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映画『四月になれば彼女は』:圧倒的なエモーションと映像で紡ぐ「愛」の消失

Cinema

「結婚して2年で、愛は情に変わる」──。映画『四月になれば彼女は』は、川村元気の同名小説に基づくラブストーリー。“恋愛なき時代”に、愛とは何か、いかに変化していくのかを、ひとりの精神科医とふたりの女性を軸に描いた物語だ。寂しくも情熱的な恋愛映画である。

「愛」はどこに消えたのか

「あのときの私には、自分よりも大切な人がいた。それが永遠に続くものだと信じていた」。精神科医の藤代俊(佐藤健)のもとに、大学時代の恋人である伊予田春(森七菜)から10年ぶりに手紙が届いた。写真部の後輩だった春は、写真を撮りながら海外を旅しており、ちょうどウユニ塩湖にいるという。

藤代には婚約者がいた。動物園に勤務する獣医の坂本弥生(長澤まさみ)だ。ふたりはすでに同棲生活を始めており、穏やかな日常を送りながら、結婚に向けての準備を着実に進めていた。ところがある夜、弥生は藤代にこう問いかける。「愛を終わらせない方法、それはなんでしょう?」

翌朝、弥生は突如失踪した。朝食の準備をしている藤代が弥生の寝室に声をかけても返事はなく、部屋はもぬけの殻。行方のわからぬまま時間が過ぎるなか、藤代は弥生を探すと同時に、春との初恋の記憶をたどってゆく。永遠であるはずだった愛や恋は、なぜ、どこへ消えてしまったのか──。

大学時代の藤代と春。別れて以来、ふたりは連絡を取り合っていなかった ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
大学時代の藤代と春。別れて以来、ふたりは連絡を取り合っていなかった ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

原作者の川村元気は、『怪物』(23)や『ラストレター』(20)『寄生獣』2部作(14~15)など数々のヒット作を世に送り出してきた映画プロデューサー。小説家として『世界から猫が消えたなら』や『億男』『百花』(22年に自らの手で映画化)などを発表してきた。

原作『四月になれば彼女は』は、川村が2016年に発表した3作目の長編小説で、映画化の話は刊行当時から存在したという。今回、監督に87年生まれの山田智和、出演者に89年生まれの佐藤健と87年生まれの長澤まさみ、撮影に88年生まれの今村圭佑という、藤代や弥生と同じ30代のクリエイターが揃うかたちで企画が実現した。

藤代との結婚を控えた弥生だが、過去にも婚約破棄の経験がある ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
藤代との結婚を控えた弥生だが、過去にも婚約破棄の経験がある ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

小説から映画へ、大胆な脚色の妙

映画化のポイントは、川村自身も脚本に参加したうえで大胆な脚色が施されたことだ。全体の構成を変更し、登場人物も整理したことで、この物語が藤代・弥生・春のラブストーリーであることが際立った。弥生の失踪と春の手紙をめぐるミステリーとしての性質も強まっている。あとから原作を読むと、弥生の妹・純と藤代の関係や、友人であるタスクの人物造形の違いに驚かされることだろう。

小説ならではの“言葉だけが物語を推進する”ストーリーテリングも、本作では“映像こそが物語を推進する”という映画ならではの語り口に置き換えられている。冒頭、春の乗る車がウユニ塩湖を走り、手紙のモノローグが重なってくる美しいファーストシーンからそのことは明らかだ。これに続くのが、藤代と弥生が結婚式場を訪れ、ふたりで自宅へ帰っていくシークエンスと、そして穏やかな同棲生活である。

ウユニ(上)、プラハ、アイスランド(下)の美しい風景も見どころだ ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
ウユニ(上)、プラハ、アイスランド(下)の美しい風景も見どころだ ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

「結婚したら2年で愛は情に変わる」──弥生の読み上げる言葉が示唆するように、藤代と弥生の同棲生活には、“日常”のすさまじい引力が見え隠れする。朝、藤代はまだ寝ている弥生に何ひとつ確認することなく食パンを2枚焼くのだ。そこに特別な言葉は必要ない。

米津玄師「Lemon」や宇多田ヒカル「何色でもない花」、あいみょん「マリーゴールド」などのミュージックビデオを演出してきた監督の山田は、こうした映像と芝居の力で、何気ない場面からも「愛はどこに消えたのか?」という作品の核心をあぶり出す。雄大な自然から微細な表情の変化までを鮮やかにとらえる今村圭佑の撮影と、細部まで作り込まれた美術と照明による“一瞬の画”の積み重ねは、いわば映画版『四月になれば彼女は』の“文体”というべきものだ。

