門脇麦が見た台湾映画の魅力 出演作『オールド・フォックス 11歳の選択』シャオ・ヤーチュエン監督と語る
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1980年代に「台湾ニューシネマ」のムーブメントを担った巨匠ホウ・シャオシェン。2023年に引退を発表した彼が、最後にプロデュースを務めた映画が『オールド・フォックス 11歳の選択』だ。
舞台は1989年秋。11歳の少年リャオジエは、亡き母の願いである理髪店を開業するため、家の購入を目指して、父のタイライと慎ましく暮らしていた。ところが、不動産価格の高騰でその望みは絶えかかる。大人の世界を知らないリャオジエの前に現れたのは、現在の家主で、町の有力者であるシャ社長だった。リャオジエはシャになつくようになるが、実直で人に優しい父とは対照的に、シャは他人を顧みることなく成功をつかんだ男。「シャに近づくな」と注意する父をよそに、リャオジエは思わぬ影響を受けていく……。
監督・脚本は、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)でホウの助監督を務め、今回が長編第4作となるシャオ・ヤーチュエン。骨太の物語、社会への鋭い目線、温かい人物描写で評価を高めており、本作では第60回金馬奨の最優秀監督賞に輝いた。
門脇麦、初の台湾映画に挑む
この作品で台湾映画に初進出したのが女優・門脇麦だ。以前から台湾映画の大ファンだったという彼女が演じたのは、リャオジエの父タイライの初恋の女性であるヤンジュンメイ役。現地で監督のイメージに合った役者が見つからないなか、ひょんなことから白羽の矢が立ったという。
シャオ・ヤーチュエン 以前から、ホウ監督に「機会があれば日本の方と仕事をしなさい」とよく言われていたんです。そうしたら今回、キャスティングの相談をしていたところ、プロデューサーの小坂史子さんに「日本の俳優はどうですか」と提案されました。僕は『浅草キッド』(21)を観ていたので、「ぜひ麦さんに」とお願いしたんです。
門脇 麦 私は台湾映画が昔から大好きなので、いつか出られたらいいなと思っていました。だけど、まさか台湾人の役でオファーが来るとは思いませんでした(笑)。
シャオ いったいどう思われるかと心配しました(笑)。しかも当時(21年)はまだ、コロナ禍のため日本と台湾の行き来も難しかった。脚本を読み、出演を決意してくださったことは本当にうれしかったですね。
―ヤンジュンメイは門脇さん自身から非常に遠い役ですが、そのギャップをどのように埋めましたか?
門脇 そうですね、せりふも中国語なので難しくて……。だけど、自分から遠い役は今までにもたくさん演じてきています。今回もたまたま中国語を話し、別の時代を生きている役というだけ。俳優としての心構えは同じで、人物の核心に自分がきちんと共感できるかどうかです。監督にも「せりふを上手にしゃべろうとするより、役の気持ちに集中すれば大丈夫」と助言をいただいたおかげで、彼女の心だけを意識して演じることができました。
―ジュンメイ役の「核心」はどのように見つけたのでしょうか。
門脇 衣装とメイクの力が大きいですね。脚本を読んで想像していた以上に着飾っていたので、懸命に背伸びをしている女性だと思ったんです。経済的余裕はあるのに、孤独で、タイライへの思いも残っている。扮装(ふんそう)した自分を見て、「かわいそうな人だな」と感じたことがキーでした。
門脇麦は「とても成熟した役者」
―監督は門脇さんの第一印象と、実際にお仕事をされた印象はいかがでしたか?
シャオ 『浅草キッド』を観たとき、非常にまなざしが力強い方だと思いましたが、今回も素晴らしい視線を見せてくださいました。ジュンメイは自分の孤独や傷を言葉で語らない役なので、麦さんが目で表現してくださったんです。カメラマンや編集マンとも「いい目だね」と話していました。
―撮影現場ではどんな話し合いをされましたか?
門脇 役づくりを任せてくださったので、特別な話し合いはなかったですね。
シャオ 撮影が始まる前、時代設定や役柄についての手紙をお送りしたんですが、その内容をきちんと把握されていたので、現場であれこれと話す必要はありませんでした。「裕福な家に生まれ、奔放に育ったから少しわがままで……」と再度お伝えしたら、あとはご自身の解釈で演じてくださった。とても成熟した役者さんだと思います。
―ジュンメイは物語上の立ち位置がやや特殊ですし、日本人の門脇さんが演じたからか、どこか異質な印象もあります。
シャオ ジュンメイとタイライは同じ中学に通っていたので、昔は社会のなかで同じ階層に属していました。けれど大人になったら、彼女が幸せかそうでないかは別にして、明らかな階層差がついてしまった。そんな異質さもあるのかもしれません。
門脇 映画を観たとき、ジュンメイの出番は多くないのに、彼女がどんな人間で、彼女と関わるタイライがどんな人なのかがより深く理解できたんです。リャオジエ少年に影響を与える役ではありませんが、タイライの人格を語る上で欠かせない女性ですね。
台湾映画にあって日本映画にないもの
―門脇さんにとって台湾映画の魅力とは?
