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『岬の兄妹』:自主製作で映画界に殴り込む片山慎三監督

文化 Cinema

3月1日公開の『岬の兄妹』は、障害者の性という難しいテーマに迫り、さまざまな映画祭で観客に衝撃をもたらした話題作。片山慎三監督が初の長編に自作の脚本で挑み、編集からプロデュースまでを手掛けた渾身の自主製作映画だ。

片山 慎三 KATAYAMA Shinzô

1981年生まれ。大阪府出身。中村幻児監督主宰の映像塾を卒業後、オムニバス映画『TOKYO!』(2008)のポン・ジュノ監督パート、ポン・ジュノ監督『母なる証明』(09)、山下敦弘監督『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』(12)、『味園ユニバース』(15)などに助監督として参加。監督作に「アカギ」第7話(BSスカパー、15)、短編アニメ『ニンゲン、シッカク』(青森斜陽館、17)など。現代アーティスト村上隆のアニメシリーズ『シックスハートプリンセス』では、5~7話の脚本を担当。

自然体の迫力

「自分の映画を作りたい」。映画監督になるのは、若い時にこういうシンプルな思いを抱き、それを実現した人々なのだろう。『岬の兄妹』でデビューした片山慎三監督に会って、そんな当たり前のことが強く印象に残った。 

これまでの道のりを聞いてみると、映画界に入って経験を積んでいくまでは淡々とした感じで話すのだが、そこから先の「自分の映画」を作る局面に入るや、一気にギアを上げ、自ら強い意志で行動を選び取っていったのだろうと思わせる。

岬の兄妹 ©SHINZO KATAYAMA
岬の兄妹 ©SHINZO KATAYAMA

「中学生の頃から映画をやろうと思っていました。単純に映画が好きでよく見ていたから。漫画もよく読んでいたので漫画家になろうかなとも思ったんですけど、絵がそんなにうまくなかったので」

高校を卒業するとすぐシナリオの学校に入った。映画を志して上京する、といった大仰な感じではなく、大阪・豊中市の実家から電車で通えるところを選んだ。アルバイトをしながら1年そこで学んだ後、中村幻児監督が週末だけ開く「映像塾」(東京・高田馬場)に入る。結局は上京を決意したわけだが、その動機は「月謝が安くて、働きながら通えるから」と至ってシンプルなのだ。

ごく自然体で映画人たちの住む世界へと入り、その住人になっていったような印象を受ける。しかし撮影の現場を紹介されて向かう先には、出会うべくして出会う人たちがいた。いつしか韓国のポン・ジュノや山下敦弘といった気鋭の監督の下、助監督として現場の経験を積んでいくことになる。

10年温めたストーリー

中でも27歳の頃、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009年)の撮影で韓国に渡り、1年ほど滞在したのが大きな経験となった。今回の作品もそのときに書いた脚本が原型になっている。

『岬の兄妹』は、知的障害者の妹とその面倒を見る兄の物語。足に障害のある兄は、リストラで職を失い無一文になってしまう。家賃・光熱費を払えず、飢えに苦しむ中、ひょんなことから妹に売春をさせて金を得る生活に足を踏み入れていく…。

岬の兄妹 ©SHINZO KATAYAMA
岬の兄妹 ©SHINZO KATAYAMA

「花村萬月の『守宮薄緑』(やもりうすみどり)という短編集の中に、風俗のスカウトマンが街で知的障害の女の子に声をかけ、その子をソープランドに売るっていう話があるんですよ。キム・ギドク監督の『悪い男』(01年)みたいなね。こういう話を映画にしたいなとは前から思っていたんです」

脚本に着手してからは、山本譲司のノンフィクション『累犯障害者』に出てくる知的障害の女性たちの話からも着想を得た。

「売春をして捕まり、刑務所に入っては出てを繰り返す彼女たちが、客と接しているときだけ女性として認めてもらえる実感があって、その快感から抜け出せなくなるんですね。それが面白いなと思って。最初は生活のために体を売るんだけど、だんだんその行為自体が目的になってくる。そういう変化を表現したいと」

 

この脚本で映画を撮ろうと決め、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11年)で知り合った俳優、松浦祐也に声を掛ける。撮影に入る日が近づくが、ストーリーにはどこかしっくりこないものを感じていた。

「松浦さんと相談しているうち、兄と妹という設定にしたらいいんじゃないかということになって。障害者の女性を売る男、売られる女性、どちらかの視点からとか、一方に焦点を当てて描くのではなく、こういう男女の関係性に興味があったんです。これを血のつながった兄と妹の話にすれば、すでに関係性ができたところから始められるので、物語のスピード感はいいのかなと。他人同士だとそれぞれの背景や出会いから描かないといけないですからね」

兄・良夫(松浦祐也) ©SHINZO KATAYAMA
兄・良夫(松浦祐也) ©SHINZO KATAYAMA

妹・真理子(和田光沙) ©SHINZO KATAYAMA
妹・真理子(和田光沙) ©SHINZO KATAYAMA

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