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笑えて悲しいコメディ映画『宇宙探索編集部』:新星コン・ダーシャン監督の哲学を聞く

Cinema

稲垣 貴俊 【Profile】

大学の卒業制作ながら、アジア各国の映画祭・映画賞で数々の賞に輝いた『宇宙探索編集部』。廃刊寸前のUFO雑誌の編集長が、宇宙人を求めて仲間とともに旅をする、笑いと切なさに満ちたコメディだ。本作で中国映画界の新星として注目を浴びたコン・ダーシャン監督が、日本での劇場公開にあたり来日。世界中の映画を愛し、日本映画への造詣も深い奇才に、自身の創作と哲学を聞いた。

コン・ダーシャン(孔大山) KONG Dashan

1990年生まれ。2011年、四川伝媒学院の卒業制作として短編『少年馬力傲的煩悩』を、卒業後の14年には『長夜将尽』を監督。15年、北京電影学院の大学院に入学。『法制未来時』(15)、『親密愛人』(16)、『春天, 老師們走了』(17)などの短編を撮り、注目を集める。初の長編監督作となる本作『宇宙探索編集部』は平遥国際映画祭で最優秀作品賞、北京国際映画祭の「注目未来」部門の作品賞を受賞。中国を代表する映画批評誌「青年電影手冊」が選ぶ22年の「今年の監督」、「今年の脚本家」賞に輝き、23年Weibo映画賞でも「今年の新鋭監督」に選ばれるなど、現在中国で最も期待を集める若手監督の一人となっている。

1990年、人気UFO雑誌「宇宙探索」に所属するタン・ジージュンは、宇宙への夢を追う若手編集者だった。しかし30年後の今、もはや「宇宙探索」は廃刊寸前。編集部員は減り、経済的にも困窮して電気代すら払えない。そんな時、現編集長を務めるタンは、中国西部の村に宇宙人が現れたという情報を掴み、宇宙人を探す旅に出ることを決意する。仲間とともに西へ向かった一同を待っていたのは、予想と人智をはるかに超える出来事だった……。

『西遊記』の三蔵法師や孫悟空たちのごとく、タン一行は中国を西へ西へと移動する ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
『西遊記』の三蔵法師や孫悟空たちのごとく、タン一行は中国を西へ西へと移動する ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

1990年生まれのコン・ダーシャン監督が本作を着想したきっかけは、とあるニュースを目にしたことだった。ある村の住民が「宇宙人を捕まえた」とマスコミに連絡したところ取材が殺到。しかし記者たちが目にしたのは、冷凍庫に保管されたシリコンのオモチャだったのだ。メディアのカメラを前にして、その住民は宇宙人を捕らえる過程を真剣に語ってみせたという。

「ニュースやドキュメンタリーは事実を記録して伝えるもの。しかし、その住民は明らかにメチャクチャな話をしていました。リアルな手法で撮影されているのに、被写体の人物は大真面目に嘘八百を語っている。その時、これをフェイクドキュメンタリー映画にしたら荒唐無稽で面白いと思ったんです。実際、劇中にはこのエピソードも取り入れました」

フェイクドキュメンタリーとは、フィクションの物語をドキュメンタリーのような手法でリアルに描く作品のこと。映画『宇宙探索編集部』は、中国西部を目指すタン編集長と仲間たちにカメラマンが帯同し、その様子を記録しているという体で進行する。

旅先でタンが出会った少年スン・イートン(ワン・イートン)。なぜ頭に鍋をかぶっているのか? ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
旅先でタンが出会った少年スン・イートン(ワン・イートン)。なぜ頭に鍋をかぶっているのか? ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

大学院生、中年の苦悩を撮る

絶妙に設計された物語のリアリティが、この映画の大きな魅力だ。タン率いる雑誌「宇宙探索」は、実際に80~90年代の中国で人気を博したUFO雑誌「飛碟探索」がモデル。コン監督は「当時の読者や編集者が、今も変わらずUFOや宇宙人を探すことに夢中だったら?」と想像したのだ。中年編集者のタンは、仕事では同僚から信用されず、私生活では悲しい出来事を背負ったまま、それでも夢を追いかけている。

したがって“コメディ映画”である本作は、その笑いの裏側に悲しみと寂しさがぴったりと張り付いている。筆者が思い出したのは、ダウンタウン・松本人志の初監督作『大日本人』(07)の前半部。同じくフェイクドキュメンタリーの形式で、笑いとともに主人公の孤独と悲しみを見せるところに共通点を感じた。コン監督にそう伝えると、頷きながら「僕も『大日本人』は観ています。とても面白かったですね」と笑顔で応じてくれた。

「笑いから悲しさや寂しさを切り離せないのは、それが僕自身の人生観だからかもしれません。この映画は“荒唐無稽”がテーマですが、物語としては悲劇でもあります。だから表面的には笑える、面白い映画にしたかったけれど、その背後にある人生の悲しさと寂しさも伝えなければと思っていました」

「宇宙の異常な波動はテレビの砂嵐を通じて観測できる」とタンは力説する ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
「宇宙の異常な波動はテレビの砂嵐を通じて観測できる」とタンは力説する ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

主人公のタン・ジージュンは中年であり、コン監督とは年齢の開きが大きい。初めての長編映画、しかも卒業制作で同世代ではなく年長者の苦悩を描くことを決めたのは、それ以前に監督した短編作品で、すでに若者の悩みは描いてしまったと感じたからだった。

「学生時代に『少年マーリャオの悩み』という映画を撮りました。それから10年後に作ったこの映画は、いわば『中年タン・ジージュンの悩み』ですね(笑)。僕は20代の頃から、“50代や60代になったらどんな悩みを抱えるんだろう?”とぼんやり考えていたので、今のうちにそれを映画にしたかった。幸い、周囲には有名な監督や作家たちがいて、その中には50代の方々もいます。皆さんの作品に触れているうちに、彼らが何について悩み、何を求めているのかが、ある意味で理解できたような気がしたんです」

周囲の視線や声に構うことなく、がむしゃらに夢を追うタン ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
周囲の視線や声に構うことなく、がむしゃらに夢を追うタン ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

「ぶら下げられたニンジン」の哲学

『宇宙探索編集部』がユニークなのは、若い頃から宇宙を夢見ているタンの“ちっぽけな”人生が、この世界や宇宙のとてつもないスケールと対比される点にもある。現代社会にうまくなじめない人物を優しく見つめる演出もあいまって、夢を追い続けるタンの姿勢は尊くも見えてくるが、意外にもコン監督は「タンを肯定しようとは思わなかったし、肯定しているつもりもない」と語った。

「人間のこだわり、執念を描くことに興味がありました。ただ、それらの是非は僕が結論を出せるものではない。だから、いかにタンが執念を捨て、悟りの境地に達するかを大切にしたんです。タンは“真理は宇宙にある”と考えますが、実際のところ真理は自分の中にある。自分の外ではなく内側に答えを求めるべきだ、という考え方が映画の根底にあります」

時に情熱的に、時にはじっくりと考えながら、コン監督は質問への答えを紡いでくれた
時に情熱的に、時にはじっくりと考えながら、コン監督は質問への答えを紡いでくれた

映画の終盤には、旅を続けるタンの前に一頭のロバが現れる。その鼻先にはニンジンがぶら下がっているが、ニンジンがくくりつけられた紐(ひも)と竹はロバ自身の胴体に固定されていて、ロバはどれだけ走ってもニンジンを食べることができない……。

「人間は誰でも、あのロバと同じような存在だと思います。ロバにとってのニンジンのように、タンの目の前にはUFOがぶら下がっている。すると人間は、目の前にぶら下がったものには意味があるのだと信じたくなります。それでも、時には“こんなものに意味があるのか? 私はこれが本当に必要なのか?”と疑ってしまうし、その対象に実際以上の意味を求めてしまいます。しかし、結局ニンジンはニンジンでしかないので、人は落胆し、大きな苦痛を感じる。だから僕は、どうすればロバとニンジンが、また人間とUFOが安定した関係を築けるのかを探求したかったんです」

ニンジンをぶらさげたロバ ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
ニンジンをぶらさげたロバ ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

