ハンガリーの巨匠タル・ベーラが語る旧作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』の再上映と福島
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世界の映画人に敬愛されるハンガリーの巨匠タル・ベーラ(タルが姓)。2011年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)と国際批評家連盟賞の二冠に輝いた『ニーチェの馬』で知られる。しかし自らこれを最後の長編映画とすることを宣言した。当時56歳。映画監督としては脂ののる年齢だが、長編9作目で35年間のキャリアに終止符を打った。
だがその後も、サラエボ大学の傘下に映画学校を創設して教鞭をとったり、各地で映画制作のワークショップを開催したり、あるいは展覧会で作品を発表するなど、国境を越えて精力的に活動を続けている。
今年2月には、2週間のワークショップを行うため福島に滞在した。来日中の24日からは、2000年に公開した旧作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』の4Kデジタル・レストア版が全国で順次公開されている。
監督の長編7作目。代表作として名高い前作『サタンタンゴ』(1994)は7時間18分という“超長尺”ゆえに、日本では翌年の東京国際映画祭での特別上映を除き、スクリーンで鑑賞するには25年後を待たねばならなかった。しかし続く本作は02年に早々と劇場公開され、多くの観客にとってタル・ベーラ発見の契機となった。これはアメリカやフランスをはじめとする欧米諸国においても同様だったようである。
『ヴェルクマイスター・ハーモニー』も『サタンタンゴ』と同じく、同世代のハンガリー人作家クラスナホルカイ・ラースローの小説を原作とし、シナリオも共作している。原題は『抵抗の憂鬱』といい、物語の舞台はハンガリーの荒涼とした田舎町。主人公のヴァルシュカ・ヤーノシュは天文学を愛好する純朴な青年で、新聞配達の仕事をしながら、老人の世話をしている。
老人はエステルという音楽家で、17世紀に調律法を打ち立てたアンドレアス・ヴェルクマイスター(1645-1706)の音楽理論を批判している。そんな2人が暮らす町の広場に、移動サーカスがやってくる。巨大なトレーラーの荷台には、見世物として世界最大のクジラのはく製が収められている。その到来を機に、町には不穏な空気が広がる。行政に不満を抱いていた群衆は、サーカスが招いた謎のスター、“プリンス”に扇動されて暴徒と化し、町はカオスに陥っていく。
陰影の濃密な白黒の画面に、2時間26分でわずか37カットという特徴的な長回しを用い、観客を黙示録的な物語にじっくりと没入させる。小説が書かれた1980年代末は、東欧諸国で共産主義体制が相次いで崩壊する混乱の時代だった。今回の4Kデジタル・レストア上映では、それからほぼ10年で作られた映画に、時代や国を越えて強く引き込む力があることを確信できるに違いない。
来日中の監督に取材する機会を得た。福島でのワークショップを終えて東京に移動したタル・ベーラが、シンプルな英語で語ってくれた。
映画は具象である
―『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が四半世紀を経て、日本で上映されることにどんな感慨がありますか。
私の初期の作品から45年、『サタンタンゴ』から30年、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』からは25年が経ちました。新しい世代がこれらの映画を発見する…。世界中でどれだけの人が観たのか、私には想像できません。しかし、たくさんいるのだと思う。あらゆる大陸で、そこにスクリーンがある限り。人々が作品を観に映画館へ足を運んでくれるのは、私にとって大きな喜びです。それは疑いがありません。
―年代的にこの作品は、あなたの代表作と言われる『サタンタンゴ』と『ニーチェの馬』の間に位置しますが、ご自身ではどう位置付けていますか。
その質問は、父親にどの子が好きか訊くようなものです。すべての作品は、私の子です。作品に対する見方は、まさに父と子の関係なのです。どの作品にも等しく愛情を抱いています。これらは私のものであり、私である。こっちがどうで、あっちはこうだと言うことはできません。
―いま『ヴェルクマイスター・ハーモニー』を観て、現在の世界で起きている出来事と重なるものを見出すことができます。未来を暗示したかのようだとする見方については、どう思いますか。
アレゴリー(寓話)、メタファー(暗喩)、シンボル(象徴)…、そういうカテゴリー分けが私は好きではありません。それらは文学から来た用語で、映画には存在しないものです。なぜなら映画は具象だから。(ペットボトルの水を手に取って)私はこのボトルについて、水について、映画を撮ることができる。それは具体的です。それから、このボトルを誰かに結びつける必要がある。こうして役割が生まれる。常に具体的です。物理的に実在しているものしか撮ることはできない。だからこういうカテゴリー分けに対しては、『ノー!』と言わなければなりません。
―映画と現実世界との関係をどう考えていますか。
私は人生においてまだ、 “本当の現実”を見ていません。現実というのは…(沈黙)。この映画には、3つの主要なキャラクターが登場します。ヴァルシュカは宇宙に関心があり、その視点によって“永遠”と結ばれています。エステルは年老いた音楽家で、クリーンな音や声を求めており、同じく“永遠”とつながっています。もう1つは遠い海からやって来たクジラで、これも永遠の存在です。社会は最終的に、こうした “異物”を受け入れることができない。それが私たちの“本当の現実”への接し方なのです。
―あなたは自分の映画に人間の尊厳を描いていると言いながら、そこにはどこか悲観的なトーンを感じてしまいます。
私は自分の映画が楽観的だと思っている。この世界をよく見れば、楽観的にならなければならない理由が分かるはずです。この世界は私たちが作った。なのに、どうして悲観的とか楽観的とか言う必要があるのか。私たちはただ、自分たちが生み出したダメージを見ているのです。重要なのは、あなたが映画館を出るとき、何を感じたかです。自分が強くなったと感じるか、弱くなったと感じるか、私が問うのはそこです。
映画界を退きながらなぜ語り続けるのか
―あなたは2011年、長編映画で言うべきことはすべて言った、として映画作りから引退しましたが、実際にはさまざまな活動を続けています。人々に何を語りかけようとしているのですか。
ヨーロッパでは2015年に最初の難民危機が起こり、何十万もの人々が押し寄せました。ハンガリーはその入り口の1つになり、政府は彼らをひどいやり方で扱いました。私には受け入れ難いことで、深く心を痛めていました。アムステルダムで展覧会の話があり、この問題について何か作品を生み出す必要があると考えました。人間である難民が、おぞましい扱いを受けているからです。ウィーンでは映像、音楽のライブ演奏、インスタレーションを組み合わせた「ショー」を開催しました。ドイツ語でいう「gesamtkunst」(総合芸術)です。ホームレスの人々の状況がテーマでした。こうした人々を解放したい。それだけです。私も彼らと同じなのです。「ヴァニティ・フェア」誌の表紙に出てくるような人々を取り上げたことはありません。
―日本では国内外から7人の映像作家を福島に招き、ワークショップを開きました。福島という場所がもつ意味を重要と考えましたか。
もちろんです。福島は世界的に有名な場所になりました。それは地震や津波の被害に遭ったからではありません。原発事故という忌々しい人災が起きたからです。私は福島で何ができるだろうかと考えていました。幸いにも、ワークショップの参加者が関心を抱いたのは、そこで送られている日常生活でした。私たちの目的は、過去について語ることではなく、人々がどのような現実を生きているか、彼らがどんな日々の活動を行っているかを見せることでした。
その結果、私たちは7つの映画を作り上げました。7人の監督が、異なる7つの角度から見つめた作品です。それぞれが自分にとって何が本当に重要かを見つけました。人々が自分の人生をどう生きているか、大事なことはそれに尽きるからです。いかに住んでいる場所が汚され、忌まわしい出来事が起きようとも、人生は続くのですから。それが、私たちが見せようと思ったことです。
―ワークショップは、原発事故で避難指示の対象となった福島県内の12の市町村で開催されたそうですね。現地を訪れた印象はいかがでしたか。
私たちが目にしたすべては「正常」でした。人々はよく食べました。労働者が通う店で食事しましたが、食べ切れない量の料理が出てくるのです。人々は本当に普通の顔で生活していました。以前にそこで何が起きたのか、信じられないでしょう。もちろん、過去はある種の影として存在します。ただ私たちが見たのは、村の普通の生活でした。
私がもっとも愚かだと思うのは、映画作家がそこへ行って、自分の先入観を押し付けることです。私はそんなことはしません。私は人生/生活を発見することが好きです。そこで物事がどのように起きているのか。
発表された作品の1つは、ある美容師の日常でした。人には美容室に行く必要があるのです。なぜなら髪は日々、伸びていくから。そこで何が起きたかには関係なく、髪が伸びたら美容師が必要になる。
―福島でワークショップを開催したことは、あなたがサラエボに映画学校を開いたのと同じような考えに基づくのですか。
精神は確実に同じものです。私は常に私で、どの場所に行こうと、何も変わっていない。サラエボでは、3年間にわたって映画の講義を行いました。そのために当然、今回よりも内容は深かった。福島では2週間と短かったので、速さが求められました。ただ、私の方法に違いがあるとは思いません。
サラエボと福島では、もちろん歴史も文化も、人も違います。ただ広く言えば、同じ人間です。どうすれば気持ちが伝わるか、方法を見つけるのは非常に簡単です。私は常にこう言っています。人生を深く学ばなければならない。そうすれば映画の作り方やスタイルが、あなたを見つけてくれるだろうと。
―海外から数々の映画監督が特別な思いで日本を訪れますが、あなたには彼らと違う動機が感じられますね。
日本は印象深く、興味深い国です。ただ、私がここで映画を撮ることは考えられません。それは愚かなことにもなり得る。日本を撮るのは日本人がベストだと思います。ここにはたくさんの才能ある人々がいます。彼らに仕事をさせてあげないと。
―『ヴェルクマイスター・ハーモニー』もそうですが、自国のハンガリーで撮ることにこだわりがあったのですね。
よく分かっているからです。もし私が外国で映画を撮るとしたら、見せられるのはテーブルの上で起きていることです。それがハンガリーなら、テーブルの下で何が起きているかを見せることができる。最も重要なのはそこです。一作だけ国外で撮ったことがあります。『倫敦から来た男』(2007)は海辺が舞台でした。海のないハンガリーでは撮れなかったのです。
インタビュー撮影:五十嵐一晴
取材・文:松本卓也
作品情報
- 監督・脚本:タル・ベーラ
- 原作・脚本:クラスナホルカイ・ラースロー
- 音楽:ヴィーグ・ミハーイ
- 編集・共同監督:フラニツキー・アーグネシュ
- 撮影監督:メドヴィジ・ガーボル
- 出演:ラルス・ルドルフ、ペーター・フィッツ、ハンナ・シグラ、デルジ・ヤーノシュ
- 製作年:2000 年
- 製作国:ハンガリー=ドイツ=フランス
- 上映時間:146 分
- 配給:ビターズ・エンド
- 公式サイト:www.bitters.co.jp/werckmeister
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