
映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』:「よそ者」から見たアメリカ社会、ファンタジーで表現
Cinema- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
韓国人女優チョン・ジョンソの起用
ルイジアナ州・ニューオーリンズ。12年にわたり精神病院に隔離され、虐待を受けていた少女モナ・リザは、赤い満月の夜、突如として他人を思うままに操る能力に目覚めた。脱走した彼女が出会ったのは、シングルマザーのストリッパーであるボニー・ベル。モナ・リザは彼女の家に転がり込み、幼い息子のチャーリーとも仲良くなる。ところが、ボニーはモナ・リザの能力を強盗に悪用しはじめた。
病院から脱出したモナ・リザは空腹のまま街をさまよう © Institution of Production, LLC
デビュー作『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』(2014)が絶賛されたアナ・リリ・アミリプール監督にとって、本作『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』は長編第3作。構想のきっかけは、イギリスでイラン人の両親のもとに生まれ、のちにアメリカに移住した自らの、「自分がよそ者だと自覚していた」子ども時代だったという。「本当の居場所はどこなのかと考えていた当時の私に、ファンタジー映画のヒーローが力を与えてくれました」。
もうひとりの主人公、ボニー・ベル役は『あの頃ペニー・レインと』(00)のケイト・ハドソン(右)© Institution of Production, LLC
主人公のモナ・リザは、まさにかつての監督自身が憧れたようなスーパーヒーローだ。北朝鮮に生まれ、アメリカの精神病院で人生の大半を過ごしてきたが、特別な力に目覚める。演じたチョン・ジョンソは、『バーニング 劇場版』(18)で巨匠イ・チャンドン監督に見出され、Netflix映画『ザ・コール』(20)』や『バレリーナ』(23)で活躍する注目株だ。
アミリプールは当初、モナ・リザ役を演じる俳優の見当すらつかないまま、北朝鮮出身という設定を決めて脚本を執筆したという。チョンが抜擢されたきっかけは、アミリプールが監督として参加したドラマ『トワイライト・ゾーン』(19-20)に、チョンと『バーニング』で共演したスティーヴン・ユァンが出演していたことだった。
アナ・リリ・アミリプール監督 ©Mayan Toledano
「他者の支配を受けない北朝鮮の地に生まれ、誰に対しても絶対的な支配力を持つ、それがモナ・リザです。本作の脚本を書き終えたのは、ちょうどスティーヴン・ユァンと仕事をしていた時でした。作品の話をしたら、彼に『『バーニング』を見るべきだ、素晴らしい女性が出ているから』と言われたんです。実際に作品を観て、ジョンソに釘付けになりました。本当に神秘の力を秘めているようで、しかもパワフル。彼女こそモナ・リザだと思いました」
オーディションののち、チョンはアミリプールに会うため、自費でロサンゼルスを訪れた。ふたりはすぐに打ち解け、1週間をともに過ごすなかで互いを信頼し合ったという。
「ジョンソは非常に直感的な女優。彼女がどんなふうにエネルギーを作品にもたらすかを知ることができたのは幸運でした。英語の台詞を話すため、彼女に言葉の壁があったことは確かです。しかし、ジョンソが役柄を深く理解してくれたおかげで、ある意味ではとても自由な作業になりました」
チョン・ジョンソにとっても本作は長編映画第3作。英語作品デビューとなった © Institution of Production, LLC
アミリプールは、モナ・リザを「言葉よりも身体で多くを語るキャラクター」だと語る。劇中の音楽やサウンドも、そうした側面を強調するために使用された点があったようだ。「この映画は精神の混乱を描いていて、ジェットコースターのような目まぐるしさがあります。観客とモナ・リザは、そこで同じ時間をともに過ごすのです」
監督の見た「アメリカ社会」を反映する
物語の舞台であるニューオーリンズは、歴史的にアメリカ・アフリカ・フランス・スペインなどの文化が混在し、「文化のるつぼ」と呼ばれる土地だ。以前この場所に暮らしていたアミリプールは、「原始的でクレイジーでカラフル、エレクトリックな場所」だと表現。劇中ではその街中をチョン演じるモナ・リザが駆け回るほか、アジア文化も登場する。
