『グランツーリスモ』:ゲームプレイヤーが本物のレーサーに 奇跡の実話を映画化
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「ゲームの実写化」の常識を変える
「グランツーリスモ」とは、1997年にPlayStation®専用ソフトとして誕生し、全世界で累計9000万本(※2022年11月16日時点)を売り上げる大ヒットシリーズ。「レースゲーム」ではなく「リアルドライビングシミュレーター」とも称されるほど、現実のレーシングカーのルックや挙動を正確に再現していることでも知られる。
ハリウッドにおいて「グランツーリスモ」の映画化企画が動き出したのは2013年のこと。本作が完成するまでの10年間には、監督や脚本家が入れ替わり、作品の内容にも紆余曲折があったという。『名探偵ピカチュウ』(19)や『モンスターハンター』(20)、『モータルコンバット』(21)など、昨今のハリウッドではビデオゲームの映画化が一種のトレンドとなっているが、ゲームを映画にするプロセスは決して容易なものではないのだ。
映画『グランツーリスモ』のプロデューサー陣が発見した最適解は、本作を、ゲーム「グランツーリスモ」の映画化でありつつ、同時に「グランツーリスモ」をめぐる実話の映画化にもするという型破りな方法だった。なにしろ映画の冒頭から、ゲームの開発者であり、映画のエグゼクティブ・プロデューサーでもある山内一典のエピソードが語られるのである。
もっとも、本作は山内によるゲームの開発譚(たん)ではない。実は「グランツーリスモ」には、“ゲームのトッププレイヤーを本物のプロレース界に送り込む”という驚愕(がく)のプロジェクトが存在したのだ。それが、2008年から2016年にかけて、日産とプレイステーション、ゲームの開発元ポリフォニー・デジタルが手を組んで展開したプロドライバーの発掘・育成プログラム「GTアカデミー」。世界各国から優秀なプレイヤーを選抜し、ハードな訓練を実施して、実際に複数のプロレーサーを輩出している。
映画『グランツーリスモ』の主人公は、このGTアカデミーからプロレースの表彰台に上がった実在の人物ヤン・マーデンボロー(アーチー・マデクウィ)だ。幼い頃からドライバーに憧れながら、ゲームに明け暮れる日々を送っていたヤンは、ある日、GTアカデミーの招待状を受け取り、過酷な特訓と命懸けのレースの世界に身を投じていく……。
『第9地区』ニール・ブロムカンプ監督の挑戦
型破りだったのは映画化のコンセプトだけではない。監督に起用されたのは、『第9地区』(09)や『チャッピー』(15)など、ダークなディストピアSF映画で知られるニール・ブロムカンプ。ハードな作風が特徴と思われてきただけに、本作への抜擢には多くの映画ファンが驚いた。監督自身も「観客が高揚して劇場を後にするような映画を監督することなど、これまで考えもしなかった」とインタビューで語っているほどである。
ところが、「グランツーリスモ」とブロムカンプは思わぬ化学反応を示すこととなった。キーワードと言えるのは「人間」と「人ならざるもの」の関係だ。
そもそも、ブロムカンプは過去の作品でも両者の関係を扱いつづけてきた映画監督である。『第9地区』ではエイリアン、『エリジウム』(13)ではディストピアのテクノロジー、『チャッピー』ではロボット。「人間」と「人ならざるもの」の関係を描き、時には両者のコミュニケーションを通じて、観る者の心を揺さぶる物語を紡ぎ出してきた。
『グランツーリスモ』の場合、それは主人公のヤンとレーシングカーの関係だった。レースの世界を夢見ながらゲームに熱中してきたヤンは、映画序盤こそコントローラーを手にしているが、すぐに本物のハンドルを握り、本物のコックピットに座る。初めての経験ばかりに対峙(たいじ)するなかで、ヤンは喜びや怒り、悲しみ、苦しみを味わうのだ。そのつど、ヤンの精神状態は大きく変化する。
ブロムカンプの演出は、ヤンと“相棒”であるレーシングカーの関係を見つめ、ヤンの内面を丁寧に掘り下げていく。また、生粋のゲームプレイヤーであるヤンは、追い込まれれば追い込まれるほど、現実をあたかもゲームのように認識するのだ。ブロムカンプは現実と非現実の関係性にも独自の視点で切り込んでおり、そこには“ビデオゲームの実写映画化”ならではのビジュアル表現もある。
演技からロケ撮影まで、ディテールに注目
もっともブロムカンプが心がけたのは、『グランツーリスモ』をあくまでも“実話映画”として撮ることでもあった。特にこだわったのは、ゲームが現実のレーシングカーをリアルに再現してきたのと同様、とことんリアルなレース映画を創り上げることだったのである。
たとえば、劇中に登場するサーキットやレーシングカー、レーシングスーツなどには本物を使用したほか、ヤン役のスタントドライバーには実際のヤン・マーデンボローを起用。撮影にはカーレースの中継に使うドローン等を採用し、コックピットの内部にも小型カメラを設置するなど、あらゆる角度から臨場感を演出している。
こうしたアイデアとディテールの数々が、いわゆる“ゲームの映画化”にとどまらない、正統派のレース映画、王道のスポーツドラマへと『グランツーリスモ』を押し上げた。たとえゲームの知識がなくとも、夢への切符をつかんだヤンと、前代未聞のチャレンジに挑む大人たちの物語として観られる強度があるのはそのためだろう。
もちろん、熱い人間ドラマを体現した俳優陣の功績も大きい。とりわけ、ヤンを導くメカニックのジャック・ソルター役を演じたデヴィッド・ハーバー、GTアカデミーの創設者であるダニー・ムーア役のオーランド・ブルームは、役柄同様にヤン役の新鋭アーチー・マデクウィを引っ張る芝居巧者ぶりだ。
元レーサーの過去を持つジャックには、優しさと荒々しさが同居し、挫折した過去ゆえの切なさがにじむ。ヤンと並び、もうひとりの主人公と言える存在感だ。かたやビジネスマンのジャックは、柔和な表情ながら時にドライなキャラクター。両者の醸し出す渋みとほろ苦さが、若者の成長譚にとどまらない厚みを本作にもたらした。
ちなみに「グランツーリスモ」の映画化ゆえだろう、本作には日本のシーンが複数登場する。渋谷のスクランブル交差点やセンター街、新宿・思い出横丁などが、過去のハリウッド映画にはなかったほど丁寧に映し出されているのだ。一部のシーンではキャストと監督が来日して撮影が行われたという都市の風景、その映像のクオリティにも注目してほしい。
作品情報
- 監督:ニール・ブロムカンプ(『第9地区』『チャッピー』)
- 脚本:ジェイソン・ホール(『アメリカン・スナイパー』)、ザック・ベイリン(『クリード 過去の逆襲』)
- 出演:デヴィッド・ハーバー(『ブラック・ウィドウ』「ストレンジャー・シングス」シリーズ)、オーランド・ブルーム、アーチー・マデクウィ(『ミッドサマー』)、ジャイモン・フンスー(『キャプテン・マーベル』)
- 製作年:2023年
- 製作国:アメリカ
- 上映時間:134分
- 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- 9月15日(金)全国の映画館で公開
予告編
バナー写真:ニール・ブロムカンプ監督の映画『グランツーリスモ』