したがって奇妙なことに、この映画は小説原作にもかかわらず、意外なほど台詞(せりふ)に頼っていない。ときに愛を語る言葉は白々しく聞こえもするが、それ以上に大切なものが言葉以外──それは人物の視線や距離であったり、ふたりの間にある空気であったりする──に宿っていることを映像のほうが雄弁に物語るのだ。

藤代が読んでいるのは、ダスティン・ホフマン主演『卒業』(67)の原作小説だ ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
藤代が読んでいるのは、ダスティン・ホフマン主演『卒業』(67)の原作小説だ ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

巨大な空洞とエモーション

婚約者である弥生との現在と過去、10年前の春との初恋、そして遠く海外から届けられる春の手紙──4つの時系列が錯綜する物語の中央に存在するのが主人公の藤代である。原作でも言及されるように、藤代は周囲から見て、しばしば何を考えているのかわからないようなキャラクター。演じる佐藤健は、個性に富んだ登場人物たちのなかで、藤代という巨大な“空洞”を体現した。

弥生が失踪した後、藤代は頼るあてもなく弥生の妹・純(河合優実)を訪ね、しばしば親友のタスク(仲野太賀)が営むバーで酒を飲む。純とタスクは藤代に厳しい言葉を投げかけるが、それらが藤代に響いているのかは判然としない。そのとき、藤代の言葉自体にはやはり大きな意味がこもっていないのだ。

しかし監督の山田は、そんな藤代という“空洞”からとめどない感情があふれる瞬間をとりわけ大切に撮る。藤代と春が朝日を見るために歩く長回しと、(具体的には記さないが)藤代が力のかぎり疾走する2つのシーンは、まるで「映画とはアクションとエモーションである」と言わんばかり。映画が劇的に動き出すときは、藤井風による主題歌のタイトルよろしく、必ず藤代という“空洞”にエモーションが「満ちてゆく」のである。

写真の現像に訪れた暗室で、藤代は思わぬ事実を知る ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
写真の現像に訪れた暗室で、藤代は思わぬ事実を知る ©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

ここで特筆しておくべきは、原作に登場しない唯一の映画オリジナルキャラクターである、春の父・衛(まもる)だ。登場シーンこそわずかだが、演じる竹野内豊は、藤代と対になる“空洞”としての衛の孤独と狂気を異質の存在感で表現した。では、衛という空洞は何によって満たされているのか?

一見低体温で醒めているようにも思える本作だが、ラストに至っては、実はきわめて情熱的な愛の物語だったことがわかる。原作小説だけでは気づかないような側面が浮き彫りになったのは、まぎれもなく、画とエモーションで物語を語りきった演出・翻案の勝利だろう。原作者の川村がプロデューサーとして手がけた、『君の名は。』(16)や『天気の子』(19)など新海誠作品との間にも類似性を見出だせるのは偶然か、それとも必然だろうか。

一般に小説の映画化といえば、異なるメディアで同じ物語を紡ぐものになることが少なくない。そうしたなかで本作は、川村の小説を起点に、はっきりと新たなストーリーテリングとなった。けれどもこれは、明らかに原作が描いた『四月になれば彼女は』の物語でもある──その卓越した両立は、小説にとっても、映画にとっても幸福な結果ではないか。

©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

©2024「四月になれば彼女は」製作委員会
©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

作品情報

  • 出演:
    佐藤 健 長澤 まさみ 森 七菜
    仲野 太賀 中島 歩 河合 優実 ともさか りえ
    竹野内 豊
  • 原作:川村 元気「四月なれば彼女は」(文春文庫)
    ※発行部数:45万部
  • 監督:山田 智和
  • 脚本:木戸 雄一郎 山田 智和 川村 元気
  • 撮影:今村 圭佑
  • 音楽:小林 武史
  • 主題歌:藤井 風「満ちてゆく」
  • 製作年:2024年
  • 製作国:日本
  • 配給:東宝
  • 上映時間:108分
  • 公式サイト:4gatsu-movie.toho.co.jp/
  • 全国東宝系にて公開中

予告編

バナー写真:映画『四月になれば彼女は』/©2024「四月になれば彼女は」製作委員会

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