笑いを通じて批評する

コン監督は、人生の悲しみと寂しさ、不条理と哲学をたっぷりと織り込んだ“悲劇”を、映画としては“喜劇”に仕立てた。とりわけ、映画の前半は「とにかく笑いながら観てほしい」という。冒頭、宇宙服が脱げなくなって窒息したタンを救うため、救急車や消防車が続々と出動してくる場面はコントのようなドタバタぶりで、これは劇中でも異色のユーモアだ。少しずつ作風が変化していく構成にも狙いがあったという。

「最初はタンを見て笑っていたはずの観客が、物語が進むにつれ、彼をかわいそうだと思ったり、一生懸命な姿に尊敬の念を覚えたりする……そんな過程を味わえる映画を作りたかったんです。最初から悲しみが強く出てしまうと、ありふれたアートムービーと変わらない。それでは面白くないと思いました」

支援者に請われて宇宙服を着るタン編集長。このあと事件が起こる ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
支援者に請われて宇宙服を着るタン編集長。このあと事件が起こる ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

2015年にコン監督が手がけた短編『法制の未来形』は、文芸映画が退屈すぎるせいで観客が死にかけてしまい、政府によって製作が禁じられた世界を描いたコメディ。もしやアート系作品が苦手なのかと思いきや、ロイ・アンダーソンやアキ・カウリスマキ、岩井俊二、中島哲也、安藤桃子、小津安二郎らさまざまな映画監督を敬愛するだけあって、そのような感情は一切ないという。「ジャンルに優劣はありません。あるのは“いい映画か、そうでない映画か”という区別だけ」と言い切った。

ここからわかるのは、コン監督にとって“コメディ”とはひとつの手段だということだ。『宇宙探索編集部』では笑いによってタンの悲しみをあぶり出し、真に伝えたいものを観客に届ける。また『法制の未来形』では、映画製作や中国の検閲制度を、笑いの対象にすることで批評してみせる。

「メチャクチャなことを言う行為は、それ自体が皮肉や批判になりうると思うんです。コメディ映画も同じで、バカバカしい笑いを通じて何かを批判していることがある。ただし僕の場合は、自分の外部にあるものより、むしろ自分の内面を笑っていることが多いように思いますね。自虐というか、自己批判というか」

コン監督は長身で堂々たる貫禄、まるで俳優のような存在感だった
コン監督は長身で堂々たる貫禄、まるで俳優のような存在感だった

多岐にわたる思考と野心から誕生した『宇宙探索編集部』は、まさに唯一無二の映画となった。コン監督みずから「定義しにくい映画だと思います。SFかというとそれだけでもないし、コメディかといえば、万人受けする笑いでもない」と話すように、製作過程でも参考になる作品やよく似た映画を見つけられなかったというのだ。それゆえ、「自分にとってはそれが最大の課題だった」と振り返る。

本作の成功を受けて、早くも新作が期待されるコン監督。しかし、次回作は「まだ何も考えていません。何のアイデアもない」という。そればかりか、「今は監督としてはお休み中。しばらくは脚本家や編集マンといった形で、別の監督が作る映画に関わりたい」とひょうひょうと語った。数々の評価をプレッシャーとも思わないようなマイペースぶりだが、そんな創作への姿勢こそが、彼を新たなアイデア、次なる到達点に導くことになるのかもしれない。

取材・文:稲垣 貴俊

©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

作品情報

  • 監督:コン・ダーシャン
  • 出演:ヤン・ハオユー、アイ・リーヤー、ワン・イートン、ジャン・チーミン、ション・チェンチェン
  • 脚本:コン・ダーシャン、ワン・イートン
  • 撮影監督:マティアス・デルヴォー
  • 編集:フー・シュージェン
  • 製作年:2021年
  • 製作国:中国
  • 上映時間:118分
  • 配給:ムヴィオラ
  • 公式サイト:https://moviola.jp/uchutansaku/#modal
  • 10月13日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

予告編

バナー写真:『宇宙探索編集部』。主人公の編集長タン・ジージュン(ヤン・ハオユー、中央)と旅の仲間たち ©G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

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    ライター/編集者。海外映画を専門に、評論やコラム、インタビューなど幅広い文章を、書籍・雑誌・映画パンフレット・ウェブメディアなど多数の媒体で執筆する。国内舞台作品のリサーチ・コンサルティングも務め、近年は『パンドラの鐘』(杉原邦生演出)や木ノ下歌舞伎作品などに参加。

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