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『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』:アニメの概念を更新せよ、映像体験の最前線

Cinema アニメ

稲垣 貴俊 【Profile】

アニメーション映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』がアメリカで大ヒット中だ。全米公開初日の興行成績は『ザ・スーパーマリオ・ブラザーズ』を抜き、 2023年の最高記録を樹立。人気の秘密は緻密に設計されたストーリーと、時代の最先端をゆくアニメーションの映像体験にある。ファンならずとも楽しめる、いま最も大きな注目を浴びる一作の本質に迫ってみたい。

「ジャパニメーション」という言葉がよく使われていたように、かつて優れたアニメーション作品は日本の専売特許だった……そこまで言い切ってしまうのはさすがに乱暴だが、世界中の映画監督が、宮崎駿や高畑勲、大友克洋、押井守、今敏といった日本のアニメーション作家の影響を公言してきたことは事実だ。しかし、いまやハリウッドのトップを走るクリエイターたちは自らアニメーションの新たな地平を切り開こうとしている。

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、日本でも人気のスーパーヒーロー映画「スパイダーマン」シリーズの最新作。アニメーション作品ながら、6月2日(金)に全米公開されるや3日間で興行収入1億2066万ドル(1ドル=140円換算で約168.9億円)の大ヒットとなった(Box Office Mojo調べ)。

公開規模こそ違うものの、『THE FIRST SLAM DUNK』(22年)の日本累計興収が144億円(6月4日時点)だから、この数字がいかにとんでもないかがよくわかるというものだ。

スパイダーマンとスパイダーグウェン、そして悪役ザ・スポット ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
スパイダーマンとスパイダーグウェン、そして悪役ザ・スポット ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

しかしなぜ、アニメ版にこれほど大きな注目が寄せられたのか? マーベル・コミックの人気ヒーロー、スパイダーマンの本国における人気は言わずもがなだが、本作はただそれだけの力で大ヒットになったわけではない。

カギを握ったのは、アニメ版第1弾となった前作『スパイダーマン:スパイダーバース』(18年)のすさまじい成果だ。この映画はコミックがそのまま動き出したような画期的なアニメーション、3DCGと手描きの技法を融合したスタイル、そして観客の心をつかむストーリーが評価され、アカデミー賞の長編アニメ映画賞など世界各国の映画賞に輝いた。世界興収は3億8425万ドル(約537.9億円)にのぼり、「スパイダーバース」は一躍信頼のブランドとなったのである。

スパイダーマンはひとりじゃない

そもそもスパイダーマンとは、たった一人のヒーローを指す名前ではない。日本の「ウルトラマン」や「仮面ライダー」に登場する複数のヒーローたちが、それぞれ単独のキャラクターとしても、あるいは総称としても「ウルトラマン」や「仮面ライダー」と呼ばれるのと同じように、マーベル・コミックスの世界には“複数のスパイダーマン”が存在したのである。

“スパイダーマンはひとりじゃない”  ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
“スパイダーマンはひとりじゃない”  ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

ただし、これまでの実写映画版シリーズの主人公は、コミックの“初代スパイダーマン”にあたるピーター・パーカーだった。『スパイダーマン』3部作(02~07年)ではトビー・マグワイアが、シリーズを仕切り直した『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ(12~14年)ではアンドリュー・ガーフィールドが、そして『アベンジャーズ』で知られる大型構想「マーベル・シネマティック・ユニバース」に組み込まれた新機軸『スパイダーマン』シリーズ(17~21年)ではトム・ホランドが、それぞれピーター・パーカーを演じたのである(もちろん、3人のピーターは別人の設定だ)。

これに対して、本作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の主人公はブルックリンの高校生マイルス・モラレス。ピーター・パーカー以外のスパイダーマンが映画に登場したのは、前作『スパイダーマン:スパイダーバース』がシリーズ史上初めてだった。なお「スパイダーバース」シリーズと、過去の実写映画シリーズのストーリーは基本的につながっていない。

主人公マイルス・モラレス ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
主人公マイルス・モラレス ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

ある日、マイルスは、放射能を浴びたクモに噛まれたことでスパイダーマンとしての能力を手に入れた。さらに、スパイダーマンとして活躍していたピーター・パーカー(実写映画シリーズの3人とは別人)がこの世を去ったことで、マイルスはこの宇宙で唯一のスパイダーマンとなったのだ。しかし世界には、マイルスが生きている宇宙のほかにも、並行世界のように複数の宇宙が存在する。そして別の宇宙には、マイルス以外のスパイダーマンがいる――。

