『岬の兄妹』:自主製作で映画界に殴り込む片山慎三監督
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自然体の迫力
「自分の映画を作りたい」。映画監督になるのは、若い時にこういうシンプルな思いを抱き、それを実現した人々なのだろう。『岬の兄妹』でデビューした片山慎三監督に会って、そんな当たり前のことが強く印象に残った。
これまでの道のりを聞いてみると、映画界に入って経験を積んでいくまでは淡々とした感じで話すのだが、そこから先の「自分の映画」を作る局面に入るや、一気にギアを上げ、自ら強い意志で行動を選び取っていったのだろうと思わせる。
「中学生の頃から映画をやろうと思っていました。単純に映画が好きでよく見ていたから。漫画もよく読んでいたので漫画家になろうかなとも思ったんですけど、絵がそんなにうまくなかったので」
高校を卒業するとすぐシナリオの学校に入った。映画を志して上京する、といった大仰な感じではなく、大阪・豊中市の実家から電車で通えるところを選んだ。アルバイトをしながら1年そこで学んだ後、中村幻児監督が週末だけ開く「映像塾」(東京・高田馬場)に入る。結局は上京を決意したわけだが、その動機は「月謝が安くて、働きながら通えるから」と至ってシンプルなのだ。
ごく自然体で映画人たちの住む世界へと入り、その住人になっていったような印象を受ける。しかし撮影の現場を紹介されて向かう先には、出会うべくして出会う人たちがいた。いつしか韓国のポン・ジュノや山下敦弘といった気鋭の監督の下、助監督として現場の経験を積んでいくことになる。
10年温めたストーリー
中でも27歳の頃、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009年)の撮影で韓国に渡り、1年ほど滞在したのが大きな経験となった。今回の作品もそのときに書いた脚本が原型になっている。
『岬の兄妹』は、知的障害者の妹とその面倒を見る兄の物語。足に障害のある兄は、リストラで職を失い無一文になってしまう。家賃・光熱費を払えず、飢えに苦しむ中、ひょんなことから妹に売春をさせて金を得る生活に足を踏み入れていく…。
「花村萬月の『守宮薄緑』(やもりうすみどり)という短編集の中に、風俗のスカウトマンが街で知的障害の女の子に声をかけ、その子をソープランドに売るっていう話があるんですよ。キム・ギドク監督の『悪い男』(01年)みたいなね。こういう話を映画にしたいなとは前から思っていたんです」
脚本に着手してからは、山本譲司のノンフィクション『累犯障害者』に出てくる知的障害の女性たちの話からも着想を得た。
「売春をして捕まり、刑務所に入っては出てを繰り返す彼女たちが、客と接しているときだけ女性として認めてもらえる実感があって、その快感から抜け出せなくなるんですね。それが面白いなと思って。最初は生活のために体を売るんだけど、だんだんその行為自体が目的になってくる。そういう変化を表現したいと」
この脚本で映画を撮ろうと決め、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11年)で知り合った俳優、松浦祐也に声を掛ける。撮影に入る日が近づくが、ストーリーにはどこかしっくりこないものを感じていた。
「松浦さんと相談しているうち、兄と妹という設定にしたらいいんじゃないかということになって。障害者の女性を売る男、売られる女性、どちらかの視点からとか、一方に焦点を当てて描くのではなく、こういう男女の関係性に興味があったんです。これを血のつながった兄と妹の話にすれば、すでに関係性ができたところから始められるので、物語のスピード感はいいのかなと。他人同士だとそれぞれの背景や出会いから描かないといけないですからね」
障害、貧困、差別、セックス
撮影を開始したのが今から3年前の2016年2月。季節ごとに何日かずつ撮影を重ねていき、翌年3月、1年の間に繰り広げられる兄妹の物語を撮り終えた。そこから編集にさらに1年をかける。
「助監督時代は、時間がかけられないことに常に疑問を感じていたんです。今回は自分の1本目だし、撮影にはできるだけ時間を作って、好きなようにやろうと。気に入らないところを撮り直したり、音楽を細かく修正してもらったり、一つ一つ終わらせていくと、これくらい時間がかかってしまった。音楽には結構こだわりました。撮っているときから自分の中で鳴っている音楽があったので、それを作曲家の高井妃楊子さんにどう伝えたらいいか苦労しましたね」
