映画『燃えるドレスを紡いで』:地球にとってファッション産業は害か? デザイナー中里唯馬が考える衣服の未来
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国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、石油産業に次いで2番目に地球環境を汚染しているのがファッション産業だ。繊維の生産は大量の水を消費し、CO2と工業用水を排出する。衣服を洗濯すれば、マイクロファイバーが海へと流れ込む。
不要になった衣服はごみとなり、大気や土壌を汚染する。売れ残りや使い古しの衣服が大量に先進国から輸出され、最終的にたどり着くのは南米やアフリカの貧しい地域だ。中でもケニアの首都ナイロビには、世界最大の中古服市場があり、その近くには衣料廃棄物の巨大な最終処分場がある。
衣服の終着点をめぐる旅
ここに注目したのがファッションデザイナーの中里唯馬だ。衣服を生み出すことを生業(なりわい)とする者として、製品の「終着点」を見ておく必要があると思ったという。
子どもの頃から自然と人間の調和、環境問題を意識していたと話す中里。職業として選んだファッション業界ではあったが、それが環境に与える負荷が大きい産業であることには、早くから気付いていた。
「自分の中で矛盾するものを感じてはいたんです。ただ、何となくモヤモヤがありながらも、どう向き合ったらいいのか分からないまま過ごしてきました」
09年に24歳で自身のブランド「YUIMA NAKAZATO」を立ち上げた中里は、16年からパリ・オートクチュール・ウィークでコレクションの発表を始める。奇しくも、地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が発効した年だ。そのあたりを境に世の中の気運が変わり始め、地球環境に対する意識がファッション業界全体でも高まっていった。
「そういう流れの中で、自分がこの問題にどう対峙すべきか、より鮮明になっていったところはあります。同世代の中にも、環境問題に取り組んだり、最新の技術で業界を変えようとしたり、新しい思想を持った人同士でつながりが生まれつつあった。そういう人たちと手を組んでいけば、何か現状が変えられるんじゃないかという期待が少しずつふくらんでいきました」
中里はリサイクルセンターなどに通い、服がどのように廃棄されているか、どういう素材やデザインだとリサイクルしにくいのかなどリサーチを重ね、そこで得た知見を自身の服作りに取り入れてきた。
やがて別のプロジェクトで知り合った映画監督・関根光才と地球上の衣服が最後にたどり着く地について話すうち、実際にそこを訪れ、映像に記録する計画を共に思い描くようになる。
世界中の服が巨大なごみの山に
半年に1度のコレクションを絶えず作り続けなくてはならない中、22年7月に22-23秋冬コレクションのショーを終えると、すぐに23春夏の準備に取りかかり、その合間の10月にケニアへと飛び立った。
首都ナイロビの中心街から近いギコンバ市場。中古衣料をぎゅうぎゅうに詰め込んでパックした4、50キロの塊がコンテナに積まれ、大量に世界各地から送り込まれる。中身を選別し、使えるものは縫製し直すなどして販売されるが、その端切れや売り物にならなかった服がこれまた大量に投棄される。
中里と撮影クルーは、マーケットを通り抜けて、その最終処分場を訪れた。うず高く積み上がった衣服の山が見渡す限りに広がり、自然発火してあちこちでぶすぶすと煙を上げている。ハゲタカとコウノトリの合いの子のような不気味な鳥たちがごみをついばむ光景は、まさにこの世の果てを思わせる。
事前のリサーチで予備知識があったはずの中里も、現実に自分の目で見て言葉を失った。その動揺がスクリーン越しに痛いほど伝わってくる。映像では表せないとてつもない異臭も絶望感に追い打ちをかけたという。
「自分でも正直あそこまで落ち込むとは思っていなかったです。これをどう消化して、目の前のコレクションに落とし込んだらいいんだろうと。あの体験を無視して別のコレクションを発表することはできませんでしたから。目の前のものに何かぶつけたいという思いがありつつも、どうそれをまとめていいのかが分からない。でも(翌年1月のパリコレまで)もう2カ月しかない」
出発前すでに動き出していた次のコレクションのプランを白紙にすることは避けられなかった。だがその代わりに何を提示すればいいのか。ファッションとは、絶え間なく古いものを捨て、新しい流行を作り出すことで成り立っている。そのあり方そのものを限られた時間で問い直すという、あまりにも難しい課題を突き付けられた。
「しかも隣には関根監督がいて、絶えず問いを投げかけてくる(笑)。単なる密着取材を超えて、クリエイターである監督に常に見つめられ、自分が悩み、葛藤している姿もさらけ出さなければならない。かなり大変でもあり、特別な体験、時間でした」
闇に差した一筋の光明
しかし続いて訪れたケニア北部のマルサビット地方で、思いがけぬヒントに出会うことになる。そこでは厳しい干ばつの中、砂漠の民が深刻な食糧危機に瀕していた。
「以前から家畜とともにシンプルに生きる遊牧民の暮らしに関心があったんです。家畜は英語でライブストックというくらい、生命のストックであって、ある意味、運命共同体として暮らしている。近くにいる家畜から食料や衣服の材料を得て、小さなサイクルで生きている。今この瞬間も、そういった暮らしをして生きている人々がこの地球上にいるんだなと意識するだけでも、物事の見え方がこれまでとはまったく変わってきますよね」
部族の村では、羊の皮を縫い合わせた原始的な服や、色とりどりのビーズでこしらえた装身具を見つけ、中里の目に光が戻る。
「衣服の起源というテーマはずっと以前から調べていたので、やっと出会えたという感覚でした。加えて、非常に過酷な環境下でも、女性たちが色鮮やかなビーズの装飾をまとっている。その前に衣服の山を見て、もう作らない方がいいんじゃないかと絶望的な気持ちになっていたところに、生み出すことを肯定されているようにも感じられ勇気づけられました。人が装うことの根源的な意味、人はなぜ表現をし、ものを作り出すのか、そもそもファッションデザインとは何なのか…、そういった答えの一部をそこで教えてもらえたような気がしたんです」
技術・素材と不可分のデザイン
ここまでの濃密な体験が、実はドキュメンタリーの序盤3分の1でしかない。中盤以降は絶望や葛藤から再び立ち上がった中里が、この体験をふまえて、新たなテーマでコレクションを作り上げる姿を追っていく。
ケニアのマーケットから日本に持ち帰った150キロ分の古着の「塊」は、プリンティングソリューションを提供する企業が開発した最新の技術を応用して再処理し、素材に生かされることになった。そのほか、山形のベンチャー企業が開発した、環境に負荷をかけない人工合成タンパク質を使った素材も取り入れる。
「オートクチュールは車で例えるとF1レースみたいなものです。そこで培われた技術が10年後に公道を走る車に応用されるように、ファッションの10年後の未来を予測するものになる。パリでコレクションを発表することには、世界に広まっていくトレンドの源流としての責任があると思うんです。そこでどのようなメッセージを世の中に届けるか、より慎重になる必要があります」
こうして中里は、素材・技術とデザインを対(つい)に考えながら服を生み出していく。ところが熟考を重ねてまとめ上げたコンセプトが、いざ形にして美しくなるとは限らない。果てしない試行錯誤を伴う生みの苦しみのプロセスがドキュメンタリーの終盤を構成する。ショーの当日までギリギリのスケジュールで作品を仕上げていく中で、数々のハプニングに見舞われるなど、密着撮影ならではの緊迫したシーンが続く。
「ショーの前は毎回大変ですが、それを乗り越えられるのは、ファッションの力を信じているからです。パリ・コレクションって、歴史的に偉大なデザイナーたちが、ファッションデザインの力によって、ある意味、世の中を変えていった場所なんです。例えばデニムは、作業着として生まれたのに、いまやジェンダー、階級、職業、国籍、いろいろなものを超えて、あらゆる人々に愛用されている。社会が新しい価値観を受け入れるときの、ボーダーを越えていくものとして衣服があるんです。そんな新しさを提示するのがデザイナーの仕事だと考えています」
日本からケニアを経てフランスに至る波乱に満ちた冒険の結末がどうなったか、映画館のスクリーンで確かめてほしい。環境を意識した言動が単なる見せかけになってしまうことを強く警戒する中里が、続けることの大切さを肝に銘じているところが印象的だ。
「この映画は、あえて何が善で何が悪か、答えを提示せず、問いを投げかけて終わるところが時代にフィットしていると思います。服は誰かが着て初めて完成するところがあります。映画も観た人が考えることが何より重要です。いつもは意識せずに着ている服が、どうやって生まれて、どうやって終っていくのか、少しでも考えてもらえるきっかけになったらうれしいですね」
インタビュー撮影:五十嵐一晴
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:中里 唯馬
- 監督:関根 光才
- プロデューサー:鎌田 雄介
- 撮影監督:アンジェ・ラズ
- 音楽:立石 従寛
- 編集:井手 麻里子
- 製作:GENERATION 11
- Special Thanks:セイコーエプソン、SPIBER Inc.
- 製作年:2023年
- 製作国:日本
- 配給:ナカチカピクチャーズ
- 公式サイト:https://dust-to-dust.jp/
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