門脇 私はホウ・シャオシェン監督の作品など、台湾ニューシネマの映画が好きなんです。台湾という土地や、歴史と社会の問題が映画から決して切り離せない、台湾でなければ撮れなかったような作品がとても多いですよね。台湾のリアルを知らない私でも、当時のリアリティや生々しさを感じられるような。
シャオ ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンら台湾ニューシネマの監督は、当時の台湾の現実や、人びとのリアルな生活を描こうとした初めての世代でした。それ以前は教育映画やメロドラマなど、観客の実生活から遠い映画が多かったんですよ。僕たちも、台湾の地や台湾人の生活に向き合うことを彼らの世代に学びました。
門脇 台湾で映画を作っている人たちには、台湾についての思想や文化がそれ以前の世代からきちんと引き継がれているように思うんです。それって、日本にはあまりないことのような気がして……。日本は終戦から80年近く経ちますが、私も含め、若い役者がそういう日本で起きた出来事を日々肌で感じながら生きているのかといえば、「そういう俳優がたくさんいます」とは胸を張って言えないかもしれません。
―その点で台湾は、国民党による言論弾圧が行われた戒厳令の解除から40年と経っていません。歴史的事柄との距離感が、映画製作に与える影響も大きいのでしょうか。
シャオ そうですね……。(と少し考えて)歴史もそうですが、台湾という場所は、今でも中国の存在が切実につきまといます。自らの土地や社会を語るうえで、また僕たちが映画を撮りながら生きていくうえで、中国は決して無視できないし、そのことに向き合うのは難しさも伴うもの。自分たちの歴史を振り返るだけでさえ、中国の影響はありますから。
―作風などの面で台湾ニューシネマ世代から受けた影響はありますか? 本作でも台湾の街や文化を丁寧に撮っていますし、食事や料理の撮り方にもこだわりが見えます。
シャオ そうした影響は特にないですが、文化や物事の見方はやはり近いですよね。食事のシーンで言えば、人は自宅の外、すなわち公の場ではほとんど本音を語らないものです。なぜなら本音を口にすれば、矛盾が起きたり、他人と衝突したりするから。にもかかわらず、食事の時間はそんな事件が起こりやすい。僕は「人の本音が出るのは食卓か車内だ」と考えているので、その2つの場面にこだわるんです。それは台湾ニューシネマ世代の影響というより、僕らと先輩方、両方の世代に共通する文化だと思いますね。
―残念ながら日本公開作品はまだ少ないものの、監督の過去作は硬派な作風で、社会や歴史への確かな視線があります。その一方、監督はCMディレクターでもありますが、創作のモチベーションはどこにあるのでしょうか?
シャオ 僕が映画を撮る動機は、自分の価値観や、その時々の葛藤です。複雑な物語と人間関係を描きたい思いもあります。しかし、前作の『范保德(原題)』(18)は、台湾でもあまり受け入れられずにとても苦労しました。CMの世界で長年クライアントのことを考えてきたぶん、「映画ではそういうことは考えないぞ」と思い、観客のことをまるで考えずに作りたいものを作った結果、本当に大変な思いをしたんです。もちろん、僕も作り手としては観客に届くものを作りたい。しかし、そのために自分の意志を歪めたくはない。今回はまさに葛藤しながら、過去の自分から変わろうと懸命に努力した作品でした。
台湾映画進出で見えたアジア映画の可能性
―門脇さんは台湾映画への出演を経て、新たに挑戦したいことや、今後の可能性は発見されましたか。
門脇 これは私だけの話ではないのですが、日本の俳優が海外作品に出る場合、今までは観光客の役や現地で働く日本人の役がどうしても多かったですよね。だけど今回、私が台湾人を演じても、現地から「彼女は台湾人に見えない」という声はあまりなかったそうなんです。日本の俳優が日本人の役でなく、台湾人の役を演じられるのはアジアならでは。日本では海外進出といえばハリウッドのイメージが強いですが、アジアでのお仕事にはいろんな可能性があると思いました。俳優だけでなく、監督やカメラマン、スタッフもどんどん行き来できるようになればいいなって。
―お互いの行き来が活発になれば、日本映画にもまた新しい可能性が生まれますよね。
門脇 台湾映画を観ていると、「こんなに美しい画をどうやって撮るんだろう?」と思うことがあるんですよ。だから台湾のカメラマンがもしも日本映画を撮ったら、きっとまた違う映像になるはず。お互いの交流ができれば楽しいはずなので、今回のような映画がもっと増えてほしいですね。
―門脇さんをきっかけに、本作で台湾映画を初めて観る方がいると思います。最後に、そういった方々に“2本目の台湾映画”として薦めたい作品はありますか?
門脇 どうしようかな……(笑)。“子どもつながり”で言えば、エドワード・ヤン監督『ヤンヤン 夏の想い出』(00)でしょうか。個人的には『先に愛した人』(18)も素晴らしかったです。台湾映画にもいろいろなジャンルがあるので、この『オールド・フォックス 11歳の選択』を通じて、別の好きな作品にも出会ってもらえたらうれしいですね。
インタビュー撮影:花井智子
[門脇麦]ヘア&メイク:秋鹿裕子(W)、スタイリング:渡邉恵子(KIND)
衣装提供:DOUBLE STANDARD CLOTHING(フィルム)、ABISTE
取材・文:稲垣貴俊
作品情報
- 出演:バイ・ルンイン(白潤音)、リウ・グァンティン(劉冠廷)、アキオ・チェン(陳慕義)、ユージェニー・リウ(劉奕兒)、門脇 麦
- 監督:シャオ・ヤーチュエン(蕭雅全)
- 脚本:シャオ・ヤーチュエン チャン・イーウェン(詹毅文)
- 音楽:クリス・ホウ(侯志堅)
- サウンドデザイン:ドウ・ドウチ(杜篤之)、ジャン・イーチェン(江宜真)
- 撮影:リン・チャーチァン(林哲強)
- 美術:ワン・チーチェン(王誌成)
- 製作年:2023年
- 製作国(地域):台湾・日本
- 上映時間:112分
- 配給:東映ビデオ
- 公式サイト:oldfox11.com/
- 6月14日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開