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映画『バカ塗りの娘』:主演・堀田真由が津軽塗の職人から学んだこと 鶴岡慧子監督と語る

Cinema

内向的でやりたいことが見つからない女性が、青森の伝統工芸・津軽塗の職人をめざす姿を描いた小説『ジャパン・ディグニティ』(髙森美由紀著)が映画化。『バカ塗りの娘』として9月1日(金)より全国公開される。主演は堀田真由。父の跡を継ごうと奮闘する主人公に「なりきることができた」と胸を張る。それを可能にする現場を作り上げたのが『まく子』(19)の鶴岡慧子監督。2人に今回の撮影を通じて発見したことを語ってもらった。

堀田 真由 HOTTA Mayu

1998年生まれ、滋賀県出身。2015年WOWOW「テミスの求刑」でデビュー。その後、16年NHK連続テレビ小説「わろてんか」で注目を集め、ドラマ「3年A組 ―今から皆さんは、人質です―」(19/NTV)、映画『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(21/河合勇人監督)シリーズなどの人気作品に多数出演。22年「鎌倉殿の13人」比奈役でNHK大河ドラマ初出演を果たす。23年以降もドラマ10「大奥」(NHK)、フジテレビ月9「風間公親-教場0-」など話題作への出演が続く。

鶴岡 慧子 TSURUOKA Keiko

立教大学映像身体学科で万田邦敏監督に師事。卒業制作の初長編映画『くじらのまち』が第34回「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード2012」グランプリとジェムストーン賞(日活賞)をW受賞。卒業後は東京芸術大学大学院映像研究科に進み、黒沢清監督に師事。1年目に撮った『はつ恋』が第32回バンクーバー国際映画祭でタイガー&ドラゴン賞にノミネート。14年に第23回PFFスカラシップ作品『過ぐる日のやまねこ』で劇場デビュー、第15回マラケシュ国際映画祭で審査員賞を受賞。19年、西加奈子の小説を原作とした映画『まく子』が話題に。

津軽塗は、江戸時代中期から青森県津軽地方で生産されてきた伝統の漆器。唐塗、七々子塗、紋紗塗、錦塗の4つの技法が現代まで受け継がれ、幾重にも塗り重ねた漆を研ぎ出すことで現れる、多彩で優美な色柄が特徴だ。耐久性に優れ、修理すれば長く使えることもあって、多くの人々に愛用されてきた。

だが近年は、生活様式の変化に伴い、伝統漆器の需要が減少気味であるのも事実。職人の高齢化と後継者不足によって、看板を下ろす工房も増えている。

青森県の伝統工芸「津軽塗」。色漆を何度も塗り重ね、研磨することで独特の美しい模様が現れる ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
青森県の伝統工芸「津軽塗」。色漆を何度も塗り重ね、研磨することで独特の美しい模様が現れる ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

タイトルの“バカ塗り”は、この津軽塗を指す言葉。「バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫」であることに由来する。“塗っては研いで”を繰り返し、48もの工程を経て、2カ月以上かけてようやく作品が完成するという。その工程をひとつひとつ映し出しながら、伝統工芸の世界と職人の家族の絆をていねいに描いたのが本作だ。

主人公は内向的で自分の気持ちをなかなか言葉にできない美也子(堀田真由)。高校卒業後もやりたいことが見つからず、近所のスーパーでレジ打ちのアルバイトをしつつ、津軽塗職人の父・清史郎(小林薫)の仕事を手伝っていた。

映画『バカ塗りの娘』は伝統の職人技を父から娘へ継承する物語でもある ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
映画『バカ塗りの娘』は伝統の職人技を父から娘へ継承する物語でもある ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

清史郎は、文部科学大臣賞受賞歴もある名匠の父から家業を継いだが、近年は受注減に苦しんでいる。美也子の母(片岡礼子)は、家族より仕事を優先する夫に愛想を尽かし、数年前に出ていってしまった。兄のユウ(坂東龍汰)も祖父と父の期待を裏切って家を飛び出し、美容師に。

そんな中、津軽塗と本気で向き合う決意をしたのが美也子。「そんなに簡単じゃない」と父に反対されながらも、自らの意志で新たな道を切り拓こうとする姿に、バラバラだった家族も心を動かされていく……。

