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映画『一月の声に歓びを刻め』:三島有紀子監督の思いをのせた“3つの島をつなぐ声”

Cinema

2017年に『幼な子われらに生まれ』で世界から注目を浴びた三島有紀子監督の最新作。監督自身が6歳の時に受けた性被害を出発点として自ら脚本を書き下ろした。触れ合うことができずに恋人と別れた性暴力サバイバー、性被害を苦に命を絶った娘を思いおのれの肉体を罰した父、妻の延命装置を外したことに罪の意識を抱き続ける男。3つの「島」を舞台に三部構成で描いた物語にどんな思いを込めたか。監督に話を聞いた。

三島 有紀子 MISHIMA Yukiko

大阪市出身。18 歳から自主映画を撮り始め、神戸女学院大学卒業後 NHK に入局。人間ドキュメンタリーを数多く企画・監督。2003 年に独立し、フリーの助監督を経て、オリジナル脚本・監督で『しあわせのパン』(12)、『ぶどうのなみだ』(14)を発表。『幼な子われらに生まれ』(17)が第 41 回モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞に輝いたほか国内外で多数受賞。他の代表作として、『繕い裁つ人』(15) 、『少女』(16) 、『Red』(20)、セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』(23)、短編『よろこびのうた Ode to Joy』(21『DIVOC-12』)、『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(22『MIRRORLIAR FILMS Season2』)、など。

古くから水の都として栄えた大阪。市の中心を堂島川と土佐堀川が流れ、その間に中之島が浮かぶ。かつては堂島川から北に曽根崎川が分岐し、もう1つ中洲があった。そこが現在、「堂島」と呼ばれる一帯で、曽根崎川が埋め立てられるまでは、その名の通り「島」だった。

映画監督・三島有紀子はこの堂島で生まれ育った。青山真治監督から故郷で撮ることの重要性を聞かされていた三島は、彼がこの世を去る少し前に、その教えを実行してみせる。それが短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」Season 2に集められた9作中の1本『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(2022)だ。

映画『一月の声に歓びを刻め』。第3章「大阪・堂島篇」のみモノクロ。主人公れいこを前田敦子が演じる © bouquet garni films
映画『一月の声に歓びを刻め』。第3章「大阪・堂島篇」のみモノクロ。主人公れいこを前田敦子が演じる © bouquet garni films

三島が家族で通った思い出の洋食レストラン「インペリアル」の閉店をテーマにした15分の短編で、愛した店をたたむ苦渋の決断をした主人公のシェフを佐藤浩市が演じた。その撮影に入る前、三島にひとつの出来事が訪れる。堂島でロケハンを行っていたとき、ある場所が偶然、視界に入った。それは長年にわたって三島が忌避してきた場所だった。

スタッフと入った喫茶店の窓から見えた駐車場。本来はそこから見えるはずのない一角だが、間に立っていたビルが壊されていたのだ。三島は6歳の時、その駐車場で見知らぬ作業服姿の男から性的暴行を受けた。47年の月日を経て、初めて現場を直視でき、それを仲間に淡々と話せている自分に気が付いたという。

罪の意識を三方向から見つめる

『一月の声に歓びを刻め』の製作は、この出来事を起点にしている。

「生まれ故郷で、今まで向き合えなかった自分の体験をモチーフに、いつか映画を作らなきゃいけないとは思っていました。それがこうして、見つめることができる段階に来ているんだなと」

その場にいた山嵜晋平氏(プロデューサー)と話し合ううち、どこかに話を持ち込んで進めるのではなく、2人で一緒に「自主映画」を作っていこうという意識で企画を立ち上げた。

「とにかく作るんだという思いでスタートした感じですね。もちろん今までずっとプロの仕事として商業映画を撮ってきたので、最終的にはこれを映画館にかけられるクオリティの作品にすることは頭にありました。ただ、自分たちの伝えたいことをそのまま伝えたい、そんな純度の高いものにしたいという思いが強かった。商業映画の企画として通すための、ビジネスとして成立するための要素はとりあえず脇に置いて、純粋に作品を作るんだと」

元恋人の葬儀で堂島に戻ってきたれいこ。三島監督に大阪で撮ることを勧めた故・青山真治監督の妻・とよた真帆(左)がれいこの母を演じる © bouquet garni films
元恋人の葬儀で堂島に戻ってきたれいこ。三島監督に大阪で撮ることを勧めた故・青山真治監督の妻・とよた真帆(左)がれいこの母を演じる © bouquet garni films

