台湾映画スター、シュー・グァンハンの実像に迫る:日台合作『青春18×2 君へと続く道』公開に向けて来日
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2023年、台湾で一本の映画がスマッシュヒットを記録した。『僕と幽霊が家族になった件』は、ノンケの警官とゲイの幽霊が、古くからの風習「冥婚」のために結婚しなければならなくなるコメディ。台湾映画として年間No.1、歴代7位の興行収入を達成したこの映画で主演を務めたのがシュー・グァンハン(許光漢)だった。
大学時代にモデルからキャリアをスタートさせたシューが、俳優としての注目を浴びたきっかけは、脳に障がいを抱える青年という難役を演じたテレビドラマ『先生、本当の恋って?』(16)。その後、主演ドラマ『時をかける愛』(19~20)で一躍ブレイクした。
日本と台湾、ふたつの土地で
そんなシューにとって、日台合作映画『青春18×2 君へと続く道』は、自らの存在と演技力を日本の観客に広く知らしめる初めての機会。『時をかける愛』や『僕と幽霊が家族になった件』は、日本でもアジア・台湾作品のファンから高い人気を得ているが、残念ながら広い観客層にはなかなか届いていないのだ。
監督・脚本は『余命10年』(22)の藤井道人。シューとともにW主演を務めた清原果耶をはじめ、共演者には日本から道枝駿佑、黒木華、松重豊、黒木瞳という豪華な顔ぶれが揃った。
シュー演じる主人公のジミーは、青春時代の約束を果たすため、鈍行列車で日本を旅する36歳。自身の設立した会社を追い出され、人生に行き詰まるなか、18年前に出会った日本人バックパッカー・アミとの初恋を回想してゆく。
物語は、36歳のジミーが旅の途中で人びとと出会い別れる2024年のパートと、18歳のジミーがアミへの思いに身を焦がす2006年のパートが交互に展開。全編出ずっぱりのシューは、撮影のため約1ヶ月にわたり日本に滞在した。過去に東京や大阪、京都を訪れた経験はあったものの、今回は初めての土地へいくつも足を運んだという。
「日本で撮ったシーンはどれも気に入っています。長野県松本市、福島県只見町は特に思い出深いですね。松本は静かで、水が清らか。只見はとにかく自然が美しく、湖や山を眺めながら『なんて詩的な風景なんだろう』と思いました。仕事であちこちを旅することができるのは役者のいいところですね(笑)」
白眉のシーンは、JR東日本による協力のもと長野県の飯山線で撮影された雪景色。「壮大で美しく、感動的でした」と振り返るが、撮影は実際に走行している電車のなかで敢行されたため、撮影スケジュールは非常にタイトだった。
「幸次役の道枝(駿佑)さんとは、電車での出会いのシーンを撮るときが本当の初対面でしたし、僕は電車に乗って次の撮影地に向かわなければならず、ホームでの別れのシーンの撮影が終わったらそのままお別れ。まるでフェイクドキュメンタリー映画を撮っているような気持ちになりました」
ちなみに、「ジミーが旅する様子をすべて記録しているようだった」という日本での撮影に対し、台湾では「大勢の友人たちと映画を撮っている雰囲気」。撮影は主に台南で実施された。
「台南には何度も行ったことがありますが、まだ台南の夜市に行ったことがなかったので、撮影で行けたのはすごく嬉しかったですね。また、ジミーとアミが夜景を見る展望台もポイント。高雄で撮影したシーンですが、台湾南部の美しい景色に注目してもらえればと思います」
ひとつの役柄、ふたつの年代を演じ分ける
もの静かで憂いを帯びた36歳と、恋に夢中の18歳。2つの年代を演じ分けたシューの演技は、それ自体が映画の推進力になっている。
監督の藤井は、シューとの初対面から「この人なら18歳と36歳を両方演じられる」と半ば確信していたそうだ。「脚本の執筆中にイメージしていた、静かさのなかに情熱があふれる人物像に重なるところがあったから」
1990年生まれのシューは今年34歳。実年齢に近いため、36歳のジミーは心境的にも近い部分があったという。むしろ18歳を演じるほうが、彼にとっては大きなチャレンジだった。出世作『時をかける愛』もふたつの時代にまたがる物語で、27歳の青年と18歳の高校生の二役を演じていたからだ。
「ビジュアル面を含め、いかに自分の新しい面を見せられるか試行錯誤しました。18歳のジミーは元気があるけれど、どこか優柔不断で不安定なキャラクター。僕自身は彼よりも素直でまっすぐな性格だったので、そこは似ていませんね(笑)」
一人二役とも言える鮮やかな演じ分けを、藤井は「本当にいろんな変化を見せてくれて感動した」と称える。もっともシューいわく、演技のヒントは劇中にあったそうだ。
「上映時間が5時間あったら、36歳になるまでのジミーが何をしていたのかを僕も見てみたかった(笑)。けれど、物語に散りばめられたエピソードや回想から『ジミーはこうやって成長したんだな』という情報をつかむことはできました。どの場面も決して長くはありませんが、とても丁寧に作られています」
「大人の魂が宿った映画」
脚本を読んだとき、シューは自らと36歳のジミーに共通する大きなポイントを発見したという。それは「旅が好きで、旅を通して自分自身を再発見し、旅によって癒されるところ」。このテーマに惹(ひ)かれたことが、本作への出演を引き受けた理由のひとつだった。
「36歳のジミーには、旅に出る勇気、今まで向き合えなかったことに向き合う勇気があります。自分の青春とはどんなものだったのか、そのピースを集めてはパズルのように組み立てながら青春を再び体験し、そして成長していくんです」
シューは「この映画は青春物語、ラブストーリーでありつつ、大人の魂が宿った作品。旅とは何か、過去を振り返ることがどんな機会を与えてくれるのかを教えてくれる」と語る。物語のキーワードである、「旅は何が起こるのかわからないから面白い」という台詞(せりふ)には、「これこそ旅の醍醐味」と強く共感したそうだ。
「旅先では初めての風景を目にし、いろんな人びとや出来事に出会い、さまざまなものを受け取りますよね。大きな影響を受け、考え方が変わることさえある。僕にとって、この映画はまさに旅そのもの。本当に楽しかったし、いろんなことを学ぶことができました」
俳優のプロフェッショナルとして
インタビューのみならず、今回取材した記者会見や舞台挨拶の受け答えから感じられたのは、俳優シュー・グァンハンの“仕事”に対するストイックな姿勢だ。
過去には台湾メディアの取材で、「俳優という仕事には全力を尽くせる」「代表作に恵まれなくとも役者を続けていたはず」と語り、本作の記者会見でも「撮影と同じくらいプロモーションも一生懸命やりたい」と宣言。事実、台湾では30回以上におよぶ舞台挨拶に立った。
ラブストーリーからコメディ、サスペンス、社会派ドラマなど、出演作品のスケールやジャンルも幅広いが、作品選びの基準も「特に決めていない」という。「シンプルに脚本が面白いかどうか。あるいは今までに演じたことのない、自分が挑戦できる役柄かどうかです」
この映画への出演を決めたのも、脚本のテーマのみならず、「以前から国際プロジェクトに参加してみたかったから。また、日本語での演技をやり遂げられるかに興味が湧いたから」だった。
「日本語は撮影が始まる前に数週間かけて練習しました。監督から『訛(なま)りはあってもいいけれど、なるべく日本人と同じ発音でしゃべってほしい』と言われていましたし、僕自身もなるべくきれいな日本語をしゃべりたかったんです。僕の日本語が下手なせいで、共演者の方々の演技に悪影響を与えてはいけないので」
その真摯な性格を物語るエピソードがひとつある。アジアでの「新・国民的彼氏」という異名について、台湾メディアにて「そう呼ぶのはやめてほしい」と冗談まじりに話したことがあったのだ。「僕はそんなにいいものじゃない。人間にはいろんな面があり、僕にも欠点はたくさんあります。別の一面やダークサイドを見てほしい」と。
そこで今回、「ご自身のダークサイドについてもう少し教えてください」と問いかけてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「人間いつも順風満帆とはいきませんよね。挫折したとき、うまくいかないときはどうしても明るく振る舞えない。そんな時にこそ『なぜこうなったのか、自分の悪いところはどこなのか、自分が何を考えているのか』を徹底的に掘り下げるところに、僕のダークサイド、つまり闇の部分はある気がします。けれど、そういう暗闇を味わい、そこから抜け出すことを経験しなければ、本当の明るさを知ることはできないと思うんです」
こうした内省的な一面は、きっと36歳のジミーの演技にも活かされたはず。作品ごとに別人のような表情を見せる、シューの確かな演技力を支える部分に違いない。
2024年、シューは本作のほか、殺人鬼役を演じた韓国ドラマ『No Way Out(英題)』や、『僕と幽霊が家族になった件』のスピンオフドラマ『正港支店(原題)』が待機中。日台合作映画、韓国作品、Netflixシリーズとボーダレスに活躍することで、いまや台湾映画・ドラマ全体の顔ともなりつつある。
きっと日本でも、『青春18×2 君へと続く道』をきっかけに台湾文化に触れ、台湾映画に興味を持つ観客が少なからず出てくるだろう。
では、本作の次に観てほしい台湾映画は? 最後にそう尋ねると、シューは「何がいいでしょうね……」としばらく考えてから、「素晴らしい映画はたくさんありますが、僕がひとつ選ぶなら『ひとつの太陽』(19)です」と答えてくれた。ある家族の崩壊と再生を描き、“台湾のアカデミー賞”こと金馬奨で5部門に輝いた名作で、シューは心優しい長男役を演じている。「チョン・モンホン監督の映画はすごくいい作品ばかり。日本の皆さんにもぜひ観てほしいですね」
インタビュー撮影:花井智子
取材・文:稲垣貴俊
[参考資料]
【GQ HYPE】不要再叫他國民男友了,許光漢:「我真的沒那麼好啦!」(GQ)