映画『パスト ライブス/再会』:時間と空間を超える愛、セリーヌ・ソン監督が語る
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午前4時、ニューヨークのバーで、アジア系の男女と白人男性の3人が並んで座っている。その様子を遠巻きに見ている別の男女が「どういう3人だと思う?」と噂し合っていると、話題の中心である女性・ノラ(グレタ・リー)がゆっくりとこちらを向く──。
映画『パスト ライブス/再会』のファーストシーンは、監督・脚本のセリーヌ・ソンがほんの数年前に経験したことをそのまま反映したものだ。とある衝撃的な体験をきっかけに、本作のストーリーは生まれたという。
「ニューヨークのバーで、子どもの頃に好きだった人と、一緒に暮らしているアメリカ人の夫に挟まれて座ったことがありました。2人は英語と韓国語を話すので、私が通訳して互いの文化を説明したんです。その時、自分自身の時間がメチャクチャになっているような気がしました。自らの過去や現在、未来と一緒に酒を飲んでいるような感じ──2人の自分、2つのアイデンティティの架け橋になっていると感じたのです」
24年前の韓国。12歳の少女・ナヨンと少年・ヘソンは、お互いに淡い恋心を抱いていた。しかし、ナヨンは家族の事情でカナダに移住し、名前を英語名のノラに改める。
それから12年後、若手劇作家となったノラは夢を叶えるためニューヨークに移住していた。一方のヘソン(ユ・テオ)は韓国で大学を卒業し、兵役を終えて就職。2人は異なる土地でまったく別の人生を歩んでいたが、ひょんなことからFacebookを通じて再会する。
時間と空間を超える「愛」
24年前から12年前、そして現在。『パスト ライブス/再会』は、12年×2=24年という歳月を越えた男女の物語だ。「7年ごとでは短すぎたし、20年ごとでは長すぎました。“12”という数字はとても美しいと思ったのです」とソンは言う。
「“時間”とは主観的なもの。人生をゆく道であり、個人の視点そのものです。だからこそ12年もの時間がまたたく間に過ぎ去り、時にはたった2分間を永遠のように感じることがある。けれど、いかに私たちが主観的な時間を生きていても、時間そのものを止めることは誰にもできません。今この瞬間も時間は流れつづけ、人は1分ごとに歳をとり、以前とは異なる人間へ変化しているのです。
そして、あらゆるものが時間とともに変化するように、愛もまた変化していきます。人生の時々で、愛は異なる意味を持っているもの。この映画では、愛がいかに持続し、いかに変わってゆくのかを描きました」
もうひとつのテーマは、韓国・カナダ・アメリカと自身も移住を繰り返してきたソン監督の経験が反映された、移民としてのアイデンティティだ。
「人は誰もが時間と空間を移動しながら生きていますが、ノラは国境を超えて移動したことで自分自身と人生をがらりと変えてしまいました。いうなれば、完全なる別人になったのです。バイリンガルであるノラは、2つの言語を話し、2つの文化を生きている。異なる文化と言語のもとに生まれ育った2人の男性に愛され、2つの言語で愛を理解することができます」
12年前のノラとヘソンは、Skypeのビデオ通話越しに連絡を取り合いながら、とうとう再会することができなかった。現在、ノラにはアーサー(ジョン・マガロ)というアメリカ人作家の夫がいる。
リアルな演技を支える演出
見どころのひとつは、ノラ役のグレタ・リー、ヘソン役のユ・テオ、アーサー役のジョン・マガロが織りなす、ドキュメンタリーのごとくリアルな演技のやり取りだ。ソンは俳優それぞれと脚本について綿密に話し合い、時にはさまざまな戦略を立ててシーンの演出に臨んだ。
たとえば、12年前のノラとヘソンがSkypeでビデオ通話をするシーンでは、リーとユの演技を別々に撮るのではなく、部屋のセットを2つ用意。双方をケーブルでつなぎ、お互いの演技をリアルタイムで撮影している。
「重要かつエモーショナルな場面なので、2人にはリアルな感情で演じてほしかったのです。こだわったのは、まだ接続が安定しなかった頃のSkypeを再現すること。今では当時ほどの問題があまり起こらないし、あのイライラを言葉で説明することは難しいので、当時の感覚を俳優の演技だけに頼って再現するのは難しいと考えました。