よく知る場所を舞台に、自分の体験から出発して脚本を書き始めたが、驚くほど冷静になれていたという。まるでたっぷり取材した人物について書き進めていくような感覚だった。

「ふだん脚本を書くとき、けっこう感情移入するんです。他人事を自分事に持っていきながら書く。でも今回は自分事を他人事に持っていって書いたような感覚が強いですね」

こうして描き出されたのが、6歳の時に受けた性被害がもとで、恋人とも触れ合うことができずにきた30歳の「れいこ」だ。

「彼女は罪の意識を持っている。被害者なのに、なんで罪を感じなきゃいけないんだろう。それがキーになるテーマでした。そこから、そういう経験をした人の家族はどうなっていくのか。あるいは罪を犯した側はどうか。そんなふうに三方向から、後悔や喪失、罪の意識を見つめていけたらいいなって」

八丈島で牛飼いを生業にする誠(哀川翔、右)と弟分の龍(原田龍二) © bouquet garni films
八丈島で牛飼いを生業にする誠(哀川翔、右)と弟分の龍(原田龍二) © bouquet garni films

異なる3つの視点から描く三部構成にすることは、初期の段階から決めていたという。3つのそれぞれ完結した物語がゆるやかにつながるようなイメージで、3つの舞台が考え出された。いずれも「島」だ。堂島のほかには、北海道の洞爺湖と、東京の八丈島。洞爺湖の中心には島がある。

「それぞれが孤立した島なんですけど、遠く離れた3カ所がつながっている、というのを視覚的に表せたらいいなと思って。それが何かを運ぶ船だったり、どこかに届く声だったり、心の叫びだったり、太鼓の響きだったり…。物理的には聞こえないかもしれないけれども、届いている、届いてほしいという思いがあるんですよね」

性暴力のサバイバー役に前田敦子

第1章の洞爺湖篇に登場するのはマキ。性被害に傷つき命を絶った自分の娘を思い、おのれの男性性を罰して、女性として生きることを選んだ父をカルーセル麻紀が演じる。

第2章の八丈島篇は、交通事故に遭った妻の延命装置を外したことに罪の意識を抱き続ける誠(哀川翔)が主人公。男手ひとつで育ててきた娘の妊娠を知って揺れる心の動きを見つめる。

5年ぶりに帰省した誠の娘・海(松本妃代)。身重のようだが、父は何も訊くことができない © bouquet garni films
5年ぶりに帰省した誠の娘・海(松本妃代)。身重のようだが、父は何も訊くことができない © bouquet garni films

第3章の堂島篇では、5年前に別れた元恋人の葬儀で堂島に戻ってきたれいこ(前田敦子)が、「レンタル彼氏」を生業にする行きずりの青年とホテルで一夜を明かし、翌日ある行動に出る。

3つの物語はすべて、演じる役者を想定しながら書いたという。

前田敦子については、以前から一緒に映画を作りたいという思いがあった。別作品でオファーをして出演を引き受けてもらえていたのだが、撮影が延期になってしまった。

「前田さんが出ている映画を観たり、インタビューを読んだりして思うのは、心の底から映画を愛しているということ。映画を作っている人も好き、というのがものすごく伝わってきます。今回のような非常に純粋な動機から始まって、資金も何も決まっていない作品であったとしても、われわれと同じ方向を向いて一緒に作ってくれる人なんじゃないかなって」

れいこは「トト・モレッティ」と名乗って声をかけてきた謎の男(坂東龍汰)とホテルで一夜を過ごす © bouquet garni films
れいこは「トト・モレッティ」と名乗って声をかけてきた謎の男(坂東龍汰)とホテルで一夜を過ごす © bouquet garni films

もちろん自身と同じ性暴力の「サバイバー」という役柄が最大の決め手であることは間違いない。

「れいこは、普段はよくしゃべり、明るくやっている営業ウーマンなんですけど、物語は元カレを失ってお葬式に向かうという非日常から始まるので、あまり”はかなげ”に見えない人にやってもらいたいというのがあって。私、前田さんには戦中戦後を生き抜いたみたいなたくましさを感じるんですよ(笑)。それもひとつひとつ思考を重ねた末のたくましさ。そういう思考の豊かさが、演じるときに人物造形を深くしてくれるだろうなと思ったんです」

