フランスで“映画の多様性”が実現している理由 横浜フランス映画祭 2024が開幕
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文化の“紹介”は双方向の“交流”
1993年に横浜で始まったフランス映画祭。一時期は東京などに開催地を移したこともあったが、2018年から再び横浜に戻ってきた。6月開催が定着しそうだった矢先にコロナ禍となり、2年間は12月と11月にフランスからの来日ゲストなしで行われた。
監督・俳優陣を招いて従来の華やかさを取り戻したのは前回の22年12月。1年と3カ月おいて、いよいよ今年から春の開催となる。日程も例年より1日多い5日間。横浜の新しい春の風物詩となることに期待したい。開催に先立って、主催する「ユニフランス」のエマニュエル・ピザーラ氏に今回の見どころを聞いた。
―映画祭が本格的に再開して2回目ですが、今回のラインナップにはどんな特徴がありますか?
まず、日本に関わる作品が2つ入っていることが挙げられます。1つはイザベル・ユペール主演、伊原剛志が共演する『Sidonie au Japon(『日本のシドニー』=仮題)』、もう1つは村上春樹の小説をアニメ化した『めくらやなぎと眠る女』です。
私たちユニフランスの使命はフランス映画を世界に知ってもらうことですが、文化を紹介するとは、常に双方向の交流、対話にほかなりません。それを象徴するのがこの2作品です。正直に言うと、たまたまタイミングよく良い作品に出会えたところはあるのですが、素敵な偶然に満足しています。
これまで同様、上映作品は主に日本で公開される前の近作で、フランス映画の現状を一望できるような構成になっていますが、今回は例外的に旧作が1本入っています。名匠クレール・ドゥニの代表作『美しき仕事』(1998)を4Kレストア版で上映します。
また今回初めて、12本の映画のほかに、テレビドラマを上映します。フランスで人気の『D’argent et de sang』(『カネと血』)というシリーズで、数年前に起きた「世紀の詐欺事件」を基にしたクライム・サスペンスです。監督は映画が本職のグザヴィエ・ジャノリで、映画とテレビシリーズの境界があいまいになってきた近年の状況を端的に表していると思います。カンヌやベネチアのような大きな映画祭でも、人気のテレビドラマを上映するのがトレンドなんですよ。
見どころは…「全部!」
―今回の目玉として特に推したい作品はありますか。
全部です(笑)。申し訳ないですが、本当なので。まずオープニング作品の『愛する時』。昨年カンヌ映画祭で上映されたメロドラマの傑作です。男女2人の困難に満ちた恋愛を、第2次大戦後から80年代までを背景に大河ドラマ的に描いています。従来の恋愛物を逸脱する展開に驚くでしょう。監督のカテル・キレヴェレは40代前半の女性で、これが長編4作目です。
同世代の女性監督があと2人います。マリー・アマシュケリ監督の『Àma Gloria』は少女が主人公の物語で、ジャック・ドワイヨンの名作『ポネット』に迫る感動作と言えるでしょう。これと対照的なのがヴァネッサ・フィロ監督の『コンセント/同意』。性暴力を描いた衝撃的なベストセラー小説の映画化で、主演のキム・イジュランは注目の新人です。
彼女たちよりさらに若い世代の監督がセバスチャン・ヴァニセック。巨大化した毒グモが増殖して街を襲う『Vermines』というジャンル映画です。イメージと違うかもしれませんが、フランスでは非常に斬新なホラー映画の若い作り手が何人も出てきています。今回、その流れを代表する作家を紹介できて、とても満足しています。加えてこの監督は、アメリカの大手エージェントと契約し、これからハリウッドでの活躍が期待されています。
―これから有名になりそうな若手と、実績のあるおなじみの監督や俳優たちが顔を揃えるのが映画祭の魅力ですね。
作品について話すと止まらなくなってしまいますが、いいですか(笑)? ベルトラン・ボネロ監督、レア・セドゥ主演の『La Bête』(『けもの』=仮題)は、ヘンリー・ジェイムズの短編『ジャングルのけもの』(複数の訳あり)の映画化です。
マルタン・プロヴォ監督の『画家ボナール ピエールとマルト』は、画家ピエール・ボナールの伝記で、映画や舞台に引っ張りだこのカメレオン俳優、ヴァンサン・マケーニュが演じます。
フランスの現代社会の姿を見事に映し出すラジ・リ監督の新作『バティモン5』も忘れてはいけません。社会派映画の様式にのっとりながら、新しい形を生み出してもいる。緊迫感があって力強い。ラジ・リは役者の力を見事に引き出す監督です。
―作品のジャンルも幅広いですね。
フランス映画の特長の1つは多様性にあります。さまざまなジャンルやストーリーを旅するように楽しんでもらえるところがこの映画祭の魅力でしょう。
日本のフランス映画好きには、バレエやオペラのファンが少なくないのですが、バレエ映画を新しい視点で描いたのが『Neneh Superstar』。名門パリ・オペラ座バレエ学校に入学した黒人の少女を追った物語です。アフリカ系ダンサーが史上初めて最高位のエトワールに昇格したのが去年ですから、絶好のタイミングです。
ドキュメンタリーも多様で層が厚く、フランスの得意分野です。今回は『アニマル』を選びました。環境活動家でもあるシリル・ディオンが監督で、環境保護に取り組む16歳の少年と少女が世界を旅する姿を追います。
すみません、つい調子に乗って全上映作品について話してしまいました(笑)。これだけバラエティがあるので、どんな観客にも喜んでもらえるでしょう。たった5日間でこんなにあるんです!