そこまでこだわりながら、キャストやスタッフがついてきたのは、監督の熱意が尋常でないことを感じ取ったからに違いない。
「お金はすべて自分で出しました。内容的に誰かに持って行きにくい話だし、お金を出してもらう人に意見を言われたくなかったんですよね。クラウドファンディングという手もあったんですが、疑問に思うところもあって使う気になれなかった。貯金を切り崩していって、使い果たしたらまた貯めて…、1年で大体300万円くらいですかね」
妥協しないという決意とともに作品を撮り進めたが、完成を目前に1点だけ譲ったところがあるという。
「この映画はR15指定なんですが、1カットだけ切ればR18からR15になると言われて、だったら切ろうと。実をいうと、これだけやってもR18じゃないんだと意外な感じがしました。次はもっと過激にしなきゃダメだなと…(笑)。でも高校生も見られるというのはいいですね。若い世代の反応は気になります。映画をやろうという子が少なくなっているような気がしているので。ちゃんと見てもらって、恋愛モノとか漫画が原作の映画ばかりじゃない、こういうリアルで社会的なのもあるんだというのを知ってもらえたらいい。自分もそういう映画がやりたい、って思ってもらえたら最高ですよね」
『岬の兄妹』は、差別や貧困に苦しむ人々を扱いながらも、その闘いをテーマに掲げたいわゆる社会派の映画とはかなり違う。性や暴力を赤裸々に描き、善悪を超えた、人間たちのむき出しの欲望に迫っている。
「性や暴力については、単に映画表現として好きだから、というのはあります。子供のときから見てきた映画の影響で、自然にそういう表現に行き着くんでしょうね。差別された人々や、社会の底辺で生きる人々を描くからといって、特に今の日本社会に対して憤りを感じているとか、こうあるべきとかいうメッセージを込めたつもりはないです。それよりもこの兄妹の人間としての生き方、その力強さを見せたかった。若い人たちが生きづらさを感じているとしたら、こういう生き方もあるんだよ、というのは出せたかもしれないですね」
2018年、埼玉県と川口市などが主催するSKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション部門で観客賞と作品賞に輝き、異例のスピードで劇場公開にまで至った『岬の兄妹』。スウェーデンのヨーテボリ国際映画祭にも正式出品され、国内外の注目は高まる一方だ。
「今は次の作品のことで頭がいっぱいで、方向性をひたすら考えているところです。もう少し一般性の高い映画にチャレンジしたいという気もありますが、テーマとしてはやはり、発言権が与えられていない社会的弱者とか、虐げられて生きているようなマイノリティーを取り上げたい。今回、『岬の兄妹』を撮っていくうちに、そういう人たちが何とか自分たちだけの力で生きていこうとする強さを表現しよう、そんな思いが形になっていく手応えがあった。悲惨な状況の中にも何か希望が見える、そう感じてもらえる映画を作りたいですね」
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
作品情報
- 出演=松浦 祐也、和田 光沙、北山 雅康、中村 祐太郎、岩谷 健司、時任 亜弓、風祭 ゆき(特別出演)ほか
- 監督・製作・プロデューサー・編集・脚本=片山 慎三
- 撮影=池田 直矢、春木 康輔
- 音楽=髙位 妃楊子
- 配給=プレディシオ
- 配給協力=イオンエンターテイメント/デジタルSKIPステーション
- 宣伝=太秦
- 製作年=2018年
- 上映時間=89分
- SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国内コンペ部門 優秀作品賞&観客賞W受賞
- ヨーテボリ国際映画祭2019イングマール・ベルイマン賞ノミネート
- 3月1日(金)よりイオンシネマ板橋、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9ほか全国順次ロードショー
- 公式サイト=https://misaki-kyoudai.jp/
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