「役所さんと菅田さんに決め打ち」 宮沢賢治の家族を描いた映画『銀河鉄道の父』成島出監督が語る
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『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』といった童話、『春と修羅』などの詩作で、日本文学史にその名を刻む宮沢賢治。1896(明治29)年、岩手県花巻の質屋を営む裕福な家に生まれたが、家業を継がずに学問の道に進んだ。
盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)在学中、同人誌に短歌や短編を寄稿。卒業後は教師や農業系の技師として働き、1933(昭和8)年に急性肺炎で亡くなるまでの10数年間、東京や花巻で創作を続けた。ただし生前は知る人ぞ知る存在で、膨大な作品群が世に出たのは死後になってからだ。
賢治の37年の生涯については、資料や関係者の証言から詳細な年譜にまとめられ、愛好家の間ではよく知られている。それに違う角度から光を当てたのが2017年に刊行された門井慶喜の小説『銀河鉄道の父』だった。想像力を駆使した創作には違いないが、数々の資料の収集・精査を基に、実際の出来事で構成されている。父・政次郎(まさじろう)の視点から、素朴な賢治の姿を家族とともに描き出した物語だ。
賢治の父・政次郎の再発見
成島出監督は書店でこれを手に取ったという。
「まず僕は宮沢賢治の人と作品が好きだったので、以前から賢治の映画を撮りたいと考えてはいました。ただ、いろいろ問題があって難しいなあと思っていたところ、この本に出会ったんです」
― 映画監督という仕事をなさっていると、読みながら、映画になったときの場面が思い浮かんだりするんですか?
「いや、初読の時は面白くて、何も考えなかった。これ映画になるかなと途中で考え出すと、案外ダメなんです(笑)。門井さんの本は、淡々と事実を積み重ねていって読ませるところがすごい。読み終わってから、これなら映画化できるかもしれないと思いました」
― すでに賢治の伝記をいくつも読んできた監督にとって、どのあたりが新鮮でしたか?
「政次郎はそれまで、厳しい父親というのが定説だったんですよ。ところがこの小説を読むと、親バカで“イクメン”だったと。これは面白いと思って。門井さんは調べまくって書く作家ですから、作り話を並べるわけはない。裏をとると確かに辻つまが合うんです。政次郎は最終的に全部、賢治の生きたいようにさせてあげた。あの時代にこういうお父さんが実在したというのがすごいなと」
― 賢治が幼い頃、赤痢にかかったエピソードが描かれています。
「子どもが入院して父親が看病に行くなんて、当時は恥ずかしいことでした。なのに近所の目も気にせず、自分の父に何を言われようと、息子に付き添った。あげくに自分が腸カタルになって、晩年まで夏はおかゆしか食べられなかったそうです。それでも賢治のためなら何の後悔もないというところ、そこが本当にいいなと思いましたね」
― 政次郎の父、賢治の祖父である喜助(きすけ)はもっと古いタイプの父親だったようですね。
「宮沢家は元は呉服屋で、喜助は分家して質屋をおこしたんです。まじめで堅い人だったそうですね。家族にとって重石(おもし)のような存在だと感じられるように描きました。政次郎は花巻一の秀才でしたが、父の喜助から『質屋に学問はいらん』と言われ、家業を継いで繁盛させた。だから賢治には自分ができなかったことをやらせてあげたいという思いはあったんじゃないでしょうか」
― 自分が父から厳しくされた反動で息子には甘くなった?