「観客が支える」フランス映画のシステム
―多様性についてお話がありましたが、その点で日本映画はまだまだという印象です。
私はそれについて語る立場にありませんが、ユニフランスでの仕事を通じて、日本の配給会社の人々と会う機会があります。特に独立系の会社が配給している作品では、若い監督やプロデューサーたちが、社会に新しい声を響かせようと頑張っているのを感じます。
例えば、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でカメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受けた早川千絵監督の『PLAN 75』などがそうですね。
―でもフランスに比べると、若い世代が発表の場や資金の援助を得にくい気がします。
確かにフランスでは、映画に対して数々の支援がなされています。特に私たちユニフランスの上部組織である国立映画映像センター(CNC)は強大な組織で、さまざまな援助を通じてフランスの映画全体を支えている。その主な財源は、映画のチケット代から税の形で徴収されているんです。韓国でもそうですね。
―韓国はフランスをモデルにしているんじゃないですか?
あなたがそうおっしゃったことにしておきましょう(笑)。少なくとも韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)とは盛んに情報交換をしています。めざすところはかなり似ていると思います。
いま言ったように、フランス方式が面白いのは、映画にお金を出しているのが、映画を観る人たちだということです。加えてテレビの放送局やNetflixその他の配信プラットフォームからも税を徴収し、それが映画製作費の一部となるのです。
このように考え抜かれた規則と支援の仕組みが、「映画の生態系」を作り出し、人材育成や映画祭の開催にも生かされています。
私たちフランス人は、小さいときからその恩恵を受けて育ってきました。これを与えられたものとして当然のように考えるのではなく、大切に守り育てていかなくてはなりません。私たちユニフランスもその一部として、国外でのフランス映画振興に努めているわけです。常に思考を重ね、時代の移り変わりに対応していく必要があります。
こうした仕組みや取り組みが世界の中で「文化的例外」と言われるフランス映画を支えているのです。
―出ていくお金は大きいが、得るものも大きいということですね?
映画を含むフランス文化については、産業として直接的に国の経済に大きな貢献を果たしていますし、イメージや名声といった間接的な影響の大きさも計り知れません。
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『落下の解剖学』(ジュスティーヌ・トリエ監督)は、米アカデミー賞でも5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞しました。世界各国で配給され、どこでも成功を収めている。映画はお金がかかる事業ですが、素晴らしい投資にもなり得るのです。
投資という面では、製作費だけではなく、優れた人材の育成にもお金をかける必要がある。映画を作るのは人なのですから。映画の豊かさは、資金面だけではなく、アーティスティックな、クリエイティブな側面からも考えることが重要です。
異文化の交差点に立つ映画
―日本では海外作品の観客が減っている傾向があるのですが、フランス映画を日本に紹介する難しさは感じませんか。
フランスでヒットした映画が、必ずしも日本でヒットするとは限りません。特にコメディ映画はなかなか難しい。でも、こういう違いがあるのは良いことなんです。あらゆる人に語りかけるのが映画なのですから。
個人的な印象では、日本の観客は非常に好奇心が強く、感覚が洗練されていますね。フランス映画を紹介する立場としては、幸運だと考えています。もちろん『ONE PIECE』や『SLAM DUNK』とは勝負になりませんが(笑)、日本にはフランス映画の根強いファンがいてくれます。
目下の課題としては、そのファンをもっと若い層へと広げることです。これは日本に限らず、すべての国に言えることです。謙虚に若い世代のことをもっと理解して、PRや情報収集の方法を変えていかなければなりません。
何事も力任せに変えることはできません。物事を動かすのは、常に意見交換、対話です。ただ、謙虚さとともに大胆さも必要です。いずれにせよ、挑戦しないことには始まりません。難しい使命を掲げてはいますが、常に楽観的なんです。
―フランスでヒットする日本映画といえば、やはり『ONE PIECE』や『SLAM DUNK』なんですよね?
確かにそうですが、是枝(裕和)や濱口(竜介)ら、必ずお客を呼べる偉大な監督たちはいます。一握りとはいえ、そこを入口に日本映画に対する関心が深まっていくでしょう。
先ほど話したように、お金を稼ぐ映画があってこそ、商業性の低い作品や作家主義の作品を製作することが可能になるのです。楽観的過ぎるかもしれませんが、アニメが成功することで、日本映画や日本文化全般に光が当たる、ということもあるのではないでしょうか。
どうしたらもっと映画を観てもらえるかという問いは常に難しいですね。でも考え抜くしか方法はありません。コロナ禍で映画界は困難な時期を経験しました。その際、映画は第一に優先すべきものではないという言い方もされた。しかし私はそうは思いません。逆に最も重要なものの1つだと考えます。困難な時こそ、芸術一般は重要な役割を果たすのです。問いを立て、状況を覆し、希望を与え、夢を抱かせてくれる。まさしく生きるために不可欠なものなのです。
インタビュー撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
横浜フランス映画祭 2024
- 会期:2024年3月20日(水・祝)~3月24日(日) 全5日間
- 上映会場:横浜ブルク13
横浜市中区桜木町1丁目1-7 コレットマーレ6階(最寄り:桜木町駅) - 公式サイト:https://unifrance.jp/festival/2024/
- 公式X:@unifrance_jp