「私にとってのアメリカは、まるでスープのようにいろんなものが混ざりあった場所なのです」とアミリプールは語る。幼少期をイギリスで過ごし、まだ幼いながらに家族でフロリダに引っ越し、高校時代からはカリフォルニアで過ごした、しかし自らのルーツはイランにある――そんな自身の経験にもまた、「いろんなものが混ざりあっている」というのだ。
モナ・リザを追うハロルド巡査役は名バイプレーヤーのクレイグ・ロビンソン。シリアスな役柄だが愛嬌たっぷりだ © Institution of Production, LLC
「私のアメリカに対する見方は、きっと何歳になっても、どこに住んでも変わらないでしょう。メキシコ人や中国人、白人、黒人など、あらゆる人々があらゆる場所にいつも存在しているのがアメリカであり、ここに単一の集団しか存在しないと考えることはできません。自分がイラン人だからか、それとも変わった形でアメリカに来たせいかはわかりませんが、私は人々を外側から見ながら、同時に彼らと接してきた感覚があります。そのことは自分の物語に反映させたいですし、特別に意識せずともそうなっていると思います」
DJ・ファズ役は『デッドプール』(16)などのエド・スクライン。チョン・ジョンソとの演技の相性は抜群だ © Institution of Production, LLC
ストーリーテラーとして、アミリプールはあらかじめ脚本を精密に固めておくことで、自らの世界観をしっかりと表現する。そのうえでリハーサルを重ね、試行錯誤を繰り返しながら脚本を練り上げるのだ。事前に入念な準備をしておくことで、撮影のタイトなスケジュールも乗りこなすことができる。「肝心なのはリハーサル」だと断言した。
しかし、撮影の本番では「いつも魔法がかかる」という。とりわけ、ニューオーリンズ最大のメインストリートであるバーボン・ストリートでの撮影には唯一無二の“リアルな”魅力を感じたようだ。一帯を封鎖できなかったため、一般の人々が出入りする中で撮影を敢行したのである。
ボニーの息子・チャーリー役のエヴァン・ウィッテン(右)。ドラマ「スター・ウォーズ:アソーカ」(23)にも出演する新星 © Institution of Production, LLC
「リハーサルは撮影と同じ場所ではないし、同じ時間でもありません。夜のバーボン・ストリートは酔っ払いばかりで、何をやらかすかわからないんです。けれども、コントロールできないことばかりなのが面白かったし、私たちもその環境に必死で食らいついていく。この映画をリアルで、自然で、生き生きとしたものに感じてもらえたら嬉しいです」
もっとも、興味深いことにアミリプールは「この映画が現実の反映であるとか、これこそが現実の感覚だとか言うつもりはありません」とも語っている。「たとえ現実的な映画でさえ、現実そのものではないのだから」と。
ベルはお金のためなら手段を選ばない。ケイト・ハドソンにとっても新境地の役柄だ © Institution of Production, LLC
「私は空想的な作品が好きです。旅に出たくなった時、新しい土地に行きたくなった時には映画を観るほどです。自分にとって、映画とは夢に近いもの。夢から覚めるといつも、まるでそれが現実だったかのようなリアリティを感じますよね。映画は、他者に自分の夢を見せる方法のひとつなのです」
本編に特殊効果をなるべく使わないのも、自分自身がCGによって「夢から覚めてしまうから」だとアミリプールは話す。「私の理想は、まるでマジックのように、目の前で見せられても『一体どうやったんだろう?』と思えるもの。その世界に触れられそうな感覚を作り出したいと考えています」
撮影監督は『ミッドサマー』(19)のパヴェウ・ポゴジェルスキ。映像の美しさにも注目 © Institution of Production, LLC
取材・文:稲垣 貴俊
© Institution of Production, LLC
作品情報
- 監督・脚本:アナ・リリ・アミリプール
- 出演:ケイト・ハドソン、チョン・ジョンソ、クレイグ・ロビンソン、エド・スクライン、エヴァン・ウィッテン
- 製作年:2022年
- 製作国:アメリカ
- 上映時間:106分
- 提供:木下グループ
- 配給:キノフィルムズ
- 公式サイト:https://monalisa-movie.jp
- 11月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開
予告編
バナー写真:映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』よりモナ・リザ(チョン・ジョンソ、左)© Institution of Production, LLC