そこで、部屋同士を結んだケーブルに仕掛けを施し、思うままに接続不良を起こせるようにしたのです。撮影中は私が操作していたので、2人はいつ画面がフリーズし、音声が遅延するかを知らなかった。だから彼女たちは本気でイライラしていたんですよ(笑)」
愛すべき「男らしさ」
もうひとつの演出的戦略は、ヘソンとアーサーが初めて顔を合わせるシーンの撮影まで、演じるユとマガロを本当に会わせなかったことだ。2人はリハーサルの段階から別々に準備をおこない、その両方にノラ役のリーが参加するというスタイルが採られた。マガロも台本を読み返す際、ノラとヘソンのシーンを読まないように気をつけていたという。
ソンは「リハーサルのたび、グレタには一緒に演技をした相手の俳優のことを、もうひとりの俳優に話してもらいました」と話す。この作戦はみごと効果を発揮し、ユとマガロはお互いへの競争心をうまく抱くことができたそうだ。
ただし、この映画は単純な三角関係をめぐるラブストーリーではない。本作を「大人になるために最善を尽くす3人の物語」と形容するソンは、ヘソンとアーサーを、繊細ではあるが冷静で思慮深い男性として描いた。
「ヘソンとアーサーは、それぞれノラの異なる部分を知っています。愛するノラをより深く知るための鍵が、自分ではなく相手の男性であることもわかっている。お互いに自分が知らないことを相手が知っている状況ですが、彼らが怒りや嫉妬心をあらわにすることはありません。むしろ2人そろって、愛する女性の知らない部分を知ろうとするのです。
私はこの物語で、男女にかかわらず自分が好ましく思える人物像を描こうと思いました。時に“男らしさ”は野蛮さで語られますが、私にとっての“男らしさ”は愛すべきもの。自分の弱さや思いを横に置き、大切な人に寄り添えることも“男らしさ”です。他者を深く思いやり、相手をケアする男性は、たとえ世界を救わなくとも日常レベルのヒーローだと思います」
永遠のような2分間
映画のクライマックスには、ヘソンとノラがUberの車をただ待っている場面がある。「“時間”とは主観的なもの。時にはたった2分間を永遠のように感じる」──そう語ったソンは、脚本を執筆した段階から、車が到着するまでの時間を「2分」と決めていた。
「実際に2分間がどれほどの重みをもつのか、脚本の時点ではわからず、またわかりたくないとも思っていました。やはり、大切なのは“時間”の矛盾なのです。2分という時間を、長すぎるようにも、また短すぎるようにも感じてほしかった。撮影現場では私が車の合図を出すことになっていたので、そのタイミングは自分にしかわかりませんでした。結局は、私自身も自分の感覚を頼りにするしかなかったのです」
観客が味わうのは、映画にこめられた沈黙と静寂の力だ。ソンは「沈黙もまたコミュニケーションの手段。感情のつながりを表現できる、最も強力な言語のひとつ」だといい、「脚本の全編に散りばめた“沈黙”と“リズム”を守り抜くことを大切にした」と話す。
「私にとって、映画とは音楽のようなもの。つねに時間に基づき、感情を含むすべてが音楽のように流れてゆくべきだと考えています。けれども時間と同じで、沈黙や静寂もまた主観的なものです。だからこそ観客は、沈黙を気にかけ、息を呑みながら見つめてくれる。そして、その沈黙について語ってくれるのだと思います」
ソンが究極的に目指したのは、現実と同じように時間と沈黙の重みを感じられる映画だった。「ノラとヘソンにとって、その“沈黙”はなんだったのか、どんな意味があったのか。最後には観客の皆さんにも伝わると信じています」
取材・文:稲垣貴俊
作品情報
- 監督・脚本:セリーヌ・ソン
- 出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
- 製作年:2023年
- 製作国:アメリカ・韓国
- 上映時間:106分
- 配給:ハピネットファントム・スタジオ
- 公式サイト:happinet-phantom.com/pastlives
- 4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
予告編
バナー写真:映画『パスト ライブス/再会』より Copyright 2022 © Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved