
映画『12日の殺人』:男性社会と倫理の問題を告発するサスペンス ドミニク・モル監督の作劇術を聞く
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2016年10月12日の夜、フランス南東の山間にあるサン=ジャン=ド=モーリエンヌで、21歳の女子大生・クララが火をつけられて焼死した。地元警察のヨアン率いる捜査班の聞き込みにより、幾人もの容疑者が捜査線上に浮かび上がる。しかし、犯人の決め手はなかなかつかめなかった。クララは元恋人だけでなく、複数の男性と関係を持っていたのだ。
ヨアンは進展しない捜査に悩み、生前のクララについて考えるなか、少しずつ精神的に追い詰められ、夜も眠れない日々を送るようになる。心の救いは、仕事の合間に競技場で自転車を走らせること。ところがある日、捜査は思わぬ動きを見せる……。
主人公のヨアン役は、モル監督の『悪なき殺人』(19)に出演したバスティアン・ブイヨン © 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
捜査員たちのリアルな日常とユーモア
原案は、作家のポーリーヌ・ゲナがベルサイユ司法警察に1年間取材したノンフィクション『18.3: Une année à la PJ(刑事訴訟法18.3条:司法警察での1年)』。捜査員の日常を細やかに記録したこの作品に惹きつけられ、ドミニク・モル監督は映画化を決意した。自らもグルノーブル警察に1週間密着し、彼らのリアルな生活を観察したという。
「ポーリーヌ・ゲナが描いたのは、捜査員の日常や細部、すなわち英雄的でも華やかでもない側面でした。私は、女子大生が焼き殺されるという特殊な事件だけでなく、捜査官の生活をリアルに描いたところに興味を持ったのです。本作はドキュメンタリーではなくフィクションですが、いわゆる警察映画では見られないものを見せたいと思いました」
捜査員たちは人間味たっぷり、個性にもあふれている © 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
モルらが執筆した脚本には、セックスや婚外恋愛、プライバシー、宗教などをめぐる倫理の問題がいくつも織り込まれた。捜査過程では、被害者であるクララの男性関係が容赦なく暴かれる。捜査官のマルソーは、事件を追いながらも妻の不倫に苦しむ。ときに捜査員たちは、殺人事件の捜査にそぐわない不謹慎なジョークを口にする。もっとも、その軽やかな台詞(せりふ)回しはときに観客の笑いを誘うことになるだろう。
「恐ろしい殺人事件と、軽快で笑えるシーンのコントラストを生み出したいと思いました。取材のなかで、実際の捜査員たちも事件と無関係なことをよく喋り、しょっちゅう冗談を言っていたことがわかったからです。午前中はコーヒーを飲みながら、くだらなくて不適切なジョークを言っている。しかし、それは彼らに必要なことなのです。そうでもしなければ、誰もが心を病んでしまいかねない環境だから」
© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
「10年前につくっていたら、こういう映画にはならなかった」
「警察の仕事をリアルに記録しつつも、ドキュメンタリー的な、単なるリアリティ主義の映画にはしたくなかった」とモルは語る。あくまで根本にあるのは、観客をハラハラさせるミステリー。そのなかで人間の精神を表現しつつ、リアリティを逸脱してゆくために、モルは直感の判断と熟考を繰り返したという。
「監督や脚本家にも、自分の決断の理由がわからないことはあります。理由が明確なときもあれば、直感でしかないこともある。たとえば、実際の事件はパリ郊外で起きましたが、映画の舞台は山間の町にしました。しかし、なぜそうしたいかを当時は説明できなかった。今では『山間では頭上が覆われて遠くが見えない。それは捜査員の置かれた状況と同じなのだ』と答えますが、それはあとから考えた答えです。
ヨアンが競技場で自転車をこぐ設定も、原作では別の捜査員のエピソードでした。脚本に採用した理由は『解決策を見つけられず堂々巡りをしているから』ですが、それもあとからわかった答えです。それでも時間をかけてロケ地を探したことで、夜に一人で自転車を漕ぐシーンではとても印象的な映像が撮れました」
シャープなビジュアルが映画全体を引き締める © 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
モルのなかで脚本段階から明確だったのは、「男女間の問題」を作品の軸にすることだった。そのうちのひとつが、男性の手による殺人事件を、男性ばかりの集団が捜査するというアンバランス。前半の登場人物はほとんど男性だが、作品の核心があらわになるにつれ、女性のキャラクターが少しずつ存在感を増してゆく。
「もし10年前につくっていたら、きっとこういう映画にはならなかったでしょう」とモルは言う。男女間の問題を掘り下げようと考えたきっかけは、2017年ごろから世界中で起こった、性被害体験を告発する「#MeToo」運動だった。
「男女間の問題を人々が意識するようになり、私自身も、社会における男性の暴力性や優位性を考えるようになりました。自分も『男性は女性以上に説明したがる、知識を話したがる』という指摘どおりの人間だと思ったし、女性の話を男性相手よりも簡単に遮っていたかもしれないと気づいたのです。それから男性中心社会の問題に取り組むべきだと考え、フェミニストの視点を理解しようと努めてきた。そのことが映画に反映されたと思います」
クララの親友・ナニー(ポーリーヌ・セリー)とヨアンが対面するこのシーンは、劇中で最も重要な場面のひとつ © 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
サスペンスを通して描きたいこと
これまでにも、モルは『ハリー、見知らぬ友人』(00)や『レミング』(05)、『悪なき殺人』(19)といった作品でスリラー/ミステリーというジャンルにさまざまなアプローチから挑戦し、異なる主題を描き出してきた。「ずっとアルフレッド・ヒッチコックに憧れてきた」と言う彼は、現在の映画界では珍しいほどサスペンスに傾倒してきた作り手だ。
「スリラーやミステリーの面白さは、表面に見えているものと、その下に隠れているものがしばしば異なること。笑顔で話している人が、実際には相手を殺そうとしていることもある──そういった矛盾や葛藤を、人物の撮り方やカメラワーク、音楽、編集などの力で同時に表現できるのが映画のいいところです」
ヨアンの相棒・マルソー(ブーリ・ランネール)。彼もまた精神的に追い詰められていく © 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
今回、モルは「未解決事件」という題材に忠実であることにもこだわった。未解決事件を扱った映画はいくつも存在し、なかには真相の仮説を立てる作品もあるが、この『12日の殺人』はそうではない。
「事件に結末はありませんが、この物語には結末を用意しました。私はこの映画を、努力をつづけること、諦めないことの大切さを訴える作品だと考えています。つまり、彼ら捜査員たちのように、成功の保証がなくとも挑戦をつづけることが大切だということです。
現実的に、今の世界ではとても楽観的な気持ちにはなれません。とはいえ、『地球温暖化は進んで動物は絶滅するけれど、どうせ何もできないし、自分の人生を楽しもう』などという安易で怠惰なことは言えない。気候変動や公害、戦争などとの戦いは途方もなく困難ですが、それでも我々は努力しなければならないのです」
© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
取材・文:稲垣貴俊
© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma © Fanny de Gouville
作品情報
- 監督:ドミニク・モル
- 脚本:ドミニク・モル/ジル・マルシャン
- 原案:ポーリーヌ・ゲナ作「18.3. Une année passée à la PJ」
- 出演:バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・チョルビ、ヨハン・ディオネ、ティヴー・エヴェラー、ポーリーヌ・セリエ、ルーラ・コットン・フラピエ
- 製作年:2022年
- 製作国:フランス
- 上映時間:114分
- 配給: STAR CHANNEL MOVIES
- 公式サイト:https://12th-movie.com/
2024年3月15日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー!
予告編
バナー写真:映画『12日の殺人』より © Fanny de Gouville