「いや、政次郎も長男の賢治に家業を継がせようとしたことは確かで、多くの証言が残っているんです。ただ賢治が言うことを聞かなかった。親子げんかをしたのは有名な話で、資料によると、一度はかなり激しくぶつかっています。それがあまりにも激しかったから、政次郎が厳しい人だったというところだけが注目されて残ってしまったんでしょう。でも結局は賢治の願いを受け入れる。そこがすごいなと」
時代の先を行った宮沢家
― 政次郎は町会議員や民生委員を務めるなど、商売以外にも世の中のために働く地元の名士だったようですね。
「時代の先を行く意欲をもっていろいろ勉強していたようですね。何よりすごかったのは、電話もない時代に、花巻のような田舎に住んでいながら、株でもうけて一財産を築いたんですよ。独自の強力な情報網を持っていた。京都に着物を仕入れに行ったり、仏教の講習会を開いたり、いろんなところを回って、かなり進歩的な人だったようですね」
― 政次郎のそういう面は、映画では描かれていませんね。
「原作と同じように宮沢家の外での活動も描いてはみたんですが、物語がパンクしてしまって…。家族の中の政次郎、という視点にまとめた方がいいなと思いました。原作を読んでも、家族の物語というところに映画的なものを感じましたから。実在の人たちだったからこそ、ていねいに描けた」
― 賢治を語る上で妹のトシも欠かせない存在ですね。
「妹のトシはあの時代の女性には珍しく、上京して大学に進学しました。賢治もそうですが、すごく個性的で、自分を大事に、自由に生きた。とても現代的な家族なんですね。今の時代に合わせてあの一家を脚色したわけではなくて、本当にそうだったろうと思いました」
― 映画では、兄妹の強い絆を表すのに、賢治が書いた童話や詩を印象的に使っています。
「当時、詩は声に出して読むのが普通で、家族に読み聞かせてあげることはよくあったそうです。それを知って、賢治が妹に音読するのが面白いなと思って。小説にはない、映画だからできることですね」
― 父の視点から新しい宮沢賢治像を見せようという考えもあったのですか?
「賢治についてはこれまでたくさんの資料が出て、研究し尽くされていますが、いろいろと複雑で、なかなか映画にしづらい面もありました。それよりは、門井さんの新しい視点にすべて乗っちゃおうと思いましたね。歴史上の人物の話でありながら、偉人伝ではなくて、父から見た、どうしようもない息子の姿が描かれていますから。『自分は何者なんだ、どこへ行けばいいんだ!』という魂の叫び、さまよえる青年像というのは、今の若者にも共感してもらえるんじゃないかな」
― よくある父と子の葛藤という切り口とは少し違うんですね?
「賢治という天才に、父が振り回されるさまが面白いんです。だから映画では、ユーモアも大事にしたかった。政次郎は笑わそうとして何かやっているわけじゃない。父として真剣に闘っているからこそ可笑(おか)しいんですね。大げんかもしたけど、あの家には絶えず笑いがあったんだと思います」
役所広司の“掛け算”のすごさ
― そんな特別な父と子を描くには、やはり配役が重要ですね。
「原作を読み終えて、これでやろうと思った瞬間に、役所さんと菅田さんだなと、もう勝手に決めていました。シナリオができてから、キャストにオファーするのが普通ですけど、今回は映画化の権利を取った時点でフライングして。お二人の事務所に原作を持っていって、どうしてもこれをやりたいからって。向こうもあきれていましたけどね(笑)」
― 役所広司さんとは『ファミリア』から2作連続でした。
「どちらも父と息子を描いていて、物語も時代背景もまったく違いますから、できれば間をあけたかったんですけど、コロナ禍でスケジュールが乱れて、撮影も公開も近くなってしまって。でも役所さんは2つの役柄を完全に演じ分けてくれました。過去の名優とは少し違って、役所さんの場合、俳優の個性よりも役の方が強く出るんですよね。もちろん個性はあるんですけど、自分と役柄との“掛け算”の作り方がちょっと尋常じゃない」
― 今回は、賢治が生まれた頃の20代の政次郎も演じています。
「ダブルキャストにはしたくないと、かなり“無茶振り”をしましたけど、見事に演じ通してくれました。40歳以上若返るわけですから、それなりに緊張はしていたみたいですけどね。ちゃんと生き生きと若者の動きになっていたからすごいなと思いました。65になったのかな(編集部注:取材時は67歳)。それでも役所さんは常に成長しているんですよね。新しい作品で会うたびに、今回がベストじゃないかという芝居をしてくれる。そんな俳優と何度も仕事ができて、監督としては幸せの一言に尽きますね」
撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:役所 広司 菅田 将暉 森 七菜 豊田 裕大 池谷 のぶえ 水澤 紳吾 益岡 徹 坂井 真紀 / 田中 泯
- 監督:成島 出
- 原作:門井 慶喜「銀河鉄道の父」(講談社文庫)
- 主題歌:いきものがかり「STAR」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
- 脚本:坂口 理子
- 音楽:海田 庄吾
- 製作:木下グループ
- 制作プロダクション:キノフィルムズ / ツインズジャパン
- 配給:キノフィルムズ
- 公式サイト:https://ginga-movie.com/
- 全国公開中
予告編
バナー写真:成島出監督の最新作『銀河鉄道の父』©2022「銀河鉄道の父」製作委員会