明るい性格で妹思いのユウ(左、坂東龍汰)は、「もっとやりたいことやりなよ」と美也子(堀田真由)の背中を押す ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
明るい性格で妹思いのユウ(左、坂東龍汰)は、「もっとやりたいことやりなよ」と美也子(堀田真由)の背中を押す ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

小説の映画化に欠かせないのは「抽出し、翻訳すること」

本作の企画がスタートしたのは5年前。鶴岡監督が原作の小説を盛夏子プロデューサーから薦められたのが始まりだ。

青森県の四季折々の風景や地元食材で作った料理を織り交ぜながら、津軽塗の世界と市井の人々の暮らしを軽やかな筆致で描いた『ジャパン・ディグニティ』。作者の髙森美由紀は2014年、この作品で第1回「暮らしの小説大賞」を受賞している。

監督は20年に脚本家の小嶋健作と弘前市へ取材に赴くと、実際に津軽塗に触れ、職人から話を聞き、薦められた本を読み込んで、脚本を練り始めた。

鶴岡 慧子 小説の映画化は『まく子』に続いて2度目ですが、前作を通して、映画化の際は、原作の要素をすべて盛り込むのではなく、取捨選択した上で“映画的な翻訳”を施す必要があると学んだので、今回は「一番描きたいことだけを抽出しよう」という意識で臨みました。

まず監督の頭にあったのは、「津軽塗の魅力を一人でも多くの人に伝えたい」ということ。そのためには、職人が実際に使っている工房を借り、表現力の高い俳優たちの身体や声を媒介にしながら、「バカ塗り」と呼ばれる所以である、作品が完成するまでの“時間そのもの”を映し撮ろうと考えた。

漆を通じて、美也子は自分が本当にやりたいことを見つける ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
漆を通じて、美也子は自分が本当にやりたいことを見つける ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

鶴岡 せっかく映像で描くからには、津軽塗の制作工程に最も長く尺を割きたいという思いがあったんです。それを前半でしっかり観客に見せておけば、後半で美也子が挑戦する場面は、観客のなかにすでにあるイメージで補うことができる。そこに家族の物語を絡めて描いていこう、という心づもりがありました。

父と並んで作業に打ち込む様は「心で対話しているよう」

主演の堀田真由は、クランクイン前から津軽弁を学び、津軽塗の手作業も職人から直々に指導を受けた。

堀田 真由 刷毛の洗い方や片付けなど、基本から教えていただきました。撮影中は職人さんに言われるがまま、ただひたすら手を動かしていたので、果たしてどんなふうに仕上がるのか想像がつかなくて……(笑)。でも完成した映画を観たら、工程のシーンが一番美しかった。お父さんと並んで座って黙々と作業しながら心で対話しているようで、ずっと見ていたくなりました。セリフもなく静かなシーンではあるのですが、漆を塗って、研ぐ音だけが響き渡るのも、耳に心地よいのです。

津軽塗職人の清史郎を演じる小林薫(左)と堀田。津軽弁の方言を習い、津軽塗の自主練も重ねた ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
津軽塗職人の清史郎を演じる小林薫(左)と堀田。津軽弁の方言を習い、津軽塗の自主練も重ねた ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

鶴岡 撮っている方は必死でしたね(笑)。とにかく段取りが多くて。「ここでパッと漆を手に取って、サッと塗る!」といった感じで、ワンカットずつ小林さんと堀田さんに職人さんが指示をしてくださるんですが、こちらはちゃんと正しい位置に塗れているのかさえよくわからない(笑)。現場では動きばかり気にしていたのですが、いざ編集室で冷静に見直してみたら、ずっと座ったまま手だけを動かしている画(え)なのに、カメラアングルにもバリエーションがあり、照明も美しい。「これは画として持つな」と確信できたので、狙い通り工程をじっくり見てもらえるように編集しました。

美也子が淡い想いを寄せる花屋の青年を演じるのは、人気グループ「Kis-My-Ft2」の宮田俊哉。「普段テレビをまったく観ない」という鶴岡監督は、「先入観なく演出できた」と明かす ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
美也子が淡い想いを寄せる花屋の青年を演じるのは、人気グループ「Kis-My-Ft2」の宮田俊哉。「普段テレビをまったく観ない」という鶴岡監督は、「先入観なく演出できた」と明かす ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

