映画『蛇の道』:主演・柴咲コウ、黒沢清監督が26年前の自作をフランスでリメイク
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黒沢清といえば、前作の『スパイの妻〈劇場版〉』(2020)がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)に輝くなど、海外で高く評価される監督。特にフランスで人気が高く、カンヌ国際映画祭の常連となり、数々の受賞歴を誇る。
2015年には、フランスのキャスト、スタッフ(一部はベルギー人)とパリ近郊で『ダゲレオタイプの女』を撮影している(公開は16年)。つい先日、フランス国家から芸術文化勲章「オフィシエ」を授与されたばかりだ。
そんな縁が新たに実を結んだのが本作。今からおよそ5年前、フランスの製作会社から自身の旧作をフランスでリメイクしてみないかと提案されたという。どの作品がよいかと問われ、ならばと即答したのが『蛇の道』だった。
オリジナルは哀川翔主演の“Vシネ”路線
ピンク映画『神田川淫乱戦争』(1983)で監督デビューした黒沢は、14年後の『CURE』(97)で一躍世界から注目を浴びるまで、テレビドラマやオリジナルビデオ(OV、東映のブランド“Vシネマ”で総称されることが多い)を主戦場に、“B級”と呼ばれるホラーやヤクザものを量産してきた。
元の『蛇の道』が作られたのは『CURE』の直後。『CURE』に続き大手の大映が製作し、2作はほとんど間をおかずに公開されることになった。だが劇場公開作品とはいうものの、『蛇の道』の成り立ちは、それまでのOV企画を受け継いだものとしてあった。
黒沢監督のOV作品といえば、95年から翌年にかけて6本リリースされた「勝手にしやがれ!!」シリーズが知られる。「Vシネマの帝王」こと哀川翔主演のコミカルな作品だ。続いて哀川主演のシリアス路線として企画されたのが「復讐」シリーズで、その延長でありつつ大映で製作されたうちの1本が『蛇の道』というわけだ。
物語はシリーズのテーマに沿って、幼い娘を惨殺された父親の復讐劇という形で展開する。ただし主役の哀川が演じるのは父親ではなく、復讐に燃える父・宮下(香川照之)に手を貸す新島なる人物だ。
東京都下を舞台に、2人は疑いのある男たちを次々と拉致し、倉庫のような場所に監禁、拷問して真犯人を突き止めようとする。自信のなさそうな宮下と対照的に冷徹な新島は、私塾で高等数学を教える謎めいた人物だ。拷問の合間に、倉庫から自転車で駅前の商店街にある教室へと向かう。
リメイク版の主人公はパリの日本人女医
2024年のリメイク版では、所変わってパリとその郊外が舞台。娘を殺された父親はアルベール・バシュレ(ダミアン・ボナール)というフランス人だ。オリジナル版のアイデアを引き継いで、どこか頼りなさが漂う。香川と違って大柄だが、気は弱そうで、迷いを感じさせる。機敏さに欠け、不器用なタイプだ。
一方、彼を手助けする主人公は日本人で、今回も姓は「新島」のままだが名は小夜子(さよこ)、つまり女性だ。ここにオリジナル版と大きく異なるリメイク版最大のチャレンジがある。小夜子はパリの病院に勤める日本人の心療内科医という設定だ。これを柴咲コウが演じる。
柴咲は、パリへの赴任で心を病んだ患者(西島秀俊)を診察したり、日本にいる夫(青木崇高)と画面越しに会話したりする場面以外、すべてフランス人のキャストを相手にフランス語のセリフで通してみせる。抑揚をあまりつけず、短いシンプルなフレーズでつなぐ話し方が、小夜子の冷徹な人物像を効果的に表している。
それもあって、フランス映画に多い、いわゆる会話劇にはならないのだが、唐突に起こる出来事であっても、その背景を短い言葉のやりとりで十分に察することができる。取って付けたような説明にはなっていないところが巧みだ。さまざまな映画的なアイデアはオリジナル版を踏襲していて、その仕掛けの妙が魅力的な画面と人物たちのアクションを際立たせ、シンプルなストーリーながら観客を引き込んでいく。
オリジナル版では、娘の殺害にヤクザが絡んでいた。今回はある財団の存在が背後に浮かび上がり、その元会計係(マチュー・アマルリック)や元幹部(グレゴワール・コラン)らがアルベールと小夜子のターゲットとなる。
事件の背後に隠された闇の深さには、21世紀ならではの時代性が反映されている。こうして現代的になった新たな設定を背景に、登場人物たちの間の探り合いや駆け引きが、オリジナルになかった人間ドラマの深さをもたらす。
日仏映画交流史の最前線
オリジナル版は黒沢監督がOVの「復讐シリーズ」でタッグを組んだ高橋洋の脚本。今回はこれを基に、監督自身が「変えるところは変え、変えないところは変えない」との姿勢で新たなストーリーに組み直していった。この「変える、変えない」のバランスにこそ、リメイクの意味があった。自作であったがゆえに、熟考せずとも直感的に選び取ることができ、それでいて選択には必然性があり、絶妙なバランスが保たれたというのだ。
そこに、黒沢清の過去から現在へと続く映画術の真髄が読み取れるに違いない。フランスの風土、キャスト、スタッフだからこそ、新たに生まれた要素もあったろう。映画を撮る行為とは、その時々の条件下で、いかに臨機応変に必然を選び取り、結果に結びつけていく行動の連続であるかがより鮮明に理解できる。
オリジナルとリメイク、時代と場所を隔てた2つの『蛇の道』を観ることで、黒沢が26年の歳月をかけて築き上げていったものと、彼の根底に流れ続ける不変のもの、この両面を読み解く貴重な体験ができるはずだ。
もちろん、オリジナル版を完全に脇に置いたまま、リメイク版だけで十分に楽しめる。まずはよけいなことを考えずに音と映像に没入し、不穏な空気の張りつめる113分を体験したい。
そのあとで、フランスと日本の映画界を結ぶ稀有な交流の歴史に思いを馳せてみるのもよいだろう。数々の映画人たちが直接・間接を問わず、ほぼ1世紀にわたり、共に情熱を注ぎ、知を交換し、友情を育んできた中で、今回の『蛇の道』はその到達点の1つであり、さらに新たなアクションへと結びつく起点ともなりそうだ。
作品情報
- 出演:
柴咲 コウ ダミアン・ボナール
マチュー・アマルリック グレゴワール・コラン 西島 秀俊
ヴィマラ・ポンス スリマヌ・ダジ 青木崇高 - 監督:黒沢 清
- 原案:『蛇の道』(1998年大映作品、脚本:高橋 洋)
- 脚本:黒沢 清 オレリアン・フェレンジ
- 撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ
- 編集:トマ・マルシャン
- 音楽:ニコラ・エレラ
- 製作:CINEFRANCE STUDIOS KADOKAWA
- 製作国:フランス 日本 ベルギー ルクセンブルク
- 製作年:2024年
- 配給:KADOKAWA
- 上映時間:113 分
- 公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/hebinomichi/
- 全国公開中!
予告編
バナー写真:フランス・日本・ベルギー・ルクセンブルク合作、黒沢清監督の映画『蛇の道』に主演の柴咲コウ © 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA