
パニックスリラー映画『コンクリート・ユートピア』が撃つコロナ禍と戦争 韓国の俊英が語る
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世界各地で地盤隆起の大災害が発生し、韓国・ソウルの街は一瞬にして廃墟と化した。崩壊を免れた唯一のマンションには生存者たちが押しかけ、殺傷や放火などが横行する無法地帯となる。住人たちは残り少ない資源で生き延びるべく、居住者以外の人々を追放して「ユートピア」を作り出すが、代表者に選ばれた男は、やがてその恐ろしい本性をあらわにしていく──。
映画『コンクリート・ユートピア』は、極限状態における人間の本質と変容を暴くパニックスリラーだ。「韓国のアカデミー賞」こと大鐘賞では最優秀作品賞など6部門を受賞、同じく韓国屈指の青龍映画賞では監督賞ほか3部門に輝き、米アカデミー賞・国際長編映画賞の韓国代表にも選出された、2023年の韓国を代表する一作である。
容赦ない作風は、楳図かずお『漂流教室』や望月峯太郎『ドラゴンヘッド』などを連想させる © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
韓国社会の象徴としての「マンション」
「たった一棟だけ残ったマンション」というミニマムな舞台設定のもと、濃密な人間ドラマと謎めいた住人代表をめぐるミステリー、目を見張るスペクタクル、そして現代的なテーマが絡み合う。監督・脚本のオム・テファは、韓国の人気ウェブ漫画(ウェブトゥーン)を原作に、自らの問題意識とアイデアで物語をふくらませた。
「私は〈マンション〉という住居形態に関心があったのです。なぜ、韓国にはこんなにたくさんのマンションがあるのか。なぜ、韓国人はマンションに夢中になるのか。結局は単なる家でしかないマンションを、なぜこれほど愛し、その一方で憎むのか。そんなことを考えていたころ、原作を読んで、“大災害で倒壊しなかった唯一のマンション”という設定に惹かれました」
オム監督が「マンションは韓国社会の象徴」と語るように、映画の冒頭では、朝鮮戦争後の韓国で、急速な経済成長とともに都市開発が進み、住宅事情が変化してきたことが示される。無数のマンションは経済格差にも直結しており、物語の舞台である「ファングンアパート」(韓国では日本における高層マンションを「アパート」と呼ぶ)の住人は、より上位のマンションに暮らす人々から見下されてきたという設定だ。大災害により、この建物以外がすべて倒壊するまでは。
中間層が暮らすファングンアパートは、人々が夢みる住居でもあり、同時に軽んじられる対象でもある © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
「災害そのものより、災害後のマンションで生活する人々を描くことを重視した作品です。さらに重要なのは、人々と(マンションが象徴する)韓国という国の関係を見せること。そのためには、災害のシーンを恐ろしいスペクタクルとして描きつつも、決して一種のエンターテイメントとして消費してはならないと思いました。災害のスペクタクルが登場人物の存在感を高め、その恐ろしさが人々の行動に必然性をもたらすように描きたかったのです」
舞台劇を思わせるほど小スケールな人間ドラマと、大作映画ならではのスペクタクルを融合させるため、オム監督は「観客が登場人物を通して災害を見つめる」演出を心がけた。「たとえば災害の様子をまるごと映すのではなく、人物が目をそらすと同時にカメラの向きを変え、あとは音だけを聞かせることで観客の想像をかきたてる。細かくバランスを調整し、災害の要素と人間ドラマが常に絡まるようにしたつもりです」
コロナ禍や戦争とのつながり
ファングンアパートの住人は、避難してきた人々を極寒のさなかに放り出すかたわら、自分たちは食糧を求めて廃墟の街に集団で繰り出し、必要とあれば略奪や暴力さえいとわない。本来ならば善良なはずの人々が、状況次第でなりふり構わなくなってゆく姿は、新型コロナウイルス禍の「自粛警察」を想起させる。
もっとも、オム監督が脚本を書き上げたのはコロナ禍以前のこと。「脚本の執筆中は自分の想像に頼るしかなかった」と振り返るが、期せずして未曾有の社会状況を迎えたことで、撮影中は現実的な恐怖を感じていたという。
ミンソン(パク・ソジュン)とミョンファ(パク・ボヨン)の夫婦は、常軌を逸していく住人の姿を見つめる © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
「コロナに感染していない人たちが、感染者を寄ってたかって攻撃するような事態が現実に起きてしまった。もしも本当に大災害が起こったら、この映画で描いたのと同じように人々は変わってしまうのかもしれないと思いました。
もちろん、コロナ禍以前にも災害はありましたし、極限状態の人間を描く物語には特定のパターンがあります。過去を顧みても、恐怖にとらわれた人々は集団をつくる傾向がある。集団をつくって安心し、自分たちの代表を選び、個人では不可能な選択を下してもらうのです。そして、外部に敵をつくることで集団をより強固にする。『生き延びること』や『集団のなかで生き残ること』というテーマは、現在の戦争や難民の問題にもつながると思います」
住人のカリスマ的リーダーとなるヨンタク。イ・ビョンホンの演技に驚嘆すべし © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
「あなたならどうする?」と問いかける映画に
巨匠パク・チャヌクの助監督を務めた経験に多くを学んだというオム監督は、徹底したリアリティにこだわりながら、極限状態の人間性のみならず、多岐にわたるテーマをこの物語に落とし込んだ。都市開発や経済成長の歴史は、現在の韓国に何をもたらしたのか。資本主義社会や伝統的な家父長制の問題とは何か。マンションという「家」を通じて、本作は現代社会を厳しく批評する。
「大作の商業映画で、このようなテーマに取り組むことはチャレンジングでした」とオム監督は言う。しかし製作チームは、本作のテーマとストーリーを大勢の観客に届けることに大きな価値を見出しており、監督との間に齟齬はなかったようだ。「監督として、私がエンターテインメントの要素を取りこぼしさえしなければ、テーマ性に富んだ物語を広く伝えることができる。これはまたとない機会だと思いました」
住民代表に選出された902号室のヨンタク役は、日本でもおなじみのイ・ビョンホン。ヨンタクに心酔する防犯隊長、602号室のミンソン役には「梨泰院クラス」(20)のパク・ソジュン。その妻ミョンファ役にはパク・ボヨン、奇跡的に生還した903号室のヘウォン役には『はちどり』(18)のパク・ジフと、人気と実力を兼ね備えた俳優陣が揃った。
心優しい男ミンソンも、極限状態とヨンタクの存在により少しずつ変化していく © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
彼らが演じる人々は、時に暴走し、時に恐ろしい存在となるが、同時に誰ひとりとしてわかりやすい善人でも、また悪人でもない。多面的で、どこか共感や同情の余地のあるキャラクターは本作の大きな魅力だ。そして、それはオム監督がこだわった「作品の核心」にもつながっている。
「この映画では、人間の『生存』と『尊厳』という2つの価値観が対立します。しかし私は、この問題に簡単な答えを出したくなかった。『人はこう生きるべきだ』という教訓を語るのではなく、『あなたならどうしますか?』と問いかける映画にしたかったのです。
住人たちがよそ者を追い出すべきかと議論するシーンで、ミョンファは『全員が一緒に助かる方法を考えるべきでは?』と言います。しかし、私はその意見が正しいかどうかの答えを出してはいませんし、そもそも答えなど出ないのかもしれない。しかし、それでも問いかけることが大事なのです。観客のみなさんがそんな問いを持ち帰ってくださったら、それ以上の喜びはありません」
© 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
取材・文:稲垣 貴俊
© 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
作品情報
- 監督:オム・テファ
- 出演:イ・ビョンホン、パク・ソジュン、パク・ボヨン、キム・ソニョン、パク・ジフ、キム・ドユン
- 製作年:2023年
- 製作国:韓国
- 上映時間:130 分
- 配給:クロックワークス
- 公式サイト:klockworx-asia.com/CU/
- 2024年1月5日(金)より全国公開
予告編
バナー写真:映画『コンクリート・ユートピア』より © 2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.