前作『スパイダーマン:スパイダーバース』では、悪党キングピンによるマルチバース(多元宇宙)の実験で、別の宇宙に存在したスパイダー・グウェン/グウェン・ステイシーや、のちにマイルスの師匠となるスパイダーマン/ピーター・B・パーカーらが、マイルスの世界に呼び出されてしまった。キングピンの企みを防ぎ、仲間たちを元の次元に帰すべく、一同は協力しながら事件の解決を目指す。やがてマイルスもスパイダーマンとしての能力と責任に目覚め、ついには自らの使命を全うしたのである。

前作に続いて登場、グウェン・ステイシー&ピーター・B・パーカー ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
前作に続いて登場、グウェン・ステイシー&ピーター・B・パーカー ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の物語はそれから1年4カ月後。マルチバースに憧れながらスパイダーマンとしての日々を送っていたマイルスの前に、再びグウェンが姿を見せる。束の間の再会を楽しんだマイルスは、またもや別の次元に去っていった彼女を追い、マルチバースへと飛び込んだ。

そこで出会ったのは、あらゆる宇宙から集められたスパイダーマンたちの精鋭チーム。リーダーのスパイダーマン2099/ミゲル・オハラは、マイルスにスパイダーマンとしての“運命”を語り聞かせる。それは、この世界と、自分の愛する人をどちらも救うことはできないということ。自分に待ち受ける未来を知ったマイルスは、その運命を受け入れず、愛する人と宇宙の両方を救うと宣言する。しかし、その決断はマルチバース崩壊の危機を招き……。

前作の最後に姿を見せ、本作より本格的に登場するスパイダーマン2099/ミゲル・オハラ。チームを率いる厳格なリーダーだ  ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
前作の最後に姿を見せ、本作より本格的に登場するスパイダーマン2099/ミゲル・オハラ。チームを率いる厳格なリーダーだ  ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

アニメーション表現の極北へ

「スパイダーマン」シリーズには豊かな歴史がある。実写映画版の主人公ピーター・パーカーにも、本作のマイルス・モラレスやグウェン・ステイシーにも、あるいは数えきれないスパイダーマンのそれぞれに、コミックの初登場から長い時間をかけて描かれてきた物語があるのだ。そして、テレビアニメ、映画、ゲームなどのメディア展開が重ねられるたび、スパイダーマンの物語にはさまざまなバージョンが生まれる。ちなみに日本でも、池上遼一による漫画版(1970~71年)や、東映の特撮テレビ番組(78~79年)などが製作された。

この世界には複数の宇宙があり、それぞれの宇宙には別のスパイダーマンがいる。「マルチバース」というコンセプトは、過去に描かれてきたスパイダーマンの歴史をすべて肯定し、何ひとつ“なかったことにしない”ものだ。「スパイダーバース」シリーズは、そうしたストーリーとキャラクターの歴史の上に、マイルス・モラレスの物語を新しく描き直しているのである。

「どのユニバースでもグウェンはスパイダーマンに恋をする。でも決して、結ばれることはない」 ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
「どのユニバースでもグウェンはスパイダーマンに恋をする。でも決して、結ばれることはない」 ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の特色は、過去のスパイダーマンの物語を参照し、彼らが受け入れてきた運命を引用しながら、「マイルスはスパイダーマンとしての運命を乗り越えられるか?」という新たな問いを立てたこと。コミックの「カノン(Canon)」という用語――コミック史における“正史”という意味でも、コミックの世界で動かしがたい“事実”という意味でも使われる言葉だ――を最大限に活かし、スパイダーマン史上かつてないストーリーが織り上げられている。

こう書くと、もしやファン以外には敷居の高い映画のように思われてしまうだろうか。しかし実際のところ、本作を理解するために必要な情報は決して多くない(そうでなければ、本国アメリカでもこれほどのヒットにはなりえなかっただろう)。この世界には複数の宇宙があり、そこには数えきれないほどのスパイダーマンがいて、これはそのうちの一人であるマイルス・モラレスの物語だ、ということがわかっていれば十分。あとはマイルスの青春と葛藤が、物語の向かう先へと観客を導いてくれる。

