映画『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』:フランスの国民的キャラが初アニメ化! 創作秘話を織り込み涙と笑顔の感動作に
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『プチ・ニコラ』はやんちゃな小学生ニコラを主人公に、学校や家での日常を面白おかしく描いた児童向けの読み物。60年以上にわたって幅広い世代の読者に愛され続けている。
1冊に20篇弱の短いエピソードを収録した単行本シリーズは、日本語など世界40以上の言語で翻訳が出版されており、オリジナル版はフランス語初級者向けの教材としても愛用されている。
フランスの国民的漫画『アステリックス』や『ラッキー・ルーク』の原作者ルネ・ゴシニ(1926-1977)が物語を書き、ジャン=ジャック・サンペ(1932-2022)が挿絵を描いた。サンペはのちに「ザ・ニューヨーカー」の表紙を担当して世界的な知名度を得るイラストレーターだ。
アマンディーヌ・フルドン ニコラはフランス人の誰もが知るキャラクターですが、それ以上にゴシニとサンペがフランスのポップ・カルチャーを代表するスーパースターで、今でも若いクリエイターの憧れなんです。
バンジャマン・マスブル 『プチ・ニコラ』は子どもが読める文章でありながら、大人が読んでもひねりが利いていて、子ども時代を懐かしく思い出させてくれます。
アマンディーヌ 作者2人の繊細なユーモアのセンスが秀逸です。例えば、子どもたちは世の中のことを何でも文字通りに受け取ります。大人たちが使う“言葉のあや”が分からずにまともに反応する、そのずれが面白いんです。
ニコラに打ち明ける過去
『プチ・ニコラ』はこれまでに何度か実写映画化されたほか、テレビの子供番組で3Dアニメが作られたことがある。ところが本格的なアニメーションにするのは今回が初めての試みだった。
アマンディーヌ テレビ版のニコラは3D特有の丸みを帯びたキャラクターで、ゴシニのテキストとサンペの絵から感じられる詩的な要素が失われていました。実写映画ではニコラに妹ができたとか、原作にない設定がありました。私たちのチャレンジは、サンペの絵と本に書かれた話を忠実に再現することでした。
バンジャマン 何が何でも『プチ・ニコラ』の世界を守るつもりでした。絵のタッチはもちろん、短いストーリーの中に、ギャグがあって、オチがあるというフォーマットも大事にしようと。
脚本を担当したのは原作者の娘で、小説家のアンヌ・ゴシニ。当初の企画は、作者2人のアーカイブ映像に、『プチ・ニコラ』のアニメーションをミックスさせるドキュメンタリー色の濃いものだったが、やがて全編をアニメーションで描く案が固まっていったという。
バンジャマン 2人の作者の伝記的なストーリーに加えて、『プチ・ニコラ』の原作本からいくつかエピソードを選び、全体で1時間半の物語になるように構成していきました。
アマンディーヌ 問題は、伝記パートと『プチ・ニコラ』の読み物パート、この2つをどうやって結びつけ、どうバランスを取るかでした。2つの世界が離れすぎないように、ストーリーをつなぐ要素を見つける必要があったんです。
その役目を果たすのが、ほかでもないニコラだ。
バンジャマン 2人が出自や過去を語るきっかけを、ニコラに作ってもらうことになりました。こうやって本に書かれたお話の世界と、作者が生きた現実の世界とを行き来することが、この映画のオリジナリティになっています。
アマンディーヌ まさにそこにアニメーションの魔法の力が働きましたね。小さな登場人物がページから飛び出して歩き、作者たちと語り合う。これはアニメでなければ成り立たないことでした。
ニコラに導かれて、ゴシニとサンペは自分たちの過去を語りだす。
バンジャマン 私たちは2人のバックグラウンドに悲しい出来事があったのを知りました。ゴシニはホロコーストの、サンペは親による虐待の被害者でした。彼らは自分たちが暗い幼少期を過ごしたからこそ、明るい子どもの物語を作りたかった。『プチ・ニコラ』を創作しながら、自分たちも幸福な子ども時代を生き直しているような気になれたんですね。私たちはそこに感動し、過去のつらい時代の話を多く盛り込んでいきました。
作者のタッチを徹底的に追求
こうしてニコラは、ゴシニとサンペの作業机の上を駆け回り、時には肩に乗って語り合っては、物語の世界へと帰っていく。なめらかに推移する2つのパートを区別するのは絵のタッチだ。
バンジャマン お話のパートでは、挿絵のタッチを再現しました。元は白黒ですが、映画では水彩画のように着色しています。伝記パートには、サンペが後年になってポスターやニューヨーカー誌の表紙を描いた時のタッチを使いました。
アマンディーヌ サンペの絵が大スクリーンに映し出されるのは初めてですから、彼の描線に忠実であることが何よりも重要でした。作業はすべてデジタルですが、不ぞろいな線にこだわって、タブレット上に実際に手描きしました。紙の質感を出して、そこに墨や水彩絵の具で描いたようなタッチと色彩を再現するんです。
バンジャマン うんざりするような作業量でした(笑)。サンペがペンにかける圧で太さを変えながら描く線、筆で描く線、輪郭の途切れなどを再現するんです。デジタルっぽさが出てはいけません。紙にインクのしみを落として撮影し、それをデジタルで着色する方法を見つけたりもしました。
アマンディーヌ サンペのデッサンはとてもシンプルだけど、そのタッチを再現しようとなると大変なんです。
バンジャマン 私たちは甘かった! サンペのデッサンについて間違った印象を抱いていました。シンプルなのは見かけだけだったんです。彼はほとんど下書きをしないで背景と登場人物を描くんですが、その自由な筆の運びは他人に真似できないことが分かりました。
アマンディーヌ 『プチ・ニコラ』の挿絵の特徴に背景の余白があります。お話の場面は周りにこの余白を残すことで、現実世界のパートとの違いを表したんです。背景を担当したチームには酷なことをしました。校舎の屋根瓦やレンガなど、細かいところまで描かせておきながら、余白に当たる部分は消してしまうのですから。
まだ存命だったサンペ(映画の完成後、2022年8月没)も、「グラフィック・クリエイター」として製作の前段階から参加した。キャラクターデザインの決定には作者である彼の承認が不可欠だったのだ。
バンジャマン サンペは生涯でコンピュータを一度も使わなかったんです。私たちがタブレットで仕上げたキャラクターを、印刷して彼に送る。するとサンペからコメントが送られてくる。きれいすぎる、醜すぎる、大きすぎる、小さすぎる等々…(笑)。本人を満足させるのに時間がかかりました。
アマンディーヌ サンペに見せるたびに、気に入ってもらえますようにと祈るような思いでしたね(笑)。
歴史の悲劇に涙、最後は笑顔に
お話に登場するニコラの仲間は、いたずら好きで自由奔放な悪ガキぞろい。いまどきのお行儀のよい子どもたちとは大違いだ。
バンジャマン 『プチ・ニコラ』は、教訓を説くようなお話ではありません。子どもたちの素直な感受性を通じて、詩的なものが人生においてどれほど大切かを訴えていると思います。
アマンディーヌ 子ども時代とは、楽しければ笑い転げ、悲しければ泣きわめく、そういう自由で本能的な反応が許された時期だと思います。『プチ・ニコラ』はそんな子どもたちのナイーブな感情が自然に表現されていて、とても心地よいんです。
学校ですぐケンカになり、先生に怒られるのは『プチ・ニコラ』をよく知るフランスの観客ならおなじみの場面だ。しかし前述の通り、物語はそれだけで終わらない。
バンジャマン 単なる子ども向けの映画を想像していたら、歴史の悲劇と向き合うシリアスな物語でもあったと驚かれました。それでいて、観た後に思わず笑顔になるような「フィールグッド・ムービー」なんです。監督自身が言っても信用されないかな(笑)。
アマンディーヌ 児童書のアニメ化であると同時に、人生のストーリーでもある。ユーモアと感動がミックスした作品なんです。
バンジャマン フランスの戦後の空気もよく再現できていると思います。パリのサンジェルマン・デ・プレ界隈でジャズが流行した時代です。作家のボリス・ヴィアンがジャズクラブで演奏し、サルトルやボーヴォワールが常連だった頃の。当時のフランス映画によって世界中の人が憧れたパリのイメージですね。
アマンディーヌ 音楽もたっぷり楽しめるし、日常の心配をひととき忘れられると思います! 映画館から観客が笑顔で出てくる。これが私たちにとって何よりの成功なんです。原作のように、世代を超えて楽しめる映画です。幸せな思い出を語り合いたくなると思います。
撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 原作:ルネ・ゴシニ、ジャン=ジャック・サンペ
- 監督:アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル
- 脚本・セリフ・脚色:アンヌ・ゴシニ、ミシェル・フェスレー、バンジャマン・マスブル
- 音楽:ルドヴィック・ブールス(『アーティスト』)
- 出演者:アラン・シャバ、ローラン・ラフィット、シモン・ファリ他
- 製作国:フランス
- 製作年:2022年
- 上映時間:86分
- 原作:「プチ・ニコラ」(世界文化社刊)
- 配給:オープンセサミ、フルモテルモ
- 公式サイト:petit-nicolas.jp
- 6月9日(金)新宿武蔵野館、ユーロスペース他全国順次公開