全編弘前ロケが生み出した、本物の家族のような空気感

工房や母屋の外観のみならず、青木家の室内もセットではなく民家を借りて撮影し、作品のリアリティにつながった。生活感がにじむという効果ももちろんあるが、環境が役者やスタッフにどう作用するかを知る鶴岡監督の戦略でもあった。

鶴岡 東京だと常にバリアを張って、自分のテリトリーを守りながら生きているところもありますよね。ところが今回のように、地方で数週間、みんなで一緒に合宿をしながら映画を作る場合は、自然と垣根が取り払えて、リラックスした状態で撮影できるんです。近所のおじさんがふらっとりんごを持って現れて、現場が和んだりして(笑)。

内気な美也子は、「私、おっとうの仕事、手伝いたい」と初めて自分の意志を伝えるが…… ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
内気な美也子は、「私、おっとうの仕事、手伝いたい」と初めて自分の意志を伝えるが…… ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

堀田 現場の穏やかな空気が、ちゃんと映画にも映っているなと感じました。スタンバイ中でも2階の和室をお借りして、小林さんも、坂東さんも、思い思いの時間をすごしていました。たまに気が向いたら誰からともなくおしゃべりする感じで(笑)。まさに本当の家族のような空気が流れていたんです。弘前で撮影した3週間は美也子とつながった瞬間がとても多くて、ずっと彼女の気持ちのままでいられた気がします。

津軽塗職人から教えてもらった、人生にも通じる金言

今回の撮影では、キャストやスタッフだけでなく、津軽塗の職人たちと過ごした時間もあったのは、2人にとって忘れがたい経験となったようだ。

堀田 職人さんといえば、日々淡々と同じ作業を繰り返しているイメージがあったのですが、実際は天気や気温、湿度によっても大きく左右されるので、必ずしも思い通りの結果にはならないそうなんです。「正解がないところが、津軽塗の面白さなんだ」というお話を伺って、これは津軽塗だけじゃなく、人生にも通じるお話だなと感じました。

「ちゃんと集中しないと漆とは向き合えない」と師匠の父から諭される美也子 ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
「ちゃんと集中しないと漆とは向き合えない」と師匠の父から諭される美也子 ©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

鶴岡 最初に取材した職人さんから「津軽塗は、やればやるほど、あれもやりたい、これもやりたいとなって、やめられなくなってしまう」という言葉を聞いたときに、思わず泣きそうになってしまったんです。取材時の録音を聞きながら脚本を書いていたのですが、あの言葉は、何周も回った末に職人がたどり着く、ものづくりの境地のようなもの。「もうこれ以上のセリフはないな」と思い、そのまま映画に拝借しました。私にとっての映画づくりもまさに同じです。

堀田 津軽塗の名匠だったおじいちゃんが発するそのセリフを美也子として聞きながら、私も思わず泣きそうになっていました。美也子としてだけではなく、役者・堀田真由としてもすごく響く言葉だったので。私にとってのお芝居も、おじいちゃんにとっての津軽塗とまったく同じで、やればやるほど、面白いことや、やりたいことが次々出てくるんです。楽しみながら仕事することが何より大事なんだなって、この映画を通じて改めて感じました。

撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子

©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

作品情報

  • 出演:堀田 真由 坂東 龍汰 宮田 俊哉
    片岡 礼子 酒向 芳 松金 よね子 篠井 英介 鈴木 正幸/ジョナゴールド 王林
    木野 花 坂本 長利 小林 薫
  • 監督:鶴岡 慧子
  • 脚本:鶴岡 慧子 小嶋 健作
  • 原作:髙森 美由紀「ジャパン・ディグニティ」(産業編集センター刊)
  • 配給:ハピネットファントム・スタジオ
  • 製作国:日本
  • 製作年:2023年
  • 上映時間:118分
  • 公式サイト:https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/
  • 9月1日(金)シネスイッチ銀座ほか全国公開、青森絶賛公開中

予告編

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