新登場のスパイダーウーマン/ジェシカ・ドリューはバイクに乗って活躍する ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
新登場のスパイダーウーマン/ジェシカ・ドリューはバイクに乗って活躍する ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

映画を駆動させるのは、「スパイダーマンの運命」というテーマを誰もが親しめるように解体・再構築してみせた脚本と、前作以上に進化した先鋭的なアニメーションだ。劇中に登場する5つの宇宙(劇中では「アース」と呼ばれる)はそれぞれ異なるスタイルで描き分けられ、いろいろなコミックから飛び出してきたかのようなキャラクターの共演が視覚的に表現されている。

また、アクションシーンでアニメーションが動きまくる快感を炸裂させたかと思えば、静かな会話の場面では、実写映画のような構図とカメラワーク、抑制された演技が観る者を惹きつける。実写さながらのリアリズムとアニメーションならではのデフォルメをミックスし、さらには実写映像を時折組み込んでさえみせるのだ。

新登場のスパイダー・パンクは絵柄もパンキッシュ ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
新登場のスパイダー・パンクは絵柄もパンキッシュ ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

大衆映画のエンターテインメント精神と、インディペンデント映画のごとき実験精神を兼ね備えた本作は、3DCGと手描き、コミックとアニメーション、実写とアニメーションという領域の境界線を、絶妙なバランス感覚で食い破ることで未知の映像体験を実現する。実写とアニメーションの両方で、映像化を長年成功させてきた「スパイダーマン」シリーズならではの到達点だろう。作り手たちは、双方の特徴を引き出し、融合させ、もはや「アニメーション」というメディアや形式ごと更新しようとしているかのようだ。

グウェンのユニバースは水彩画のようなタッチ ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
グウェンのユニバースは水彩画のようなタッチ ©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

細部まで作り込まれた映像がハイスピードで展開するため、もちろんスクリーン上の情報量は圧倒的に多い。アニメーションの魅力をじっくりと堪能するなら、ひとまず日本語吹替版での鑑賞がお薦めだ。声優陣による吹替の芝居もまた非常に細やかで、「スパイダーマンのアニメ」というイメージが強いほど、きっと事前の予想を裏切られるはずだ。

本作を経て、「スパイダーバース」シリーズは2024年公開の『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース(原題)』にて完結する予定。次回作はきっと、今回以上のストーリーと映像表現を届けてくれることだろう。製作陣の次なるチャレンジ、映像表現のさらなる更新を前に、現時点での最先端に追いついてみては?

©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
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作品情報

  • 監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
  • 脚本:フィル・ロード&クリストファー・ミラー、デヴィッド・キャラハム
  • 声優:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ジェイク・ジョンソン、イッサ・レイ、ジェイソン・シュワルツマン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ルナ・ローレン・ベレス、ヨーマ・タコンヌ、オスカー・アイザック
  • 日本語吹替版声優:小野賢章<マイルス・モラレス/スパイダーマン>、悠木碧<グウェン・ステイシー/スパイダー・グウェン>、宮野真守<ピーター・B・パーカー/スパイダーマン>、関智一<ミゲル・オハラ/スパイダーマン2099>、田村睦心<ジェシカ・ドリュー/スパイダーウーマン>、佐藤せつじ<パヴィトル・プラパカール/スパイダーマン・インディア>、江口拓也<ベン・ライリー/スカーレット・スパイダー>、木村昴<ホービー・ブラウン/スパイダー・パンク>
  • 日本語吹替版音響監督:岩浪美和
  • 日本語吹替版主題歌:LiSA 「REALiZE」
  • 製作年:2023年
  • 製作国:アメリカ
  • 上映時間:140分(字幕版)/141分(日本語吹替版)
  • 公式サイト:https://www.spider-verse.jp
  • 6月16日(金)全国の映画館で公開!

予告編

バナー画像:『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

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    ライター/編集者。海外映画を専門に、評論やコラム、インタビューなど幅広い文章を、書籍・雑誌・映画パンフレット・ウェブメディアなど多数の媒体で執筆する。国内舞台作品のリサーチ・コンサルティングも務め、近年は『パンドラの鐘』(杉原邦生演出)や木ノ下歌舞伎作品などに参加。

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