを進学のタイミングで諦めて、俳優の道に進むことにしました。いまは芝居が自分の一番やりたいことではあるんですが、たとえ途中で変わったとしても、その都度ちゃんと自分の夢に向き合えていればいいと思うんです。僕が俳優を選んだ理由の一つは、いろんな職業が体験できるから。でも、いまのところ僕が演じてきた役は、一般的な職業に就いていないことの方が多くて。殺人犯とか…(笑)。これからも俳優だからこそ挑戦できる役に向き合っていきたいです。

インタビュー撮影:花井智子
[杉田雷麟] スタイリスト:青木沙織里、ヘアメイク:後田睦子
[寛一郎] スタイリスト:坂上真一(白山事務所)、ヘアメイク:AMANO
取材・文:渡邊玲子

©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

作品情報

  • 監督・脚本:飯島 将史
  • 原作:飯嶋 和一「プロミスト・ランド」(小学館文庫「汝ふたたび故郷へ帰れず」収載)
  • 出演:杉田 雷麟 寛一郎 / 三浦 誠己 占部 房子 渋川 清彦 / 小林 薫
  • 配給:マジックアワー/リトルモア
  • 製作国:日本
  • 製作年:2024年
  • 上映時間:89分
  • 公式サイト:promisedland-movie.jp/
  • 6月29日(土)ユーロスペースほか全国順次公開

予告編

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