役者の肉体に語らせる

洞爺湖篇は、撮影場所の家から先に決まった。以前から知るその家を思い出したとき、そこに暮らす孤独な人物の姿が頭に浮かんだという。

カルーセル麻紀 © bouquet garni films
カルーセル麻紀 © bouquet garni films

「性被害者の家族の話として、自分の父親がどういう気持ちだったのかなと想像し始めたんですよ。きっといろいろな後悔の中で生きたんだろうなと。私は明るく生きてきましたけど、もし映画と出会わずに死んでしまっていたら、父親はきっと自分を責め続けたでしょうね。娘を死に追いやったものは何かと突き詰めたときに、自分の肉体にもある男性器に怒りを向けるのではないか。そんなふうに自分の男性性を憎み続けて、苦しみながら孤独に、強く生きてきた人って誰だろうと考えたときに、カルーセル麻紀さんだと」

マキ役を引き受けたカルーセル麻紀は、日本でトランスジェンダーを認知させた人の先駆け。1973年にモロッコで性転換手術(当時の呼び方)を受け話題になった。性同一性障害者特例法が施行された2004年には、戸籍上の性別を男性から女性に変更している。ただし本人は、今回の役に共感したわけではなかったそうだ。

「お願いした役は、途中まで男性として生きて、結婚して子どもまで作った人だったので、本当にこの人の生き方が分からないって、ずっとおっしゃっていましたね。でも私は、映画って、演じることよりも、現場に行って感じることの方が大きいと思っています。共演者と実際に食卓を囲む時間を過ごしていく中で、何か想像していただけるんじゃないかと。3日くらいして麻紀さんが『やっと何か分かってきた』って言ってくださいました」

© bouquet garni films
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性暴力の被害者でも家族でもない視点から、罪の意識を見つめる舞台に選ばれたのが八丈島。かつて罪人が流刑にされた歴史をもつ島に、暴力性を内包する荒々しい牛飼いの男を立たせた。三島監督はその役に哀川翔を選んだ理由をこう語る。

「黒沢清監督の復讐シリーズや三池崇史監督のDEAD OR ALIVEシリーズが大好きで。いつか撮りたい、って言うと偉そうですけど(笑)、いつもの非日常的な役ではなく、普通の父親をやってもらったら、新しい哀川さんの表情が撮れるんじゃないかと。哀川さんは、表情やセリフだけじゃなく、行動表現が豊か。人物の表現をすべて行動に変換してくださる映画的な方なんです。今回で言うと、10年ぶりにたばこを吸う設定のシーン。口にくわえる前に、すっと匂いをかぎますよね? 私、何も言っていないんですよ」

© bouquet garni films
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心に傷を負った人々の声

孤立した島と島を結び、何かを届ける船をイメージした物語。脚本ができあがったときのタイトルは『パーツ・オブ・シップ』だった。

「船のパーツは心の傷を表していて。ひとつひとつは重くて沈むんだけど、組み立てると浮かんでどこかに行けるっていう意味で。でも実際に撮影して、前田さんの肉体からこぼれる慟哭だったり、麻紀さんの叫びだったり、哀川さんのつぶやきだったり…。この物語は声なんだな、声を中心としたタイトルにしようと」

© bouquet garni films
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ここ数年、セクハラや性暴力の被害者たちが声を上げる事例が相次ぎ、この問題に対する社会全体の認識が大きく変わりつつある。ただ、三島監督にとって、この映画の出発点が自身の体験にあることは確かだが、ことさら性暴力の被害にフォーカスした物語にしようと思ったわけではないという。

「心に傷を負った登場人物たちが、もがきながら“性”と“生”を見つめていく映画なのかなと。人それぞれ、本当にいろんな傷を抱えて生きている。この物語は、観る人によって、さまざまな感じ方ができると思うんです。だからまず、映画として素直に楽しんでいただけたらいいなって。私自身の体験が背景にあってできた物語だということを、知って観ていただくのもいいし、全然知らなくてもいい。私はたまたま47年という時間を経て、このテーマに取り組めました。映画監督なので、映画という形にできた。そのことがすべて、という感じです」

インタビュー撮影:花井智子
ヘアメイク:市橋由莉香
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)

© bouquet garni films
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作品情報

  • 出演:前田 敦子、カルーセル麻紀、哀川 翔
    坂東 龍汰、片岡 礼子、宇野 祥平
    原田 龍二、松本 妃代、とよた 真帆
  • 脚本・監督:三島 有紀子
  • 製作:ブーケガルニフィルム
  • 配給:東京テアトル
  • 製作国:日本
  • 製作年:2023年
  • 上映時間:118分
  • 公式サイト:https://ichikoe.com/
  • テアトル新宿ほか全国公開中

予告編

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