映画『さよなら ほやマン』:石巻出身の庄司輝秋監督が震災12年後に見つめる水平線の彼方
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ほやマンの誕生まで
“所謂(いわゆる)、ご当地映画だろう”などという先入観は、上映開始早々“ほやマン”に打ち壊されるのでご注意を! 宮城県の離島でその日暮らしの漁師・アキラ(アフロ)と弟・シゲル(黒崎煌代)の家に突如転がりこんできた、訳ありっぽい漫画家・美晴(呉城久美)。生まれ育った島で惰性的に暮らす兄弟と、都会からふらりと島に流れ着いた女の奇妙な出会いから、不器用な彼らの再生の物語がダイナミックに描かれる『さよなら ほやマン』。東北のちいさな島から、いかにして普遍的な人間ドラマが生まれたのか? 脚本、監督を手がけた庄司輝秋に、本作の重要なモチーフとなる、ほやのアイデアから聞いた。
「地元・宮城県石巻市の特産品のほやは、昔から食卓に上がる食材でした。当たり前すぎて、気にも留めてなかったのですが、5、6年前に実家に帰ったとき、卓上のほやを見て改めて“これは一体、何だろう?”と。実は貝じゃないくらいの知識はありましたが、調べはじめたら、それどころじゃなかった! 卵で生まれ、ちいさい頃は海の中を泳ぎまわっていたのに、ここぞという住処(すみか)を見つけると、背骨と脳みそがなくなって、ずっと同じ場所に住み続ける。そんな生態を知ったとき、“俺はいま、ほやになりかけているのかもしれない”と思ったんです。短編映画『んで、全部、海さ流した。』(13)を撮った後、なかなか次の脚本が書けず、パッとしない自分に諦めを感じていたんですね。ほやの生態と諦めた人間の生き方がギュッと結びついたとき、これなら書けるかもしれないと」
タイトルにも掲げられた“ほやマン”の構想は、執筆途中のターニングポイントがきっかけだったという。
「(前作に続き)山上徹二郎プロデューサーと次は長編を一緒にと思って、最初に書き上げた脚本をコンペに出したのですが、最終選考で落ちてしまって。その後、押田興将プロデューサーが加わり、脚本を書き直すなかで、ほやマンが登場しました。それまではソフトな人情ストーリーというのか、いまのようなポップな感じではなかった。リライト中、押田さんから『ゆるキャラを出してみれば?』なんて、乱暴な球を投げられて(苦笑)。“ゆるキャラって……”と思いながらも、たしかに昔、ご当地ヒーローブームってあったなと。石巻は、石ノ森章太郎さんとゆかりの深い町で、町中に仮面ライダーの像が立っている。全然あり得ない話でもないのかも!? と“ほやマン”を捻(ひね)りだしたら、いまのような形でストーリーが転がりはじめました」
個性派キャストの魅力
一見、突飛な発想も、緻密なアプローチと深い考察で、物語に説得力をもたらす。アキラ兄弟を見守る、近所の老女・春子(松金よね子)像もユニークだ。
「映画の中のおばあさんって、いいおばあさんという役割に閉じ込められがち。それに対して、ずっと不満がありました。家に縛られて、自分のやりたいことを我慢してきた春子は(弟、ひいては家族に縛られる)アキラに複雑な思いを抱いている。そして、自分の人生は失敗だったと言いながらも、葛藤し続けている。松金さんにお会いしたとき『おばあさん役って、いつも地味な服を着せられて、なぜか東京音頭を踊らされて。私はミック・ジャガーが好きなのに!』みたいなことをおっしゃっていて(笑)。松金さんなら、春子にぴったりだと確信しました。僕は、キャラクターも、ストーリーも、定型に乗り切らないことが大事だと思っています。物語で全部を掬(すく)いとろうとすると、おとぎ話になりすぎるというか。今回のエンディングについても、つい恋愛に落とし込みがちだし、そう要求されたこともありましたが、そういうことだけが人間の関係じゃない。そこは自分の気持ちを貫きました」
本作が長編デビューとなる庄司監督のもと、初主演のアフロ、俳優デビューの黒崎、初のヒロイン役に挑む呉城という、フレッシュなメンバーが集結。約3週間にわたる網地島での撮影期間を「奇跡的なエネルギーに満ちていた」と振り返る。
「黒崎くんは、オーディションも初めてだったんです。とても楽しそうに演技をする、天真爛漫な姿に魅力を感じました。シゲルって、作為からいちばん遠いキャラクターなので。『シゲルはシゲルだから』と何をやっても許されるけど、一人前になれないつらさもあって。『お前は黙ってろ』と言われて、いつも口を閉ざしていたシゲルが、アキラに背いてほやを食べるシーンで初めて、自立したいという気持ちを外に出す。自分のしたいことをするシゲルの姿に美晴も一歩踏みだし、美晴がアキラを焚(た)きつけることでアキラも変わっていく。アキラを見て、春子さんも変わる。みんなが変わる起点になるのがシゲルなんです」
心の痛みと向き合う
若者だけでなく、老人も変化する可能性がすばらしい。ほぼ順撮りで進んだ撮影の中で、特に印象に残っているシーンを聞いた。
「不動産屋が帰った後、家の中で呆然とする3人の姿から、アキラが出ていく一連の芝居は、彼らの間(ま)になっていて、何回見てもいいシーンだと思いました。ヨリの画(え)も撮りましたが、芝居がよかったので、切らずにヒキ(画)のままで、最小限のアキラのヨリだけでつなぎました。撮影・照明の辻(智彦)さんはドキュメンタリー出身ということもあり、手持ちカメラの臨場感、被写体との一体感がすごい。特に後半のカメラワークには、辻さんのクレバーさと野生的な勘が最大に発揮されています」
