映画『バカ塗りの娘』:主演・堀田真由が津軽塗の職人から学んだこと 鶴岡慧子監督と語る
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津軽塗は、江戸時代中期から青森県津軽地方で生産されてきた伝統の漆器。唐塗、七々子塗、紋紗塗、錦塗の4つの技法が現代まで受け継がれ、幾重にも塗り重ねた漆を研ぎ出すことで現れる、多彩で優美な色柄が特徴だ。耐久性に優れ、修理すれば長く使えることもあって、多くの人々に愛用されてきた。
だが近年は、生活様式の変化に伴い、伝統漆器の需要が減少気味であるのも事実。職人の高齢化と後継者不足によって、看板を下ろす工房も増えている。
タイトルの“バカ塗り”は、この津軽塗を指す言葉。「バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫」であることに由来する。“塗っては研いで”を繰り返し、48もの工程を経て、2カ月以上かけてようやく作品が完成するという。その工程をひとつひとつ映し出しながら、伝統工芸の世界と職人の家族の絆をていねいに描いたのが本作だ。
主人公は内向的で自分の気持ちをなかなか言葉にできない美也子(堀田真由)。高校卒業後もやりたいことが見つからず、近所のスーパーでレジ打ちのアルバイトをしつつ、津軽塗職人の父・清史郎(小林薫)の仕事を手伝っていた。
清史郎は、文部科学大臣賞受賞歴もある名匠の父から家業を継いだが、近年は受注減に苦しんでいる。美也子の母(片岡礼子)は、家族より仕事を優先する夫に愛想を尽かし、数年前に出ていってしまった。兄のユウ(坂東龍汰)も祖父と父の期待を裏切って家を飛び出し、美容師に。
そんな中、津軽塗と本気で向き合う決意をしたのが美也子。「そんなに簡単じゃない」と父に反対されながらも、自らの意志で新たな道を切り拓こうとする姿に、バラバラだった家族も心を動かされていく……。
小説の映画化に欠かせないのは「抽出し、翻訳すること」
本作の企画がスタートしたのは5年前。鶴岡監督が原作の小説を盛夏子プロデューサーから薦められたのが始まりだ。
青森県の四季折々の風景や地元食材で作った料理を織り交ぜながら、津軽塗の世界と市井の人々の暮らしを軽やかな筆致で描いた『ジャパン・ディグニティ』。作者の髙森美由紀は2014年、この作品で第1回「暮らしの小説大賞」を受賞している。
監督は20年に脚本家の小嶋健作と弘前市へ取材に赴くと、実際に津軽塗に触れ、職人から話を聞き、薦められた本を読み込んで、脚本を練り始めた。
鶴岡 慧子 小説の映画化は『まく子』に続いて2度目ですが、前作を通して、映画化の際は、原作の要素をすべて盛り込むのではなく、取捨選択した上で“映画的な翻訳”を施す必要があると学んだので、今回は「一番描きたいことだけを抽出しよう」という意識で臨みました。
まず監督の頭にあったのは、「津軽塗の魅力を一人でも多くの人に伝えたい」ということ。そのためには、職人が実際に使っている工房を借り、表現力の高い俳優たちの身体や声を媒介にしながら、「バカ塗り」と呼ばれる所以である、作品が完成するまでの“時間そのもの”を映し撮ろうと考えた。
鶴岡 せっかく映像で描くからには、津軽塗の制作工程に最も長く尺を割きたいという思いがあったんです。それを前半でしっかり観客に見せておけば、後半で美也子が挑戦する場面は、観客のなかにすでにあるイメージで補うことができる。そこに家族の物語を絡めて描いていこう、という心づもりがありました。
父と並んで作業に打ち込む様は「心で対話しているよう」
主演の堀田真由は、クランクイン前から津軽弁を学び、津軽塗の手作業も職人から直々に指導を受けた。
堀田 真由 刷毛の洗い方や片付けなど、基本から教えていただきました。撮影中は職人さんに言われるがまま、ただひたすら手を動かしていたので、果たしてどんなふうに仕上がるのか想像がつかなくて……(笑)。でも完成した映画を観たら、工程のシーンが一番美しかった。お父さんと並んで座って黙々と作業しながら心で対話しているようで、ずっと見ていたくなりました。セリフもなく静かなシーンではあるのですが、漆を塗って、研ぐ音だけが響き渡るのも、耳に心地よいのです。
鶴岡 撮っている方は必死でしたね(笑)。とにかく段取りが多くて。「ここでパッと漆を手に取って、サッと塗る!」といった感じで、ワンカットずつ小林さんと堀田さんに職人さんが指示をしてくださるんですが、こちらはちゃんと正しい位置に塗れているのかさえよくわからない(笑)。現場では動きばかり気にしていたのですが、いざ編集室で冷静に見直してみたら、ずっと座ったまま手だけを動かしている画(え)なのに、カメラアングルにもバリエーションがあり、照明も美しい。「これは画として持つな」と確信できたので、狙い通り工程をじっくり見てもらえるように編集しました。
全編弘前ロケが生み出した、本物の家族のような空気感
工房や母屋の外観のみならず、青木家の室内もセットではなく民家を借りて撮影し、作品のリアリティにつながった。生活感がにじむという効果ももちろんあるが、環境が役者やスタッフにどう作用するかを知る鶴岡監督の戦略でもあった。
鶴岡 東京だと常にバリアを張って、自分のテリトリーを守りながら生きているところもありますよね。ところが今回のように、地方で数週間、みんなで一緒に合宿をしながら映画を作る場合は、自然と垣根が取り払えて、リラックスした状態で撮影できるんです。近所のおじさんがふらっとりんごを持って現れて、現場が和んだりして(笑)。
堀田 現場の穏やかな空気が、ちゃんと映画にも映っているなと感じました。スタンバイ中でも2階の和室をお借りして、小林さんも、坂東さんも、思い思いの時間をすごしていました。たまに気が向いたら誰からともなくおしゃべりする感じで(笑)。まさに本当の家族のような空気が流れていたんです。弘前で撮影した3週間は美也子とつながった瞬間がとても多くて、ずっと彼女の気持ちのままでいられた気がします。
津軽塗職人から教えてもらった、人生にも通じる金言
今回の撮影では、キャストやスタッフだけでなく、津軽塗の職人たちと過ごした時間もあったのは、2人にとって忘れがたい経験となったようだ。
堀田 職人さんといえば、日々淡々と同じ作業を繰り返しているイメージがあったのですが、実際は天気や気温、湿度によっても大きく左右されるので、必ずしも思い通りの結果にはならないそうなんです。「正解がないところが、津軽塗の面白さなんだ」というお話を伺って、これは津軽塗だけじゃなく、人生にも通じるお話だなと感じました。
鶴岡 最初に取材した職人さんから「津軽塗は、やればやるほど、あれもやりたい、これもやりたいとなって、やめられなくなってしまう」という言葉を聞いたときに、思わず泣きそうになってしまったんです。取材時の録音を聞きながら脚本を書いていたのですが、あの言葉は、何周も回った末に職人がたどり着く、ものづくりの境地のようなもの。「もうこれ以上のセリフはないな」と思い、そのまま映画に拝借しました。私にとっての映画づくりもまさに同じです。
堀田 津軽塗の名匠だったおじいちゃんが発するそのセリフを美也子として聞きながら、私も思わず泣きそうになっていました。美也子としてだけではなく、役者・堀田真由としてもすごく響く言葉だったので。私にとってのお芝居も、おじいちゃんにとっての津軽塗とまったく同じで、やればやるほど、面白いことや、やりたいことが次々出てくるんです。楽しみながら仕事することが何より大事なんだなって、この映画を通じて改めて感じました。
撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 出演:堀田 真由 坂東 龍汰 宮田 俊哉
片岡 礼子 酒向 芳 松金 よね子 篠井 英介 鈴木 正幸/ジョナゴールド 王林
木野 花 坂本 長利 小林 薫 - 監督:鶴岡 慧子
- 脚本:鶴岡 慧子 小嶋 健作
- 原作:髙森 美由紀「ジャパン・ディグニティ」(産業編集センター刊)
- 配給:ハピネットファントム・スタジオ
- 製作国:日本
- 製作年:2023年
- 上映時間:118分
- 公式サイト:https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/
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