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映画『新宿タイガー』:俺の人生はシネマと美女と夢とロマン

文化 Cinema

2019年3月公開の映画『新宿タイガー』は、新宿きっての名物男「新宿タイガー」の正体を探りながら、独自のカルチャーを生み出してきた新宿という多様性の街の魅力を浮き彫りにするドキュメンタリー。新宿タイガー本人と佐藤慶紀監督に話を聞いた。

佐藤 慶紀 SATÔ Yoshinori

1975年愛知県生まれ。米国の南カリフォルニア大学映画制作学科卒業。 フリーランスのテレビディレクターとして働きながら、自主映画を撮り続ける。家庭崩壊を描いた長編映画1作目の『BAD CHILD』(2013年)は、第29回ロサンゼルス・アジア太平洋映画祭に正式出品。長編2作目の『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』(2016年)は、第21回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門に正式出品され、第23回ヴズール国際アジア映画祭インターナショナルコンペティション部門でスペシャルメンションを受賞。第12回大阪アジアン映画祭のインディフォーラム部門にも正式出品された。『新宿タイガー』(2019年)でドキュメンタリーに初挑戦。

虎のお面をつけて、ド派手な衣装に身を包み、ラジカセから演歌を流して自転車で新宿の街を疾走する男。歌舞伎町周辺で一度は見たことがあるかもしれない。いつからか「新宿タイガー」と呼ばれるようになったこの人物、本業は新聞配達員で、1972年からずっとこの格好で勤勉に朝夕刊を配り続けている。これまでテレビや雑誌など数々のメディアに取り上げられ、タワーレコード新宿店の宣伝ポスターに起用されるなど、カウンターカルチャーの街・新宿を象徴するキャラクターといえる。

©「新宿タイガー」の映画を作る会
©「新宿タイガー」の映画を作る会

新宿タイガー 新宿がなかったら新宿タイガーは生まれなかった。それくらい新宿という街が好きなんです。新宿駅といったら、乗降客ナンバーワンだからね。いろいろな電車の路線がここで結ばれている。港町みたいじゃないの。

森進一の『新宿・みなと町』を一節口ずさむと、かつて森の妻だった女優・大原麗子の話から、彼女と同じく「小悪魔」と呼ばれ人気を二分した加賀まりこの話へと脱線していく。長野から上京して最初は江古田に住み、大東文化大学に2年通って中退した後、あちこちを転々とし、新宿に流れ着いた。

©「新宿タイガー」の映画を作る会
©「新宿タイガー」の映画を作る会

タイガー たまたま稲荷鬼王神社の縁日でお面が並んでいて、直感で触れたのがこの虎のお面ね。それを30枚ストックして、「生涯、虎として生きよう」って決めた。そこから新宿タイガーが生まれたんです。

今回この異形の人物に密着してカメラを回し続け、ドキュメンタリー映画に仕上げたのが佐藤慶紀監督。死刑囚と向き合う被害者遺族の葛藤を生々しく描いた前作『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』(2017年)とは明らかに異なるテイストだ。

映画『新宿タイガー』ができるまで

——監督にとって初めてのドキュメンタリーですが、どういう経緯で撮ることになったのですか?

佐藤慶紀監督。撮影から編集まで手掛けた
佐藤慶紀監督。撮影から編集まで手掛けた

佐藤 慶紀 前作の配給会社の渋谷プロダクションから企画を持ちかけられて、「新宿にこんな人がいる」と写真を見せられたんです。そのとき初めて存在を知って、すごい方がいるなあと。それでまずはどんな人か知りたいと思いまして。

タイガー 話があったのは一昨年。新宿の喫茶店でね、配給会社の社長と監督と3人で3回会って話したんです。3時間ずつだから合計9時間。で、来年から撮影に入りましょうとなって、去年1年かけて撮影した。36回ですよ。長いときは5、6時間ずっと回しっぱなし。あの膨大な映像をね、83分にまとめたんだからすごいよねえ。

——そのほとんどが女性たちとのおしゃべりだったんですね。

タイガー そういうこと。俺の人生は「シネマと美女と夢とロマン」だから。この一線は譲れませんよ。これがなかったら映画に出たくもなかったし。新宿ゴールデン街で親しくしている知り合いの女優さんたちに自分から声を掛けたらね、いいよって出てくれて、話しているところを監督が撮った。

佐藤 タイガーさんが気持ちよく過ごしているところを撮影していったんです。「いまから飲みに行く」って電話がかかってくると、急いでカメラを担いで行くんですよ。あとはひたすら気配を殺してタイガーさんが楽しんでいるところを収める。

©「新宿タイガー」の映画を作る会
©「新宿タイガー」の映画を作る会

——最初からそういう方法を考えていたんですか?

佐藤 最初は新宿で45年以上も生活と仕事をしてきたタイガーさんを通して、新宿という街を考察していく、そんなハードなタッチを考えていたんですけどね。タイガーさんが新宿の歴史にもつながってくるのかなと。でもタイガーさんと接していくうちに、明るくて愉快な人柄にどんどん引き込まれていった。

タイガー あれが自分の日常だから。ありのままをどうぞ、ってことなんですよ。そうしたら、出てくる美女がみんな自然体で、素晴らしかったね。彼女たちに言うんです、君は星をつかんで生まれてきたスターの中のスターなんだよ、って。別にお世辞じゃないんですよ、実際に舞台や映画を見て言ってるんだからね。

佐藤 タイガーさんと女優さんたちの素顔が出ているようなところを抜き出していきました。撮り終えてから構成を考えて、それに当てはめていくようなやり方でした。最初に何となく想定していた構成はあったんですが、あとは撮りながら固まっていった感じですね。頭で考えるよりも、現場で面白いことがどんどん起きていくので。

タイガー その構成が最高なんだよね。シネマ、美女、夢とロマン、自分をこのテーマで分けて、それぞれの深い意味を、映像を通して解釈していってくれるんだから。

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