窪塚洋介が「転落」を経て考えた「生きる価値」 齊藤工監督の映画『スイート・マイホーム』でひきこもりを演じる
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映画『スイート・マイホーム』は、念願のマイホームを建てることになった清沢賢二(窪田正孝)が主人公。住宅会社の営業担当・本田(奈緒)に勧められて選んだのは、愛する妻ひとみ(蓮佛美沙子)や娘サチ(磯村アメリ)が寒冷地・長野でも快適に過ごせるよう、地下に巨大な暖房設備のある「まほうの家」だった。
次女も生まれ、満ち足りた日々を送っていたはずの賢二だが、なぜか新居に引っ越して以来、次々と奇怪な事件に見舞われる。長女は暗い地下室に引き寄せられ、妻は誰もいないはずの家で他人の気配を感じ、次女の瞳の中に怪しい人影を見たと訴える。やがて賢二のもとに差出人不明の脅迫メールが届き、身近な人物が怪死する。果たして、賢二たち家族に忍び寄り、幸せを脅かすものとはいったい何なのか――。
さじ加減は監督に
メガホンを取るのは齊藤工。俳優業の傍ら、20代から映像制作にも積極的に携わってきたが、本作は国内外で多数の賞に輝いた『blank13』(18)に続く長編2作目。神津凛子が2018年に第13回小説現代長編新人賞に輝いた同名のホラー・ミステリーの映画化に挑んだ。
齊藤監督たっての希望でメインキャストの一角に起用したのが、テレビCMで共演して以来、連絡を取り合う仲になったという窪塚洋介だ。主人公・賢二の兄で、ある時期から精神を病み、何者かの監視におびえながら実家に引きこもる聡を演じた。
「あいつに見つかったら終わりだ」と絶えず警戒している聡は、一見しただけでは窪塚であると気づかないほどの異様な雰囲気を醸し出している。窪塚は演じながら、20代前半に追いかけられた写真週刊誌のカメラマンを思い出したという。
「気にしなければ、いつもと変わらない光景のはずだけど、ふとした瞬間に『あれ? なんかあいつ怪しいな』って思い始めると、とたんに疑心暗鬼になっちゃって。そうなると全員怪しく見えてくる(笑)。自分たちに害を及ぼそうと暗闇に潜むものを警戒している、そんな感じを想像して演じていました」
振り切った演技には迷いがなかったわけではない。窪塚は撮影初日を振り返ってこう語る。
「これまであまり経験してこなかった役柄を演じるのが楽しみだった反面、どこまでやっていいのだろうかという怖さもありました。監督にはまず、もし方向性が違うようなら、忖度(そんたく)せずにどんどん言ってください、と話したんです。やるべきことをやって、あとのさじ加減は監督に委ねようと」
そう思えたのは、監督・齊藤工に対する絶大な信頼があったからだ。
「演じる側の気持ちはもちろん、スタッフ側の気持ちもよくわかっている。つまり、映画監督として絶妙なバランス感覚がありますね。常に自然体で、現場でもずっと同じ感じでいることが、キャストにもスタッフにもいい影響を及ぼしていたと思います。腹巻きを配ったり、味噌汁を用意したり、みんなの腸内環境まで考えてくれるんですよ(笑)」
本当の自分で生きる
『スイート・マイホーム』は“ホラー・ミステリー”と呼ばれるジャンルの映画でありながら、人間の奥にある欲望をあぶり出すドラマでもあり、「理想の家族とは」「本当の幸せとは」という問いを観る者に突きつけてくる。
ここで窪塚自身の家族についても聞いてみたい。父の背中を見て育った息子は今年20歳を迎える。窪塚愛流(あいる)の名でモデルや俳優として活躍し、二人はすでに“親子共演”も果たしている。
息子が同じ職業に就いたことを「嬉しいですよ」と言いながらも、「どこか自分のこと以上に心配している部分もある」と、父親の顔をのぞかせる窪塚。同業の先輩として、どんなアドバイスを送っているのだろうか。
「自分の体験はもちろん、読んだ本や観た映画、あらゆることが芸の肥やしになるから、『とにかく自分の土壌をいっぱい耕して、自分の言葉で自分の思いを伝えられる役者になれ』って、いつも言っています。カメラには、思っている以上に自分のすべてが映ってしまう。人生で起きた嬉しいことも悲しいことも、役を生きるために使えると思っているんです」
そう考えるようになったのは、2004年に自宅マンションの9階から転落し、心身共に回復するまでかなりの長い年月を要したことが少なからず影響しているようだ。「あれ以来、より自分自身の言葉で、より本当の自分自身で生きていきたいって、強く思うようになった」と、窪塚は振り返る。
「落ちたときが〈-10〉だとして、1年ごとに〈-9〉、〈-8〉と回復してはいたけど、あくまでもマイナスで、どこか奥歯に物が挟まったような感覚がありました。でも事故から10年以上が経って、マーティン・スコセッシ監督から『沈黙—サイレンス—』に呼んでもらった。台湾で撮影して、アメリカに行って、レッドカーペットを歩いて。で、ちょうど日本初公開の日に、東海道新幹線の車窓から、真っ白に雪が積もった関ケ原を見た瞬間、『うわ! もう大丈夫だ』って、強烈な感覚に襲われて、そこですべてがリセットされた気がしたんです。あれ以来、新しいステージの、新しい自分になったような感覚に近い。いまでは、ハッピーだなって感じる気持ちが、年々大きくなっている気がしますね」
人生は表現だ
近年は、Netflixで世界に同時配信される海外の作品にも出演し、活躍の幅をさらに広げている。
「これまで海外でウケる日本って、ヤクザや忍者、サムライみたいに限られていたじゃないですか。でもいまはそういう分かりやすいものではない価値が見直されている気がするんですよ。日本人が普通に共有している礼儀や気遣いとか。そういう自分の素質をフラットに見つめて、日本人の役者としての一番の武器にしていけばいいと思うんです。自分が自分であることをプラウドして表現できれば、おのずと外ににじみ出てくるものなんじゃないかな」
役者に限らず、どんな職業に就いていても、人は誰もが表現者だ、という信念をもつ窪塚。最後に映画『スイート・マイホーム』で考えさせられた「本当の幸せとは」という問いに、こんな答えを出してくれた。
「最終的にどんな人生を送ったかは、その人自身の表現になると思うんです。そう感じて生きた方が楽しいし、そうすることで“いま”の価値が上がると思います。他人の人生に影響を及ぼすような人もいれば、自分ひとりで納得して満足して死んでいく人もいる。底が抜けた桶みたいに満足できずに死んでいく人もいる。生きている間に自分で自分の価値を最大まで上げることこそが、一番幸せなんじゃないでしょうか」
撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督:齊藤 工
- 脚本:倉持 裕
- 原作:神津 凛子「スイート・マイホーム」(講談社文庫)
- 音楽:南方 裕里衣
- 主題歌:yama『返光(Movie Edition)』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
- 出演:窪田 正孝、蓮佛 美沙子、奈緒、窪塚 洋介
- 配給:日活 東京テアトル
- 製作国:日本
- 製作:日活 東京テアトル 講談社 ライツキューブ スターキャット ブルーベアハウス
- 製作年:2023年
- 上映時間:113分
- 公式サイト:https://sweetmyhome.jp/
- 全国公開中