家を出ていったアキラを追いかける美晴の、その後のシーンも印象的だ。対峙した二人は、まさかの行動に出る。
「演劇的な場面なので、現場に入るまで心配でしたが、撮ってよかったと思っています。実はいちばん最後に追加したシーンだったんです。アフロさんのキャスティングが決まった後、もう少し美晴とアキラがしっかり対面するシーンを作ろうということになって。アフロさんならきっと、人を叩く前に、自分に刃を向けるのではないか。だからこそ、痛みを自分ひとりで背負ってしまうのかもしれない、と。アフロさんに引っ張られて、あのシーンが生まれました」
シーンの終わりの「あんたの痛みは、あんただけのもんじゃないんだからね」という美晴のセリフには、どんな思いを込めたのだろうか。
「家の中につらい思いをしている人がいたら、見ているこっちまでつらくなるじゃないですか? 痛みやつらさって、共有することで和らぐこともあるから、ひとりで抱えすぎないで、あなたはひとりじゃないよという思い。そして、心の痛みの原因にちゃんと向き合いなよ、というエールでもあると思っています」
東日本大震災で行方不明になった両親の言いつけを守り、弟の面倒を見るだけで精一杯のアキラは、未来のことまで頭が回らない。そんな思考停止状態にあったアキラを揺さぶる美晴を「津波のような人」と表現する。
「12年前、アキラの人生を奪った津波が、また現れたような。一見自由で、自分勝手だけど、定住する場所を持てずに生きざるを得ない人。アキラや春子とは対照的な存在として、美晴を造形しました。アキラが12年ぶりにトラウマに立ち向かうことや、美晴が無理やり家を買おうとすること、はたから見れば馬鹿げているけれども、やってみることで、何かが動きだす。美晴のセリフにもありますが、生き直すきっかけを得るために、理屈に合わないことを一瞬でも信じて、気持ちを動かすことは、常に描きたいテーマとしてあります」
東京に居場所をなくして、島にやってきた美晴も、自分の心の傷と向き合う。ラストの美晴は、その名の通り、晴れやかで美しい。
「ト書きの『衒いのない、まっすぐな笑顔』を読んだ呉城さんから『私、笑えないかも』とずっと言われていて。笑えなかったら、仕方ないよと伝えて、撮影に臨みました。当たり前のように笑える人なら面白くないから。最後に”あ、この人ってこういう風に笑うんだ!”って、観客にハッとしてほしかった。あの笑顔が撮れたとき、ガッツポーズしながら、“あぁ、こういう風に笑うんだ”と思いました」
12年経ったから描けたこと
初監督とは思えぬ腹の据わり方である。音楽を大友良英にオファーしたセンスも、ゆるぎない。
「大友さんの音楽には、斜に構えたところがなく、音楽が好き! という衒いのなさを感じます。そんな前向きなエネルギーがこの映画には必要だった。ノイズ音楽からフリージャズまで、多岐にわたる振り幅の広さも、ほのぼのとしているけれども、どこかヒリヒリとした、エンディングに向かって様相が変わっていくこの作品に必要だと思いました。クライマックスの、アキラが津波に立ち向かうシーンは、坂田明さんのサックスと芳垣安洋さんのドラム、大友さんのギターが聴きたいとリクエストしました」
アキラの絶叫と大友の音楽、カリーヌ・カリフェのアニメーションが渾然(こんぜん)一体となったクライマックス・シーンは圧巻だ。
「脚本執筆当初から悩んでいたのが、アキラの精神的なトラウマをどう解消するかということでした。物語の構造上、もう一度立ち向かうしかないのですが、フィクションであっても、津波を起こすことには抵抗がありました。試行錯誤するなかで、ここで必要なのは、本当の津波ではないのだと。東日本大震災は、実家が流された僕にとって、いまも重要な出来事ですが、12年経つと、いろいろなことが相対化できる。毎年のように、毎日のように災害や紛争が起こり、全くコントロールできないところで、荒波に呑まれてしまうことって、本当によくある。そう考えたとき、ただ震災を現実に起きたこととして描くのではなく、抗えないもののなかで、奪われた人生や、人、命に対して、どのように向き合っていけるのかを描くことが、この作品の極限的なテーマになりました」
庄司監督が頭と心を動かし続けて、誕生した本作。これが、観る者を固定観念から解き放ち、感情を揺り動かし、エナジーを与える、愛すべき映画の原動力なのだろう。
インタビュー撮影:五十嵐 一晴
取材・文:石村 加奈
作品情報
- 出演:アフロ(MOROHA)呉城 久美 黒崎 煌代
- 津田 寛治 / 澤口 佳伸 園山 敬介 / 松金 よね子
- 監督・脚本:庄司 輝秋
- 音楽:大友 良英
- エンディングテーマ:BO GUMBOS「あこがれの地へ」(EPIC RECORDS)
- アニメーション:Carine Khalife
- 配給:ロングライド/シグロ
- 製作年:2023年
- 製作国:日本
- 上映時間:106分
- 公式サイト:
https://www.cine.co.jp/hoyaman/index.html
11月3日(金・祝)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー